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ラスボスが高人さんで困ってます!9

村外れに着くと、そこにはあの泉と同じ泉が湧いていた。
「高人さん、これってこの間の泉と同じ?」
「ああ、地下で繋がってるんだ。山の麓の方が上流で、浄化の力もあっちのが強い。」

彼は泉の水に触れてパシャパシャと遊び、持っていた掃除用具の桶に水を入れ、立ち上がる。

「ここは村の者が使う、憩いの場って感じだな。水浴びしたり、子供達が遊んだりしてる。」
俺はその水入りの桶を取り上げてニコリと笑った。
「持ちますよ。」
「あ、あぁ。」
高人さんら動揺しながらも桶を渡してくれた。
泉を歩いて通り過ぎ、森の緩やかな石造の階段を登ると開けた場所に出て、鳥居と共に大きな神楽舞台が姿を表した。

「ここだ。」
高人さんが立ち止まった隣に立つ。そこには、数本の巨木に囲まれた木造の舞台があった。見慣れない作りだ。東大陸の伝統的な建造物だった。

1人で舞踊るには、ずいぶんと広い。

ザァァ…っと周りの木々がざわめく。木漏れ日がキラキラと輝き、まるで誰かに見られているような気分になる。不快ではない。澄んだ気配だ。
「ここはこの大陸で高天原に一番近い場所だ。学舎で神界って教えた場所だな。だから神の気配がする。本当はもう少し、こまめに来て掃除しなきゃいけないんだけど…。」

この澄んだ気配が神なのか。

ここは、大聖堂みたいな役割なのだろうか、けれどあの場所でこんな気配はしなかった。神とは人を支配するための偶像なのだと思っていた。
本当にいるのだとしたら、それは何…?

「高人さん、神って何なんですか?」

「んー諸説あるが、意思の無い力の塊だと言う者も居れば、妖精のような存在だという者も居る。実際に会った事あるやつなんていねーから、わかんねーよ。ただそこに昔からあったんだ。それだけ。」 

ただそこにある、強大な力。いつ危害を加えてくるかも分からない。危害があるなら先に排除しよう。利用できるなら手中に収めよう。人間ならそう考える。
俺はこの考え方が嫌いだった。

「亜人族は凄いですね。」
「そうか?」
ありのままを受け入れ共に生きる。
人間にはあまりにも難しい。
「人間なら放っておかない。」
「…はは。そうだな。」
舞台を眺めながら高人さんは疲れた様に笑う。
「まぁ、仕方ないよ。俺たちの考えを押し付けるつもりも無いさ。さて、掃除するか。」

舞台の高さは2mほどあり、少し離れると全体が見渡せる。正面と左右に階段があった。そこから上がるようだ。

「土足厳禁だぞ。汚れちゃいるが神事の舞台だからな。」
「了解しました。」
俺はにっこりと返事を返す。
下駄を脱いで舞台に上がると、すっと身体が軽くなる。

なんだ…。自分の身体を見つめる。ベタベタとしたものが剥がれ落ちたような不思議な感覚だ。

「ん?どうしたんだ?」

「いえ…なんだか身体が軽くなりました。」
「人の念かなんか、くっ付けて来てたんだろ。神気にアテられて逃げたんだ。」

「念…ですか。」
「そ。人の魂の一部。」
持ってきた掃除道具を手に舞台に上がり、高人さんは掃き掃除を始める。
「本体が生きていれば念、死んでれば霊。お化けってやつ。よく、廃墟に住む霊が…とか、ミストルにもあるだろ?」

俺は手に持っていた長い長い竹の先端に沢山の笹の葉がついた棒で天井や梁の隙間の埃を払う。

「…ずっと思ってたんですが、どうしてそんなにミストルに詳しいんですか?子供達が西大陸のお姫様ごっこをしてたのも、高人さんが教えたんでしょう?」
高人さんからミストルの話が出て、聞くなら今かと思ったのだ。小さなお姫様達を思い出してふふっと笑う。

「人間に興味があって住んでた事があったんだ。」

「え、バレなかったんですか?」
「化けるの得意だからな。つっても年齢誤魔化して生きるのも面倒くさくて、15年くらいかな。あっちの学校通ってみたり仕事してみたり。子供達のお茶会ごっこ可愛いかったろ?」
高人さんも幸せそうに顔が綻ぶ。
「あまり、他の国に対して恨みを持って欲しくないんだ。だから、まずは楽しい事を教えてる。」

ヘルガルドと呼ばれたこの国は、虐げられ代々の長を殺されてきたのだ。だが一度たりとも反撃した事がない。それは、代々の勇者が反撃する間も無く壊滅させてきたから未然に防がれているのだと伝えられてきたが…。

