ラスボスが高人さんで困ってます!26
秋も深まり、庭の柿の木は見事な実を付け枝をしならせる。山の紅葉は自宅からでも分かるほどに山全体を彩っていた。
チュン太が目を覚まして、二週間が過ぎた。
最初こそ日常生活だけで疲れ果てていた彼だったが、体力は急速に回復し気付けば魔力も並々と満たされいた。
最初の一週間は一緒に料理をしたり洗濯を干したり風呂にも一緒に入ったり。何でも二人でやった一週間だった。正直楽しかったのだが本人がもう大丈夫と言うので今ではダラダラとチュン太のやる事を見ているだけの日々だ。
家事が終わると、毎日太陽が傾くまで庭で剣の稽古をしている。
俺はチュン太が稽古に励む中、欠伸をしながら縁側に寝転ぶ。
毎日のようにコイツに付き合ってるのには訳があった。
「高人さ――ん。そろそろやりましょ――!」
彼は少し離れた場所からニコニコ笑いながら手を振っていた。チュン太はいつも鍛錬終わりに俺にこうして勝負を申し込んできた。
ルールは簡単で、庭の木の影が井戸に掛かるまでに彼の着物を着替えなきゃいけないくらい汚したら俺の勝ち。綺麗なままだったらチュン太の勝ちだ。
ここ一週間付き合わされているが、俺はまだこの勝負に勝った事がない。庭は広いが池もあるし足元は土を踏み固めたものだ。泥濘(ぬかるみ)にもなるというのに何故かあいつは着物を汚さない。
アイツ病み上がりじゃなかったのか!
込み上げてくる悔しさは俺のやる気を後押ししてくれる。
「今日は負けないからな!!」
「お手柔らかにお願いします――!」
俺は縁側に座るとムッとして宣言してやるが、チュン太は大して警戒してこない。それがまたイラつく!
彼は庭の隅で木刀を構えて枝を投げて貰える犬のように尻尾をフリフリして楽しそうに待っている。
笑ってられるのも今のうちだからな!今日こそはぐっちゃぐちゃに汚してやる!
俺はチュン太に向かい胡座をかいて座ったまま、片手をスッとチュン太に向ける。
スゥっと息を吸い、言葉に魔力を込める。
――秋雨に宿し水の精霊よ。溜水を踏み抜くが如く土と混ざりて舞い散る水滴を我が手に集わせ戯れの水球となせ!――
ボコッポコッコポポ……ッと音がし、蜜柑くらいの大きさの濁った水の玉が俺の周りをぷかぷかと沢山浮遊している。
「高人さぁ――ん、土と混ざったら泥水ですよねぇ!俺泥だらけはやだなぁ――!」
庭の少し遠いとこから叫んでくる。
「うるせぇ!嫌なら全部避けろっ!」
――水球よ。我が意に従いかの者をを狙え!――
俺がそう言うと水の玉は一つ二つとチュン太に向かって飛んでいく。
チュン太はそれを、構えた木刀で打ち落としたり、濡れない様に避けたりしている。
翳した手を動かすと水は俺の意のままに動くが、ギリギリで避けられて尽く地や壁に触れた瞬間パシャリとただの水になる。
「……なんで当たんね――んだよ!そこ立ってろ!」
俺はイリイリと叫ぶがチュン太は笑って水を打ち落とす。
「無理言わないでくださぁい!」
そんな感じで戯れていると、俺の周りに風が舞う。
『たかと、面白そう。一緒にあそんでいい?』
『いっしょにあそぶ!』
風の精霊が興味を持ち始める。俺はニヤリと笑う。
「ああ、いいぞ。水と仲良くな?チュン太の着物を汚してやれ!」
俺は勝ち誇って笑うと、精霊達も楽しげに反応を返してくる。
『あははっ!わかった!』
水の玉にふわりと風が巻き付くと、先程とは明らかに違う動きで意思を持ったようにチュン太ん狙い始める。
「わっ、なんか動き変わりました――!?」
木刀を器用に一つ一つを打ち落としていたチュン太が慌てたように叫んでくる。なんだかんだ言いながらも適度に足場を変えたりして跳ね返りでも汚さないように意識してしているのが憎たらしい。
俺は小さく舌打ちする。
「お前ら舐められるぞ。いいのかそんなんで。」
精霊達を焚き付けてやるとまたちょっと精霊の数が増えた。
『よくない。』
『くやしいね。』
『あいつ、ぜんぜんきもの汚れない。』
『どうしよう。』
『どうする?』
「ほれほれ。精霊が作戦会議してるぞ!」
「え――――!?」
俺がそう言うと、不服そうに声をあげて片手で木刀を持ち直し構え方を変えて姿勢を低くしている。いつでもどうぞと言わんばかりだ。
『たかと〜ぉ!』
楽しげな精霊達は、どうやらチュン太をどう汚すか決めたらしい。
「好きにやれ。」
そう言うと、水玉は風に巻かれて一斉にチュン太目掛けて飛んでいく。
頭上を見ると俺の周りにあった数十個の水玉は一つ残らず精霊が持って行ったようだった。
