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KEC の文法セッションを公開します (2/3):分詞

”予告”からだいぶ時間がたってしまいましたが、ここからは KEC 文法セッションの具体例をお見せしていきます。

文法に限らず、コーチングはセッションそのものの雰囲気がとても重要です。受講生が緊張せず、失敗しても大丈夫な環境をつくります。ここに載せたセッションの例は、文字だと矢継ぎ早に見えるかもしれませんが、実際はゆっくりと、たっぷり間(ま)をとりながら進めていきます。学習者が思い出したり考えたりしているときは静かに待ちます。

「脳にやさしい文法」には、一般的な文法書のもくじのような「全員が学習すべき項目」も「学習すべき順序」もありません。あるのは、一人ひとりの学習者にとって「学ぶ意味がある項目」と「学びやすい順序」です。

今回ご紹介するのは、受講生Aさんと「分詞」です。Aさんのゴールの1つは、シンプルですっきりした英語を使えるようになること。セッションを通じて英語で会話したり、英語ネイティブと自分の会話を分析したり、課題を通して読み物の幅を広げたりするうちに「もっと端的に、バチッと言えるようになりたい」という気持ちが高まってきていました。そんな中、あるライティングの課題をきっかけに「分詞」の話がはじまりました。

文法項目の提示

セッションの中で文法を導入する際は、まず「何をやるか」を伝えます。「今日は『前置詞』をやるよ」みたいなことです。脳にやさしい文法では、これをサインポストと呼びます。内容は文法書の見出しと同じなのですが、大事なのは、自然な会話の中で目の前の学習者に「これを学ぶとどうなるか」を伝え、学ぶ意味があることを納得してもらい、学びたいと思ってもらうことです。

こんなふうにはじまります。

コーチ:(プロジェクトのリサーチで)いろんな読み物に触れて、自分の言いたいことをもっとシンプルに表現したくなってきたということですね。そのためにここで文法を1つ。「分詞」について押さえておくとよいかなと思いますが、どうですか?
Aさん:はい、お願いします。
コーチ:今回書いてもらった作品でいうと、最後のページのここ。あとでこの文を例にしましょう。

こんな感じで、学習者の学ぶ意欲を確かめながら、学習者にとってリアルで身近なものを材料にして学習項目の提示を行います。

学習者の現在位置を確認

脳にやさしい文法では、コーチが学習者のすでに知っていること、知らないこと、あやふやなことなどを把握する必要があります。そのために、こんな問いかけをします。

コーチ:「分詞」について知っていること、何かありますか?なんでもいいですよ。
Aさん:え…。分詞構文?
コーチ:うん。分詞構文って何でしょう?
Aさん:-ing にして…。To と同じように使えるよってヤツですよね?
コーチ:なるほど。「分詞」と聞いて「-ing と関係がありそう」と思ったわけですね。いいですよ。

一般的に学校で教わった文法用語のインパクトは非常に強く、大人になってもよく覚えている場合があります。ただ、用語を知っていることと、内容を理解していることは別の話。また、そのインパクトは「嫌いだった」「全然わからなかった」など、ネガティブな経験によることが少なくありません。こんなちょっとした対話を通じて学習者の経験をちらっと覗き、ポジティブな気配があれば引き出し、そうでなければ深追いせずにさらっと流します。

英語を教える先生方は、この返答からAさんが分詞と動名詞を混同している可能性に気づき、ひとこと添えておきたくなるかもしれません。お気持ちはわかるのですが、学習者の脳のためには持ち出さない方が得策です。せっかく分詞を学ぶ姿勢をつくったところへ動名詞という別の項目が入ってくると、学習者は混乱したり、感情的に揺らいだりするからです。こちらから与える情報はできるだけ削ぎ落とし、学習者が投げてきた情報の中で今回の学習項目に関係している部分だけに光が当たるように返します。

このプロセスはもう少し続きます。

コーチ:その他に知っていることはないですか?
Aさん:分詞…。分詞?
コーチ:分詞って種類がいくつかあるんですけど、どうです?
Aさん:いや、知らないです、それ。意識したことがない。
コーチ:そうですか?「なんとか分詞」と「なんとか分詞」の2個です。
Aさん:え?過去分詞?

