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ラスボスが高人さんで困ってます!35

風を切る音だけが耳に響く。
どれくらいの時間を飛び続けているだろうか。太陽はすっかり沈み、辺りは夜の闇に包まれて星の位置を頼りに飛んでいた。

前方の水平線に夕陽が沈み始めた頃など、チュン太のエメラルド色の瞳に夕陽が映り込みキラキラと輝いていた。ほんの少しの間、彼と目が合うとその美しい瞳が愛しげに細められて、擽ったくも堪らなく愛おしく感じた。

本当に一瞬、言葉も交わしていない一瞬の事だったが、俺はきっとこの美しい恋人の姿を忘れないだろう。

西に近づくにつれ地上は天気が悪いのか、雨雲がもこもこと現れはじめる。上空の高い位置にも雲があり、辺りは真っ暗だ。
「星、見えなくなりましたね。」
『そうだな。西大陸は雨かな。』
「方角、大丈夫そうですか?星が見えないと狂いませんか?」
そう言うと、チュン太は何やらアイテムボックスから何かを取り出しているようだ。
『そうだな。闇雲に飛んでも消耗するだけだしな。もうそろそろ大陸が見えて来ても良い頃合いなんだが。降下してみるか。』
気付けば飛んでいる高さにまでチラチラと雲が湧いてくる。湿気を含んだ風が身体を包んでは流れていく。
いよいよ雨が降りそうだ。

「あったあった。高人さん、方位磁針もあるので迷いはしませんよ。」
『暗い中で見えるのか?』
「発光石が埋め込まれてますから。」
『……まぁたそんな高価な物を。』
発光石は希少な石だ。原産は確か北の大地。あまり数が取れないため、貴族が装飾品に使う宝石よりも高値で取引されている。小指の先程の石でも貴族の屋敷が一軒建つくらいの値段はするはずだ。

国宝級の装備品に至宝の剣、アイテムボックスに至っては大精霊の恩恵を受けた契約魔法だ。
魔法を発動した時にとんでもなく古い大精霊二人に会っているはずなんだが……。彼の話を聞くに、彼自身には見えてはいなかったのだろう。
自分の姿も見えない相手に呼び出された挙句に、棒読みの口上だけで従えと言われたら、俺が大精霊だったら断るし最悪虫の居所が悪ければ……。考えれば考える程恐ろしい。
本当に……ほんっっとうに、精霊の気まぐれに感謝だ。
ちなみに、彼にはまだ詳しい話はしていない。
お前は大精霊との契約に成功している。なんてチュン太に伝えれば、コイツは「あ、じゃあ大丈夫ですね!」とか言って他の大精霊も呼び出しそうで怖い。
彼は一度成功すれば次も成功すると思っている節がある。もう少し精霊の恐ろしさを知ってからでないと伝えられないと思った。

それにしても……。
『お前の持ち物は一級品以上ばかりだな。』
そう言うとチュン太は、ははっと笑う。
「仕事に使う物ですし、他に欲しい物もなかったですしね。」
『そうなのか。』
「ああ、でもこれからは、貴族らしく意中の相手に贈り物をするのもいいかもしれませんね。」
『なんだ、あっちに想い人でもいんのか?』
その言葉にムッとしてして、ボソリと俺はつぶやくが、風がその言葉を攫っていく。

「何が欲しいですか?龍ならやっぱり宝石ですかね。」
チュン太のその言葉に俺は、顔が熱くなるのを感じる。勝手に嫉妬して、勝手に恥ずかしがっている自分にため息すら出た。

『ったく。……降りるぞ!方角ちゃんと見とけよ!知らねぇからな!』
「わっ、ま、まってッ!心の準備が!」
翼をすっと閉じると、ふわっと身体が浮力を失い斜めに傾きそのまま真っ逆さまに落ちていく。
「わぁぁあ!高人さん!ゆっくり!ゆっくりッ!」
チュン太は俺の身体に張り付くようにぎゅうっと俺を掴んでいる。それが可愛くて可愛くて、楽しげに笑った。
『あははは!ほれ気持ちいいだろ!ちゃんと捕まってろよ!』
「――――――ッ!!!」
雲の中を落ち、雲が切れると同時に翼を開くとぐんっと身体が浮く。しかし気流から外れたために上空程の速度は出ない。暗闇の中、雨が身体に打ち付ける。
『おい、チュン太!大丈夫か?結構降ってるな。』
「……はぁ。」
『ん?どうした??』
「高人さんひどい。俺飛べないんですよ?こんな暗闇で海に放り出されたらいくら俺でも死にますから!」
柄にもなく涙声で弱音を吐くチュン太に、クククと喉を鳴らす。
『勇者の癖に、空も飛べないとは情けねぇな。』
「練習する暇なかったんです。」
雨でびしょびしょになったチュン太は前髪を掻き上げる。
『濡れてるぞ。何とかしろ。』
課題を与えるようにチュン太に言うと、少し考えて言霊を紡ぎ始める。

「――舞い踊る夜半の嵐よ。駆け抜くる一陣の翼よ。後にゆらめく風切り羽の一枚よ。我が意に添いて秋霖遮りひとときの安息を――」
詠唱し終わると、俺とチュン太の周りに風の幕が発生し、雨でを遮ってくれた。
彼は両手で髪を撫で付けるように水気を切っている。

