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遊郭で高人さんを見つけました。20

雨が止み太陽が顔を出せば当然気温も上がっていく。夏の地下牢はジメジメとして不快感で吐き気がする。

地下牢を歩いて行き一つの牢の前で止まると、そこには先程連れて来られた男が手足を縛られて倒れていた。

足音にも気配にも無視を決め込んでいる男に何を言うでもなく牢を開けて入るや否や、寝転がる男の腹を思い切り蹴り上げ、踏みつけてやった。

「がっ…はっ…」
「…目は覚めたか?」
無表情のまま相手の顔を覗き込む。 
死んだ目は、なにをやっても死んだままだ。生きている目を地に落とす瞬間が最も優良な情報が搾り取れる。
幸い、睨み返す力は残っているようで安心した。

持ってきた椅子をガタンと置いて座わり、足を組んで倒れた男を見下ろす。
「ぐっ…貴様…」

「…お前が、この打掛の持ち主か?」
朱色の打掛をばさりと男の前に落とす。
高人さんが妹のように可愛がる遊女が着ていたという物だ。

「…あぁ、そうだよ…悪いかよ…俺んだ。かえせよ…。」

「…本当に?嘘はよくないよ?」
見下ろす俺と目を合わせようとはしない。
良心の呵責か、ただ恐ろしいだけなのか。

「しつけぇな…!俺んだって言ってんだろ!!」
だが直ぐにこちらを向いて睨みつけてくる。
いい目だ。落とし甲斐のある。

他人のものを盗んで金に変える人種は、人も物も値打ちがあるか無いか。ただそれだけだ。
こういう人種は他人の心情を説くより身内に危害を加える方が手っ取り早い。順に殺していけば必ず大切な何かに当たるから。

俺は口を開く。

「…吉井三郎太、25歳。無職。母は菊子、父は茂。実家は酒屋で長男は他界、次男の二郎太が家督を継いで、お前は勘当同然で追い出され、現在はスリと汚れ仕事で日銭を稼いで生活。これじゃお袋さんが泣くぞ?」

「なっ…なに…お前いったい…」
自分の情報が丸裸にされる事程、怖いものは無い。
怯えた顔が心地いい。

「ゴロツキの経歴調べるなんて簡単な事だ。お前が話さないなら家族に責任を取ってもらうでもいい。」

「ざ、…ざけんじゃねぇぞ!」
怖気付き、俺を化け物でも見るような目付きで見上げてくる。

「お前が受けた依頼の中に、花房の花魁と男娼を攫えという依頼はなかったか?」
静かに問う。

「……ね、ねぇ…よ」
「なるほど。」
その答え方は"あった"と同意だ。

椅子から立ち、男の髪を掴みグッと上を向かせる。
「…ぐっ」

「君さ、妹さん、いるんだって?」
にこりと笑う。男の顔が恐怖に引き攣る。
「清が…なんだってんだ…」
「そうか、清さんていうのか。親父さんとお袋さんには来て貰えたんだが、妹さんは見つからなくてね。」

「は、…どういう…」

良いタイミングで足音が聞こえてくる。
「東谷サーン。」
チラリと見ると、綾木が血の滲む麻袋を携えている。
「ったく、こんな仕事させやがって。尋問のがまだマシだ。」

「ありがとう千広くん。」

「ほーれ。久しぶりの再会なんじゃねーの?」
綾木が牢の中に麻袋を放り込むと、グシャリと潰れ麻袋から血液が漏れ出す。
「ひっ…」

「キミが正直に話さないからキミのご両親には死んでもらった。これは土産だ。」

「次は清さんにしようか。千広くん。探してきて?」
ニコリと綾木に頼むと、へいへいと牢から出ていこうとする。


「や、やめろ!!妹だけは!!やめてくれ!」
男はバタバタと動くが拘束された身体でなにもできない。

「わ…わかった…話す!!話すから!」

涙を流して懇願し始めると、男は洗いざらい全ての事を喋り始めた。

知る情報全てを話した男は、牢の中で、茫然と麻袋を見つめていた。

地下牢を出ると外は日が翳り夕暮れ時の涼やかな風が吹いてた。

「うぇ―…ったく血まみれじゃねーか。あーあ…この着物も処分だわ…。しかしまぁ、解体したばっかの豚の臓物を袋に詰めて、家族の成れの果てだって言われたら、俺もこえーわ。人間の内臓なんて見た事ねぇーし。」
綾木は血まみれの羽織を摘み上げ嫌そうに苦笑する。

