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ラスボスが高人さんで困ってます!14

この国に来て三ヶ月が過ぎた。
高人さんと、契約して二ヶ月、番になれないまま二ヶ月だ。
夏の暑さは今もって健在だが、木々は秋の実りに向けて着実に準備をしているようで、庭の柿の木は青々とした実を沢山付けて枝をしならせている。

俺は、瑞穂国の書物を手に縁側に胡座をかいて座り、読書に耽っていた。今は歴史と四季という書物を読んでいる。
別にどんな本でも良いのだが、精霊と対話するならたくさん本を読めと習ったので実行している。
この国の料理や風習、魔物の事にいたるまで本を読んで学んだ。

「文字も…もう大体マスターしたかな…。」
高人さんの国の文字、高人さんが触れてきた文字だ。
この書物も、高人さんの書斎から借りてきたもので、あの人が読んだ物だからこそ読もうかなと思える。
何を考えこれを読んだのかを想像しながら読むのが目下の楽しみだ。

ふと、高人さんが玄関から外へ出て行くのが見えた。
まだ日も登り切っていない早朝だと言うのに。
俺は書物から顔を上げ高人さんに声をかける。

「高人さん、お出掛けですか?なら俺も…」
「いや…いい。帰りは明日の朝だ。夕食もいらない。」
高人さんはそれだけ言うと、こちらに目も向けずに歩いて行く。朝食も食べずに起き抜けのようだ。

「…わかりました。気を付けて下さいね。」
寂しげに笑い高人さんを見送る。
「…ん。」
高人さんはヒラヒラと手を振るだけ。
俺がどんな表情をしてるかも確かめてもくれない。

尻尾をぱたりと床を叩くように振る。狼の耳は子犬のように垂れてしまう。
また、書物に目を落とす。

最近の悩みの種はこれだ。
俺はため息をつく。
最近彼は余所余所しい。目も合わせてくれず、笑ってもくれない。
ずっと一緒に寝ていた寝室も追い出されてしまい、取り付く島もない。

「倦怠期ってやつかな…?」
いやいや…出会って3ヶ月だ…。
でも…付き合って3ヶ月で別れるなんて人間の恋愛ならよくある事で…。

飽きられた…のだろうか…。

ぺらりと、次の書物の次のページをめくる。

瑞穂国は龍王によって建国された。と書いてある。
その一行を読んで、すぐに書物を持つ手を力なく落とす。
「だめだ…頭に入ってこない。」
パタリと書物を閉じて横に置くと襖を背もたれに空を見上げてため息をついた。

バカだなぁ…聞けばいいじゃないか。
頭の中で誰かの声がする。

それができたらきっとこんなに悩んで無い。
俺も話したく無い事があるし、彼もまた俺を詮索してこないでくれている。俺ばかりが聞ける訳がない。
一歩が踏み出せないのは、俺自身に後ろめたさがあるからだ。

言ってしまえば、楽になる?
そう考えて被りを振る。

「言いたくないな…」
項垂れてため息をつく。

俺は貴方を殺すための存在なんだと、いつか打ち明ける日が来るのだろうか。
きっと問われなければ、この事は墓まで持って行くに違いない。

寂しくて寂しくて、堪らない。

「高人さん…」
ふっと顔を上げて、
言葉に力を乗せて詠う。

―夏霖に揺蕩う水の精霊よ―

辺りに水の気配が渦巻く。
夏の雨に住まう水の精はいつも憂鬱そうだ。
姿は見えないが気配で分かる。
どのくらい縛ればうまく行くのだろう。
家を吹き飛ばしてしまうと大変なので慎重に言葉を選ばなければならない。

とりあえずは、ご挨拶からだ。
名前を呼んで、振り向いてくれたら挨拶をする。それからお願い事をするのがセオリーだ。

―美しききみ方に願ひたてまつる―
君、可愛いね。ちょっとお願いしたい事があるんだけど。とまぁ、ナンパみたいな声のかけ方だなと苦笑する。
水の気配は、クルクルと踊るように俺の周りを興味津々に、まるで魚のように浮遊している。憂鬱さが薄れて嬉しげにこちらを見ているようだ。
『なに?なに?なんでも言って?』
そんな声が聞こえてきそうだ。
好意を感じられる事はとても嬉しくて無意識に微笑んでしまう。

