未来への切符―環状線の少年―短編


桜日脚立先生の読み切り漫画、「環状線の少年」は、原作の裏側から一本の細い糸で繋がっているんじゃないか。と思って書き始めました。私の自己満足の代物です。原作コミック3巻に続く感じで書いてみました。ご興味があればどうぞ♡

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目を開けると電車の中。

タタ、カタンコトン、タタ、カタンコトン

誰もいない。
誰も乗り込まない。
止まらない。

いったい何故こんな場所にいるのだろう。


どうでもいい。
なんでもいい。
ここもあちらも差して変わりはしないのだから。

タタ、カタンコトン、タタ、カタンコトン
タタ、カタンコトン、タタ、カタンコトン

この空間は時間が止まっているようだ。
もうかなりの時間をここで過ごしているはずなのに、夜にならない。お腹も減らない。


不思議な事のような気はするが、
どうでもいい。
なんでもいい。

このままこの場所と溶け合ってしまえたなら、
この虚無感から解放されるのだろうか。



タタ、カタンコトン、タタ、カタンコトン
タタ、カタンコトン、タタ、カタンコトン

もうどのくらい、ここに居るだろう。
ふと見ると、目の前に黒い服と黒髪の、美人な男の人が座っていた。なんの舞ぶれもなく。


どうでもいい。
なんでもいい。
俺はここで…

「おいチュン太!、何制服なんか着てんだよ!公共の場で!」


え?

頭上から降ってくる親しみさえ感じる非難の声。
視線をあげてみる。
美人さんはじっと俺を見ていた。

「ちゅ…んた」

どれくらいぶりかの自分の声。
こんな声だったかな?

「あの、どちら様…でしょうか…」

俺の事をしている人?
でも俺は知らない。

とても綺麗な人だ。

知らない旨を伝えると、少し怒ったような笑顔。
有名な人なのかな?

「この電車おかしいよね?一応君の名前も聞いてもいいかな?」

「名前ですか…?」

名前……なんだっけ…。思い出せない。

「わかりません。ずっと電車に揺られていて…」

名前どころか、自分に関わる全ての人が分からない。誰も思い出せない。
知識として、こういう人が居るはずだ。というのはわかるのだ。しかしそれだけ。

「いや…そもそも俺に名前なんかあったのかな。」

今度は不憫そうにこちらを見てくる。

この人は本当にくるくるとよく表情が変わる。
こんな人と居たら俺ももう少しマトモになれるのかな。

「でもその、ちゅんたって名前に…、俺、なりたいな」

そのまま、またうなだれていた。
もう話すことも…

「そうか…じぁあ、とりあえずキミはちゅん太だ。」

「…へ?」
きょとん。としてる俺に、
「呼べる名前が無いと不便だろ?」
と、仕方なさそうにため息をついている。

ドカリと隣に座ったかと思うと、面倒そうに背もたれにのし掛かる。
「んで、ちゅん太くん。ここ何なんだ?俺は電車乗った覚えが無いんだが」

「……」

答えるのめんどくさい。

し――んと会話が途切れる。

タタ、カタンコトン、タタ、カタンコトン
タタ、カタンコトン、タタ、カタンコトン

「おい、ちゅん太くん〜?こっちを向け―ッ」
ガシッと頬を掴まれると、ぎぎぎ…と顔を上げさせられる。
「…なっ…なんれふか?」
いきなり頬を両手で挟まれて強制的に美人さんの方に向けさせられてしまう。
「オトナが聞いてんだからさ、無視すんな相槌くらい打て。」
怒りと笑顔が一緒になったような、器用な表情だ。
なにこの人。
藪から棒に絡んできて、更にこのだる絡み。

「はぁ…。」
困ったように、生返事を返して眉を顰める。

何か気に障ったのか美人さんはイライラとした顔をして、頭をガシガシと掻いていた。
「だいたいなぁ、オマエのそのへの字口なんとかしろ!ったく。せっかく顔がいいのに台無しだ。」
急に俺の口元を両手でムニムニと揉み始める。
「ふぇ⁈ひょっと…ひゃめ…っ」

「ん?なんだってー?聞こえねーなぁ?」
ニヤニヤしながらほれほれと表情筋をほぐされていく。
手が温かくて気持ちいい、なんて思ってしまう。

「わ、わかりまひたから…はなひてッ」

ぱっと手を離してくれた美人さんは俺の顔を覗き込みながら自分の口の端を指でにーっと引き上げて見せる。

「笑ってみろ!オマエは絶対笑顔が似合うから!」

なんだか、その顔が面白くて笑ってしまう。
笑ったり怒ったり忙しくて、その上沈み込んでいた俺まで笑わせてしまった。不思議な人だ。
「はぁ、なんだか笑うの久しぶり」

強張っていた顔の筋肉が解れていく。
笑うってこんな気持ち良かったっけ。

美人さんは満足げに俺を見ている。
「ちょっとは元気出たみたいじゃねーか。ちゅん太くん学生だろ?この世の終わりみたいな顔より、今の笑顔のが断然可愛いよ。気ィ抜いてみろ。そんな顔してる奴は大概頑張りすぎなんだよ。」

美人さんがふわりと頭を撫でて微笑む。
その手が気持ち良くて、目を閉じた。




タタ、カタンコトン、タタ、カタンコトン
タタ、カタンコトン、タタ、カタンコトン

「ん…」
寝てた?俺は美人さんにもたれかかって寝ていた。
こんなゆっくり寝たのは久しぶりだ。
なんだか視界がはっきりとする。

「おはようございます…。俺、どのくらい寝てましたか…?」

「ああ、おはよう。よく寝てたよ。多分2.3時間だ。よく分からんが。時計の秒針止まってるんだ。」
苦笑してヒラヒラと腕時計を見せられると、ここに迷い込んだであろう時間から止まってしまっていた。