「反撃はしないんですか?」
「俺達が反撃したら、もっと多くの血が流れるだろう?父上が勇者と戦いに行く時に俺に残した言葉があるんだ。」

―世界を平和に保つためには必要な事なのだ。争いからは何も生まれぬ。我々は古き存在。淘汰されるべき存在だ。我々の存在は伝承や伝説として未来に語り継がれていくだろう。それで良いのだ。―

「そんな、黙って指を咥えて滅びるのを見てろって事ですか?」
「どんな種でも、いずれは滅びる。遅いか早いかの話だろ?」

この人はなんでこんな平気そうに仲間が死に絶える未来を語れるのだろうか。子供達を、この国を守ろうとしている人が、滅びを肯定する。

矛盾してる。

「ほら、手が止まってるぞ?」
高人さんは怪訝そうに俺をみる。しかしそんな事は後でいい。今は聞かなきゃいけない事がある。
滅びても良いと本当に思っているのか。
貴方自身の考えが知りたい。

「高人さんは、どうしたいんですか?」
俺の問いに、高人さんの肩がぴくりとする。俺は真剣に高人さんを見据えて言う。
「貴方の守る沢山の命が死に絶えても良いんですか?貴方が死ねば、もう次が無い。外の国は挙ってこの大陸に攻め入ってきますよ。その時、闘志の無い無防備な子供達は真っ先に殺されるか奴隷にされます。」

高人さんは、下を向きぐっと口を噤む。

「貴方はこの国と他の国が交わればいいと思っているからミストルに行って人間について学んで来たんじゃないんですか?だから学舎を開いて子供達に人間の友好的な部分を教えてるんじゃないんですか?そんな貴方が国が滅ぶ未来を肯定しているのは、矛盾してます。」

「貴方は…――」
「…うるさい。」

「もう帰れ。あとは1人でやる。」
「高人さん!!」
俺に背を向けて、掃き掃除をしようとするが手が震えている。

「うるさいんだよ!!お前に、俺の何が分かるんだよ。俺が何も考えてないと思ってんのか?15年間、人間を研究して、どうにか…仲良くやっていける糸口を探したんだ…誰も血を流さない方法を…。でもやっぱり、一番、掛ける命が少ないのは俺が死ぬ未来なんだよ。後の事は…っ…どうにかする。出来るかぎり。」

高人さんは、肩を震わせて耐えるように言葉を吐く。悔しくて悔しくて、たどり着いた答えにも納得していない。

「答えになってませんよ。貴方はどうしたいのかを聴いてるんです。」

「勇者に殺されて、世界を100年くらい平和にして終わりだよ。それが俺の役目だ。もう帰れよ。めんどくせーんだよ。」

…何の答えにもなってない。腹が立ってくる。
何が役目だ。
掃除用具を放り出して高人さんに近付く。

「貴方がそう思ってるなら…」
腕を掴みこちらを向かせる。
「その涙は何ですか。」
「…っは!?手離せよ!くそ!馬鹿力!!」
高人さんは手を振り解こうとするが、魔力を通した俺の腕はそうそう外せるもんじゃない。

「教えてくれるまで離しませんよ?」
キッと睨んでくる高人さんに困ったように笑う。
「俺は人間で、亜人でもあるって橋渡しできる宝だって言ってくれました。俺は貴方の理想の役に立ちませんか?」
引き寄せて抱きしめる。優しく。

「泣いてる理由を教えてください。」

腕の中で、嗚咽が聞こえる。もう抵抗する気は無いようだった。

「もう、魔王なんて嫌なんだ。亜人を魔族なんて言われるのも、瑞穂国がヘルガルドなんて呼ばれるのも…嫌だ。仲良くできるはずなんだ、何も変わらないはずなのに、なんでこんな…っ…。悔し…っ。」

ぼろぼろと涙を流しながら、話してくれる。
俺は少しホッととする。話してくれた事に。
彼の頭を撫でて、髪にキスを落とす。
「話してくれてありがとうございます。」

ぐずぐずと泣きながら、怒ったように高人さんが俺をみる。
「なんだよ!ありがとうだけか!!俺は言いたくもねぇ話させられたんだぞ!!」

勇者として、貴方のご要望にはお応えしなきゃいけないので…とは言えない。

「あはは。貴方の意見が知りたかったんです。貴方と共に在りたいですから。」
「俺の意見じゃ世界の流れは変わらねーよ。」
涙を袖で拭いながら高人さんな言う。

「どうですかね。わかりませんよ?」
「お前のその笑顔こえーよ。」

高人さんはぐいっと俺を押し除ける。
簡単によろける俺に、彼はびっくりしているようだ。
「あはは。所詮人の身体ですから。魔力通してなきゃこんなもんです。」
困ったように笑う。
「じゃあ、掃除しちゃいましょ。日が暮れちゃいますもんね!」

俺は煤払いの竹を拾ってまた掃除を始める。
「はっ。調子いいヤツだな。」
不機嫌そうにそうに、また掃き掃除を始めたのだった。

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