『……お前は水の精霊に愛されているから……――』
高人さんに言われた言葉を思い出す。

そういえば、こちらに聴き耳を立てている精霊は、言霊でなくてもお願いを聴いてくれるのだと高人さんが言っていたのを思い出した。

「君たちに、高人さんを探して欲しいんだ。彼に気付かれないように、夕立に紛れて、なるべく静かに探してほしい。出来そう?」
精霊達は肯定するするように俺の頬を撫でる。

ポツポツと雨が降り始め、次第にサァァァァ……と細かく柔らかな白雨になる。

庭の木々はパタパタと水滴を弾き音を立てている。
精霊達は水を浮遊させて俺が見やすいよう宙に水鏡を作ってくれた。
全て、精霊達の好意だ。
水鏡には、雨の降る地域の様々な景色が映し出されていく。
「これは君たちの見てる物を見せてくれてるんだね。」
にこりと笑うと、精霊達もにこにこと笑う気配を感じる。

しばらくジッと水鏡を見ていると、周りに居た精霊達が水鏡の前に行きジッと見つめていた。
「見つけた?」
俺は縁側から実を乗り出して水鏡を見つめる。

フラフラと洞窟に入る高人さんの姿が映し出されている。
「…様子が…」
さっきはあんなにしっかり歩いていたのに。
やはり何か隠しているんだろうか。

精霊達が俺の周りに集まる。
『何かする?何をすればいい?』
と、じっと俺を見てくる気配。

けれど、今日はたくさん手伝ってもらった。

「ありがとう。もう大丈夫。」
集まってくる精霊の気配ににこりと笑い礼を言い、浮遊する水滴を撫でる様に触れる。
精霊達は俺の頬を撫でる様に飛び、そのまま消えてしまう。

雨が止み、水鏡はパシャッと地面に落ちて水溜りになった。

俺はゆらりと立ち上がる。
あんなにフラフラして…。最近食事もろくに食べていない。俺も言えない事があるから、高人さんの事は言えないけれど。

それでもここで知らないフリは出来ない。

俺は袖下から襷を取り出すと、手慣れた手付きで袖を留めて括る。

調理場へ行き、米を研ぎ、今朝ご近所の青年から貰った鮎を七輪で焼く。
釜に米と水、酒、両面をこんがり焼いた鮎を入れて釜を火にかけてフツフツと炊いた。
今日は鮎飯にして、おにぎりにしてやろう。
焼き海苔を炙って巻いてあげれば、きっと食欲も出るだろう。
蜂蜜を沢山入れた甘い甘い卵焼きを焼き、胡瓜や茄子の漬物を切っておく。

美味しそうに食べる高人さんを想像するとふふっと笑みが溢れる。

お弁当を持って会いに行く。

行ったら怒られるかもしれないけど…。
ここで燻っていても何も進展しない。
何も教えてくれなくてもいい。
ただ隣に居させてほしい。

一通り準備をして、釜飯を蒸らしている間に、高人さんの書斎に行く。

前に一度だけ、この大陸の地図を見た気がしたのだ。
部屋に入ると、記憶を頼りに本棚を探す。
この部屋は書物を借りる時以外は入るなと言われている。
数百年前の本ばかりが折り重なり乱雑に置いてあった。
彼は書物にメモや追記を挟む癖があり、書物から不規則に食み出したそれらが、探し物をする手を阻むのだ。
それらの隙間を丁寧に見て、折りたたまれた地図を探す。
「…あった!」

良かった。置き場所を変えられていたら見つからなかった。

ホッとすると、ゆらゆらと尻尾が揺れる。
それを持って部屋の中で一番明るい書斎の机へ行き、机を占領する書物を床に重ねて置き、地図を広げる場所を確保した。

窓から差し込む光が、舞い上がる埃をキラキラと映し出すが、そんな事かまってられない。
バサっと地図を広げる。

あんな状態では龍になってたとしてもそんなに遠くには行けない。

「この地域で、洞穴…」
ここに来た当初にこの地図を見た時、山に印があったのだ。何の目印かなと思っていたのだけど、今はそれが気になる。
見ると、以前連れて行ってくれた泉の隣りの山に印がある。多分ここなんじゃないのかな。