「ちゅん太くん、ここ本当に変な場所だな。ずっと外の景色眺めてたんだが、何度も同じ場所を通るし、陽の高さも何も変わんねーし。キミどのくらい前からここに居るんだ?」

そういえばちゃんと考えてなかった。いつの間にか居て…どうせ、現世に未練なんか無いしと身を任せていた。
「んー……1週間…くらい?」

「は?」
おっと…美人さんの雲行きが怪しい。

「はは。」
後頭部に手をやり笑顔で誤魔化す。

「お前、1週間も座ってただけか!無能か!!あるだろ情報収集とか!やる事が!!」
ガクンガクンと肩を揺すられて、されるがまま。とりあえず笑っておいた。

「ったく、ちょっと他の車両行ってみるか。」
美人さんは立ち上がると歩き出す。

俺は座ったまま見送…―
「いくぞ、ちゅん太。」
――…らせてはくれないようだ。

「はーい。」
本当に帰る道なんてあるのかな。
美人さんの後をのそりと付いて歩いた。



タタ、カタンコトン、タタ、カタンコトン
タタ、カタンコトン、タタ、カタンコトン

「ちゅん太くん。キミって今何歳なの?」
ゆっくりと車両を移動しなが聞かれる。

何歳…だっけ…
ふと自分の姿を見てみるとどこかの制服のようだ。
そこから推察するなら…

「17か18…くらい?」

「それも覚えてないんだな。」
振り返ると心配そうに言ってくれる。

「びじ…貴方のこと知りたいです。共通点があれば何か思い出すかもしれないし。」

「びじ…?」
キョトンとこちらを見てくる美人さん。
「ああいや…美人な人だなぁって。」

美人と言われて悪い気はしなったみたいで、ふふんと嬉しそうだ。

「俺は西條高人。名前くらいは聞いた事あるんじゃないか?」

西條高人…西條高人…
「いえ、あの…すみまマセン」
そんな有名なんだ?
西條さんは、はぁー。と、ため息をついている。
「俺もまだまだか。がんばるよ。」
困ったように笑いながらまた頭を撫でられてしまう。
撫でてもらう度になんだか胸まで温かくなる。
「んで、俺は俳優やってるんだ。ドラマとかGMとか、結構出てるんだぞ?テレビとか見ないのか?」

見て…たのかな?普段の自分を思い出せない。
あぁ、こんな事さえ忘れているのか。

車両を10両ほど通り過ぎた当たりで、西條さんは椅子にドカっと座った。
「なんだこれ。ぜんぜん先頭車両につかねー。」
俺も隣に座るとまた床を眺める。
「俺、名前や歳だけじゃなくて、見聞きした事も忘れてるみたい。…あ、でも…一つここに来て思った事は覚えてる。…ジオラマみたいだ…って。」

「ジオラマ?」
西條さんは聞き返してくる。

「この景色が、ガラス箱に入ったジオラマみたいだって」
 
西條さんは何かに気付いたように驚き、そしてまた、ふふっと笑う。
「あー、…なんだ、やっぱり…」
その笑顔は誰かを想う笑顔だ。
胸がドクンと高鳴った。西條さんから目が離せない。
 「そっか。だよな、お前まだ学生だ。俺だけ得した感じだな。そうか、こんな感じか。」
ふふんと悪戯っぽい笑顔。
「なんの事ですか?」

「さぁな!神様のイタズラかもな?」
また嬉しそうに頭をわしわし撫でられる。

「大丈夫。お前は大丈夫だ。これから沢山の事を経験して、凄い大人になる。色々やってみろ。お前ならなんでも出来るから。」

頭を撫でられ、そのまま頬を撫でられる。
「あと、笑顔でな!」
と、にこっと西條さんが笑う。

「前を向け。チュン太!」
真っ直ぐに見つめられる。その澄んた瞳は本当に大丈夫なのだと思わせてくれた。

景色が透き通っていく。

「楽しめよ!学生!」
バシっと背中を叩かれる感触。

辺りが白く輝き、世界が溶けて消えていく。

「西條さ…高人さん!」

目が覚めると、そこは学校の保健室。

ああ、そうだ、急に熱が出て倒れたんだった。
「何か、夢を見たような。」
すごく、すごく大切な夢を見ていたはずだ。

「あれ…」
なんの夢だったんだろう。…忘れてしまった。
きっと熱のせいだ。ぼろぼろと涙が止まらない。

――大丈夫…。――…笑顔で。

声が聞こえた気がした。

「うん。わかった…。」

それから学生時代は、あの夢の自分を見つける事ができればと、様々なバイトに明け暮れ色々な事に挑戦した。恋愛も体験してみた。よく分からなかったけれど。

数年後、俺は芸能界に足を踏み入れる事になる。

「初めまして、MITSUYAプロダクションの東谷准太です。よろしくお願いします。」

――…大丈夫。――…笑顔で。

俺はニコリと笑う。

「あぁ、デビュー作のドラマで共演させてもらって嬉しいよ。いいものにしような。」

西條高人さん。この人が。
初めて会った気がしないのは、雑誌やテレビでよく目にするからだろうか?とても美人な人だ。

「はい!」

大丈夫だ。笑顔で。
今までも何でも卒なくこなせてきた。
俺はまた笑う。

あの夢に再会する。必ず。
背中を押してくれたあの夢に。


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