「本当に殺したわけじゃないし、実家に帰れば分かる話だ。もう悪さもしないだろ。あれが見破れるようなら本当にやらなきゃと思ってたけど、豚で済んで良かった。」
「はは…こっえー…。」
綾木の、絶対敵に回したくねーな…という、つぶやきを聞いてクスリと笑うと空を見る。太陽は傾き夕暮れ色に染まっていた。行方が分からなくなって数時間だ。気持ちだけが逸る。

男の話を要約するとこうだ。

一昨日に金持ちの男から仕事を頼まれ、大金を積まれた男は二つ返事で依頼を受けた。
昨晩のうちに千早を攫い、千早の打掛で高人さんを誘い出して眠らせた後に、依頼主の屋敷に連れて行ったそうだ。誘い出すために使った打掛をくすねて、綾木の所で金にしようとした所で捕まってしまった。というのが、男の話だ。

高人さんが千早という花魁を可愛がっていた事、高人さんの部屋から表通りが見える事も依頼主から聞いたと男は言っていた。なぜそんなに内部情報が外に漏れていたのか…そこは楼主が突き止めるべき件なので、とりあえず報告だけしておく事にする。今急務なのは高人さんを助け出す事だ。

「バカだねぇ…ゴロツキ使って手掛かり残して…自分の家まで見せてやんの。」
綾木がククっと笑う。

「どうでもいい。居場所も分かった。早く迎えに…」
「おい、まさか真正面から乗り込む気じゃねーだろーな」

「…。」
「…マジかよ」
引き攣ったように笑う綾木には目もくれずに歩き出す。
「考えてる時間が惜しい。」
「いやいや…待てって。ここまで来て台無しにすんじゃねーよ。今は人目があるだろーが。行くなら深夜だろ!」
止められるように肩を掴まれ睨みつける。

「アンタが世間的に罪人になると、あの人が哀しむ。分かってんだろ?言わせんなよ。」
綾木も面倒そうに睨み返してくる。
「…。」
「あとな、あの人、男の扱い上手いからそう簡単に食われたりしねーって。1日2日くらいなら、酔いつぶして悪い顔して笑ってるだろーよ。」
何かを思い出す様にククッと笑う綾木は本当に高人さんを信頼している家族のような存在なんだと思い知る。 

「はぁ――。千広くんは本当に高人さんの弟なんだな。」
にこりと笑い綾木に言うと、はぁ?と嫌そうに眉を顰めて食ってかかってきた。
「うっせーな!どうせ俺は見向きもされてねーよ!いちいち気に触る言い方しやがって…」
ぶつぶつと文句を垂れながら後ろ頭をボリボリと掻きながら、花房屋の母屋の方へ歩いて行ってしまう。

あんなに無条件で信頼できる関係は本当に羨ましく思う。長い間、高人さんを見守ってきた綾木だからかこそ言えるのだろう。

そう言えば、高人さんに護身刀が欲しいと言われていたのに、まだ渡せていなかった。ゴソリと取り出した小刀を眺める。今日渡すつもりでいたのに、結局渡せず仕舞いだったのだ。

どうせなら高人さんが好きな細工を入れてやりたくて、出回っている物ではなく新しい物を作ってもらった。刃紋は揺らめく翼が銀の鷺に見え、鞘の口に金細工を施しとてある。
実践で使いたくない程に、美術品としての完成度が高い一品だ。刃はさほど長くなく、袖や胸元に隠しておけるほどで、これなら持ち回るのも容易だろう。

「武器としてではなく、観賞用で部屋にでも飾っておいてくれたら良いんだけど」
そういう暴力的な事からは、なるべく遠ざけたいのに。貴方はどうして自ら飛びこんでいくのか。

高人さんが帰ってきたらお説教だな。

俺は綾木の後ろをついて母屋へと向かった。

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