「お――。全部持ってったな。」
俺は手を後ろに付き、足を縁側に下ろして座ると、ゆったりとチュン太と精霊の攻防戦を観戦する。
前から狙われて打ち落とそうとした所に背後からも狙われて、ヒョイっと避けると、目ので水が弾ける。
「あっぶない!」
袖を抑えて濡れないように庇いながら焦ったように言い、また二、三歩下がると後ろから水玉が迫ってきて、スレスレで避けている。
「うわぁ!?」
チュン太の反射神経が、鳥だか獣だかのようで本当に人間なのかと疑いたくなる。
縦横無尽に襲ってくる水の玉に、チュン太はもう避ける事に集中しているようで、木刀を放り投げて避けながら襷を体に巻き付けている。何とも器用な奴だ。
「おら――!がんばれ――!」
俺は精霊達を楽しげに応援するが、チュン太がぱっと嬉しそうにこっちを向いた。ヒュンッと飛んでくる水球をしゃがんで躱わす。
「わぁ――!頑張ります――!」
「お前じゃね――よ!」
「そんなぁ――!」
泣き言を言いながらも全く汚さない。自滅を狙う様に互いにぶつけさせたり、木や壁にぶつけさせて水玉は着実に数を減らしていた。
足場が悪くなり始めるとそこから避難して庭の石の上に乗った。
若干息が上がり始めているようだ。
額の汗を腕で拭っていると水玉は容赦なく襲いかかり、足元を狙われて池を飛び越えようと高く飛んだ所に容赦なく顔と背中を狙われ、チュン太は池の真上で減速してしまった。
「わっぶっ!」
ザパァァン!!
勢いよく池に落ちて全身泥水と水草でビショビショどろどろだ。
起き上がったチュン太を見て、俺は嬉しげに笑う。
「よぉ――し。お前らよくやった!あははは!」
小気味よく笑っていると、チュン太が池から起き上がる。
「ゲホッ……風はほんと容赦ないな。」
チュン太はヨタヨタと井戸に行って水を頭から被り、多少綺麗にしてからびしゃびしゃと戻ってきた。
「高人さん本気出し過ぎです――。」
あまりの汚れ具合に、へしょりと狼の耳が倒れている。
「ずっと負けてばっかだったしな。お前の負けも見たいだろ。」
ふふんと笑うと、チュン太も仕方なさそうに笑っていた。
「でも、かなり動ける様になったな。魔力は使ってたのか?」
「いえ、身体強化は使わずに純粋にどれだけ動けるかが知りたかったので。」
今回彼は負けてしまったが、俺1人を相手にするよりずっと濃密な試合をしていた。チュン太も満足そうに自分の手を見つめている。
俺はそんなチュン太を嬉しげに見つめた。
回復できて本当に良かった。
「……それじゃ、そろそろ行くか?」
「え、行くってどこにですか?」
チュン太は不思議そうに俺を見た。
「ミストル王国。お前の実家、行きたいって言ったろ?」
穏やかに笑ってチュン太を見ていると、チュン太の顔が一瞬強張る。
俺はキョトンとする。
「ん?どうした?」
「あ……いえ。高人さん俺、目にゴミ入っちゃったみたいで……風呂入ってきます。」
チュン太は突然下を向くと目元を押さえた。
「ああ、おう。お疲れ様。んじゃまた後でな。」
「はい。」
口元だけでニコリと笑って彼は風呂場に行ってしまった。
「なんだアイツ。」
縁側でチュン太を見送って、秋の空を眺める。
「まぁ、無理もないか。」
祖国の嫌なとこばかりを見ていたみたいだから、アイツは自分の国が嫌いなのかもしれない。
「別に王様に会いに行くわけじゃなし、里帰りしようって言ってるだけなんだけど。そいや、意外と有名人だったか……アイツ。バレないように変装すりゃなんとかなるんじゃないか。」
安全に帰れる対策を模索しながら寝転がると、板張りがお日様に温められて心地良い。
生まれた土地ってのは、アイツにもそれなりに思い出もあるはずだ。両親は亡くなったって言ってたが、祖父母もいるわけだし……。限りある命だ。大切にして欲しい。
「俺ばっかりチュン太を独り占めにしてちゃ、悪いしな。」
さっきの池に落ちるチュン太を、思い出してフフッと笑う。
ずっと、民のために残された時間を有効に使う事だけを考えて過ごしてた。
それが、こんなにも幸せな気持ちでいられるなんて、考えもしなかった。俺の死は変わらないけれど、アイツが一緒なら怖くない……なんて、平気で道連れ思考になっている。
子孫を残せないのは残念だけど……。
このままじゃ、きっと間に合わない。
自分の腹に手を当ててそう思う。
秋風が葉を散らし、サワサワと風が黒髪を揺らした。
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