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あたらしい職場、あたらしい仕事

「今日もご出勤おつかれさま」

最近よく言われる言葉。
言われる度に顔がニヤついてしまうのは、「出勤」っていう響きが新鮮で、うれしいからだと思う。

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私は、今年の6月から畑を借りた。
本格的に..と言えるかどうかはわからないけれど、大きさは33平米。東京でひとり暮らしをしていた1Kの部屋よりもだいぶ広い、まぁまぁな規模感だ。

ずっと、畑をやってみたかった。

それは、自分で野菜をつくることへの強い憧れと、実家に畑があったことが大きい。小学生の頃、お父さんが運転する軽トラでよく通っていた。ガタガタの田んぼ道を走っているとき、それはまるで遊園地で乗り物にのっているかのようなドキドキ感があった。うっすらとその思い出が私の中に残っていて、ここへ来て畑をやりたい気持ちを後押ししてくれたのかもしれない。

そうしてやり始めてから、2ヶ月が経った。てんやわんやのハプニングだらけである。

昔、畑に通ってました!とはいえ、「ただ走り回っているだけ」の子どもだったし、たまに、農業を手伝うと言っても「収穫だけやる」みたいなおいしいとこ取り。36年間、土に触れない生活をしてきた。
長靴履いて、クワやシャベルを持って、土まみれになりながら種から植える..なーんてことはしたことがなかった。



実際やってみると、腰は痛いし、日焼けはするし、洋服は汚れるし。まぁ大変!農家の人はすごいなって、まじでまじで尊敬するようになった。

一所懸命やっているつもりでも、なかなかうまくいかないことばかり。
そんな私の姿に同情してくれたのか、隣の畑のおじいちゃんがよく教えてくれるようになった。
畝のつくり方、野菜の植え方、雑草の抜き方..。どれも実戦で丁寧に教えてくれる。

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野菜を植えるとき、おじいちゃんは必ず「気持ちを込めて、な」と言う。そのたびにハッとする。これは、仕事だけれど、仕事ではない。

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だんだんと、話せる「畑仲間」が増えてきた。

「お茶、あるかい?熱中症にならんと気ぃつけや」と言いながら、空っぽの水筒にドボドボ注いでくれるおじいちゃん。

「花が好きなんね、これあげるわ」と千日草や菊の花をたくさんくれるおばあちゃん。

「金沢から来たのね?」「いいえ、神奈川なんです」「あ、せやった」と何度も聞いてくるおばあちゃんズ。

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畑仕事が終わって帰ろうとすると、いつも野菜をくれるおじいちゃんがいる。
中身が傷んだキャベツ、ひん曲がったきゅうりやナス、ししとう..
「いいとこだけ取って、食べや」と言いながらどっさりくれる。
食べるたびに「あのおじいちゃんが、あのときくれたやつだ」って顔と光景が思い浮かぶ。

毎週土曜日に朝市もやっていて、みんな自分の野菜をたくさん並べている。

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朝市は激安だ。
大きいナスが3本入って100円、トマトがたくさんで150円。野菜はすべて無農薬。朝の5時30分から11時まで、近所の人と仲良くおしゃべりしながらワイワイとやっている。
お会計も、「100円..200円で、えっと足して300円だよね?」と、電卓たたきながら、何度もみんなで確認している。

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畑をはじめて、「仕事ってなんだろう」と考えるようになった。

趣味の延長ではじめた畑。ベランダ菜園から飛び出して、ちょっと本格的にやってみようか、畑やっているってなんだかかっこいいし..みたいな、言ってしまえば少し軽めのノリではじめたことだった。

でも2ヶ月経って、その考えが少しずつ変わってきた。最初は「自分のため」にやっていて、自分でつくって食べる分だけできればいいって思っていた。でも、今は明らかに違う気持ちが芽生えてきている。周りの親切なおじいちゃん、おばあちゃんに恩返ししたい。まだまだへなちょこだけれど、いつか自分の野菜がちゃんと実ったときにお返しできたら。朝市にもいつか出してみたい。自分のつくった野菜が、見ず知らずの人の食卓で楽しんでもらえたり、おいしいねって言ってもらえる。そんなことが叶ったら、夢のようにうれしいだろうな..と妄想するようになった。

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きっと、「仕事のはじまり」ってこういうことだったのだろう。

狩猟採集時代。最初は、自分たちが生きるために食材を取っていた。やがてコミュニティができて、お互いに分けあうようになった。それがだんだんと広がって、食べることだけじゃなくって、着るものや住むところにこだわりが出てきた。お金が必要になって、やがて仕事になった。だんだんと便利で快適なことが増えてきて、あれを手に入れたらもっとほしい、もっとほしい。お金があれば、手に入ることが増えてきた。

いつの間にか、一所懸命に「仕事をすること」にたくさん時間を使うようになった。がむしゃらにやる中で振り向いたら、よろこびや楽しさが実は置いてけぼりになっていた、なんてことがよくあった。

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畑仲間を見ていると、なんだか毎日が楽しそうだ。
「楽しいから続けてる」って背中に書いてあるように、私には見えるかな。

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ある日、私は自転車で畑へいったらどしゃ降りの雨になったことがあった。
雨のなか無理して帰れる距離でもなくってずっと雨宿りをしていた。そうしたら、いつものおじいちゃんがひょっこり来て、軽トラで自転車ごと家まで送ってくれた。

このおじいちゃんは定年して22年。82歳で現役バリバリ、ほぼ毎日畑に来ている。車中、うれしそうに野菜をつくる楽しさを教えてくれた。

家に到着して、自転車をおろして、「本当に助かりました!ありがとうございます」と頭を下げたらこんな言葉をかけてくれた。

「それではまた、職場で会いましょう」

小雨に濡れながら、満面の笑みで、右手をあげて言ってくれた。
職場..かぁ。うれしくなって、家に帰ってからもこの言葉が頭の中でぐるぐる心地よくまわっていた。

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私にとっての、あたらしい職場、あたらしい仕事。
地味だとか派手だとか、もうどうでもよくなった。自分にとって、大切に育てていきたい場所がまた一つ、増えてしまった。

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