学習者の脳の動きを感じながらヒントを出していきます。学習者が文法に対して苦手だと感じている場合は、このプロセスをあえてじっくり丁寧に行います。たとえ学習者に丸投げされても、丸受けしてイチから教えることはしません。ここでほんのちょっぴりでも「自分でできた」という感覚をもってもらうことが大切だからです。こうした積み重ねが、後々、学びの主体性につながっていきます。

ひょこっと芽生えた「過去分詞」を素早く拾います。

コーチ:過去分詞!いいですね。過去と…?
Aさん:現在分詞。
コーチ:おぉ、過去分詞と現在分詞。どちらでもいいので、知っていることを教えてもらえますか?
Aさん:現在分詞、過去分詞。え?過去分詞?いや、言葉は知ってるけど…
コーチ:なんで知ってるんでしょう?どこで出てきたんでしょうか。
Aさん:英語の授業で…。いや、なんで知ってるんだろ。
コーチ:過去分詞って、いつ使いますか?
Aさん:あ、あれ?eatenとか?eatenって過去分詞でしたっけ?

Aさんの記憶の扉が開いてきました。ここからは少し速度を上げて、具体例を引き出します。

具体例と用法の確認、練習

コーチ:はい、eatenは過去分詞です。
Aさん:p.p.!
コーチ:はい、p.p.の「p」ですね。笑
Aさん:past…?past perfect? いや、perfect は完了だから…
コーチ:あぁ、完了が出てきましたね。なんでそこにつながったんでしょう?
Aさん:えぇ?完了と過去分詞…?
コーチ:たとえば eaten でしたよね。
Aさん:あ!have eaten?
コーチ:いいですね。eaten 以外の動詞だとどうですか?
Aさん:taken、gone、been、あとは… played、watched?あと、saw…ん?see、saw、あ、seen か。笑
コーチ:不規則に変化するものもいっぱい知ってますね。そのとおり、3個セットで覚えたときの3つめが過去分詞です。じゃあそれを使ってどんな表現が作れますか?
Aさん:なんとかされた、みたいな。たとえば、submitted report。
コーチ:おぉ、すごい。report に「submitされた」という情報が付加されました。他にはどうですか?

こんな感じで受講生は、自分で例を出すことによって理解を深めていきます。学習者の発する情報は、先生方や文法書が想定している例文や難易の順序とは無関係。ランダムにも見えます。でも、それでいいのです。2つと同じ脳はないのですから、むしろそれが当たり前です。本人の脳内ではちゃんと理由があってつながっています。コーチは目の前にいる学習者の脳が連想する順に、学習者と一緒に記憶をたどり、軌道修正しながら新しい知識をインストールし、配線を整えて太くしていきます。

Aさんの場合はこのあと受け身の表現に触れ、続いて現在分詞にうつって例まで出してから、修飾の仕方や語順を整理しました。

まとめ

文法セッションの最後には、受講生に学んだことをまとめてもらいます。

コーチ:今日やった「分詞」の働きを、自分の言葉でまとめるとどうなりますか?
Aさん:ものの状態を説明する言葉。過去分詞は -ed で、完了と受け身で使う。名詞にくっつけて「された」の意味になる。現在分詞は -ing で、進行形をつくる。名詞にくっつくと「している」の意味になる。長いときは後ろにまわす。
コーチ:すっきり整理できましたね。これ、説明をシンプルにするときに使えそうな気がしませんか?
Aさん:そんな気がすごくします。

しっかり温まったところで、最初に挙げたAさんの書いた文に戻ります。本人がスラスラ“添削”してくれたので、あっさり終わりました。この後は時間を置いて、受講生の発話や書いたものを見ながら、学んだ項目が定着しているかどうかを時々チェックします。また、後日必要に応じて分詞構文など関連項目のセッションを導入することもあります。

所要時間は、受講生の知識や集中力によりますが、15~30分程度。文法セッションは脳に大きな負荷がかかりますから、最長でも30分までとします。


Photo by Nathan Dumlao on Unsplash

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