カタカタ…カタカタ…

風が窓を叩く音に顔をあげる。

「風の精霊…?…珍しいな。」
風の精霊は水の精霊と違い、高人さんに関わる事でなければ言霊で縛らない限り近寄ってこない。
という事は、高人さんの事なのだろう。

カタカタと風に鳴る窓を開けてやると、風が入ってきて、書物に挟んだ紙がカサカサと揺れ、俺の髪がふわりと浮く。

地図を見るとヒラリと1枚の夜色の羽が落ちている。
落ちた場所は、俺が見ていた、印のついた山。

落ちた羽を手にして少し傾けると羽目に沿って紫や緑に光を反射する。高人さんの羽だ。

「ここに高人さんが居るの?」
風に向かい言ってみるが、地図の上で小さな旋風を作り遊ぶばかりで返事を頂けない。

風は高人さんに懐いている。心配で俺に知らせに来ただけなのだろう。
「ありがとう。分かったよ。彼の側に居てあげてね。」
にこりと微笑みそう言うと、風はまた外へ吹いていく。

高人さん…ここにいるのかな?
久しぶりに触れる、高人さんの一部。
羽にキスをすると、微かに甘い香りがした。

これは…。

俺は地図を折りたたみアイテムボックスを開く。

ふと、目に入る一冊の洋書。ここに洋書があるのは珍しい。タイトルは、『龍の生態』かなり古い本だった。埃を払い、目次を見てみる。

種族と属性
育成と発達
性別転換と発情期
魔力と神力
病と薬

なぜ洋書なのだろう…。
けれど、知りたい事ばかりだ。

「……これも借りますね。」

地図と一緒にアイテムボックスに仕舞う。

「さて、急がないと。」

俺は出来上がった鮎飯をおにぎりにして海苔を巻き竹で編んだお弁当箱に笹の葉を敷いて詰め込む。
余ったおにぎりをパクリと食べると、鮎特有の若草の香りが鼻を抜ける。フワフワの身とお米の塩味もたまに感じる苦味もいい感じだ。
「…喜んで貰えるかな。」
最後の一口をパクリと口に放り込み、作業を続行する。
高人さんなら、お酒が欲しいなんて言い出しそうだ。

体調悪そうだっし、持って行かない方がいいかな?
持つと言ってもアイテムボックスの中なら重さも時間も振動も関係ない。
気分が良さそうなら出してあげる感じで持っていくのも良いかもしれない。

卵焼きを切りお弁当箱の角に詰めて、おにぎりの頭に大葉の千切りや梅干しを置き、お漬物も横に添えて彩りも鮮やかにする。
蓋をしてそれを風呂敷で包むと、竹の水筒にお茶を流し込み、もう一つの水筒には果実酒を入れて蓋をする。
自分用のお弁当も少し準備する。高人さんと一緒がいいから。

軽いピクニックのようだなと笑いながら、アイテムボックスにそっと入れた。

炊事が終わり、シュルリと襷を取りながら、居間に上がる。

地図で見ると街道からは大きく逸れて、半分以上が山歩きになる。虚空の穴に手を突っ込み、ズルズルと冒険者時代の洋服を取り出す。

特殊な繊維で編まれた衣類なので、ちょっとやそっとじゃ破れないし貫通もしない優れ物だ。しかも軽くて動きやすい。
ズボンは魔力を通して糸を解くと尻尾を出せる部分を確保して補強する。

本当に便利な力だ。

着物を脱いで洋服に着替える。
冒険者をしていたのが遥か昔のように思える。それほどにこの土地での時間は濃密でかけがえの無いものになっていた。
和服ばかりだったので着心地の悪さすら感じてしまう。
「俺もすっかりこっちの人だな。」
俺自身は単純に嬉しい。だって彼の土地で、俺のルーツだ。

洋服着ると次にグローブを嵌める。
人里を離れれば、魔獣も出てくるだろう。
ここでは魔法が主に身を守る手段だが、俺が使うと山自体に被害が出そうで怖い。

ならば慣れ親しんだ武器を使うべきだろう。ズルズルと虚空から取り出したのは大剣だ。俺の前の持ち主が死んだため、俺が譲り受けた物だった。

紺色の鞘は割れており革紐で補強されてはいるが、かなりボロボロで所々擦り切れている。持ち手も擦り切れており、グルグルと黒い布を巻かれ雑に結ばれて余った布がユラリと柄下で揺れる。その布もまた擦り切れてボロボロだ。
全体的にくたびれているが、刀身を確認するとそこだけは殺気でも放つかのように青白く光っている。

「またしばらくよろしく。」
大剣にそう呟くと、刀身を鞘に納める。
腰回りに大剣用のホルダーを取り付け、腰に下げる。それを隠すように枯草色のマントを羽織った。
家の戸締りをしっかりとしてブーツを履く。
方位磁針と地図だけは腰のポーチに入れて、軽めの旅気分で出発したのだった。


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