『なるほど、精霊をよく縛れてる。チュン太成長したな。』
褒めてやると、彼は嬉しげに笑う。
「縛りが甘いっていつも言われてましたから頑張ってみました。」
『なるほどな。でもこれだと、維持に魔力を消費し続けるだろう?俺ならこうするぞ!』

『――爆風よ。天高く舞い上がり雲を蹴散らせ――』

空に巨大な穴が空いたように雲が散り、一気に空が晴れていく。
チュン太は驚いたように晴れ渡る星空を見上げていた。明るい満月が海を照らし静かな青に染めている。

『見ろ。大雑把な精霊魔法の使い処だ。』
ふふん!と笑ってチュン太を見ると彼は困ったように頬を掻いている。
「これ……。ミストルまで空が晴れてしまうと大騒ぎになるかも……。」
そう言われてハタと我に返った。そうだ。すぐそこに西大陸があるんだった。

ぱっと前方を見ると、街の明かりが点々と見え始めていた。昼間よりは目撃者は少ないだろうが、魔王の住む東の空に穴が開くように雲が散り散りに吹き飛び、急に空が晴れたのだ。騒ぎにならないはずが無い。

俺は恐る恐るチュン太を見る。
『……これ、問題になると思うか?』
チュン太は少し考えて、街明かりから少し離れた場所を指差した。
「見つかりはしないでしょうけど念の為街から離れて降りましょうか。」
『ん、わかった。』
俺は進路を少し左に傾けて、大陸を降りていく。
チュン太と、遠出が出来ることが嬉しくてつい舞い上がってしった。こんなに目立ってはいけなかったのに。
『……すまん。』
「何がですか?」
チュン太はキョトンと俺を見ている。

これをきっかけに、チュン太に迷惑が掛かるのではないかとしょんぼりとする。
王宮からの書簡が瑞穂国に届いたという事は、チュン太が瑞穂国で暮らしている事に気付いたからだ。魔力の無い人間には一瞬で空を快晴にする事なんてまず無理だ。となれば魔王が西大陸に攻めてきたのだ、と人間達は思うだろう。早々にチュン太を探しだして、勇者の洗礼を受けさせようとするに違いない。

『とりあえず降りるぞ。』
「は、はい。」
俺はチュン太の問いに答えるより先に、陸地を目指すことにした。森の中がいい。そうすれば魔物はいても人間は居ないだろう。降り立つのを見た者がいたとしても、夜目の効かない人間が動き始めるのは明日からだ。

森の中に泉を見つけ、その辺りにフワリと降り立つ。

チュン太はすぐさま俺から降りると、人の姿に戻りやすい様にと鞍を外してくれる。

「外しましたよ。」
『ん。』
身体が軽くなり、身体を振ってクセのついてしまった立て髪をもとのフワフワに戻した。グッと羽を伸ばし伸びをすると、俺の身体は人の身体に戻っていく。

やはり先程まで雨が降っていたようで、辺りの草木には水滴が滴っていた。生い茂る木の葉に遮られてか、今立っている部分は幸い乾いていて濡れる心配はしなくて良さそうだ。足元の草も柔らかくて気持ちいい。

チュン太は自分の羽織っていたマントを脱いで、人の姿になった俺に羽織らせてくれる。

「とりあえずそれ羽織ってて下さい。着替え出しますね。」
今まで雨に打たれたとは思えないほど、マントは水を通しておらず、軽やかでサラサラだ。彼の匂いが染み付いていて、まるで抱きしめられているようで落ち着く。
「雨が上がって良かったですけど、さすがに冷えますね。」
彼はそう言いながら虚空からズルズルと俺の洋服を取り出してくれる。
その中の下着をぱっと開いてふふっと笑うものだから、俺は顔が熱くなってしまった。
「俺の下着見て何笑ってんだ変態!」
「いやぁ……、こっちの下着だなぁって。たまには良いですね。」
暗がりでほくほく顔のチュン太は俺に下着を差し出してくるので、奪い取るように手にする。履こうと身を屈めているとまたチュン太の視線が気になって、ついガミガミと言葉を強くした。
「あっち向いてろバカ!あと他の服も早く寄越せ!」
ったく、このマントのおかげであまり寒さは感じないが、こいつの視線が気になって仕方がない。
「いいじゃないですか、もう貴方の身体の隅々まで知ってるのに……。下着履く姿くらい……――」
「ダメ!!ダメだ!あっち向いてろ!」
彼はそんな俺を見てクスクスと笑い、衣類を全て渡して俺に背を向けた。
「分かりました。終わったら教えてくださいね。」

イソイソと服を着替えると、やっと落ち着いて木の下に座り込む。
「はぁ――。もういいぞ。」
「はぁい」
チュン太はにこにこと笑い、俺の隣に座って月を見上げる。月明かりに銀色に染めた髪が美しく輝いていた。まるで、月の銀糸を紡いだようだ。
横顔に見惚れていると、チュン太が話し始める。

「今日はこのまま野宿して、明日は街道を探しましょう。大丈夫だとは思いますが、念のため火は焚かないでおきましょう。目標になるといけないので。今日は申し訳無いですがこれで。」
チュン太はアイテムボックスから一枚の毛布を取り出すと、俺と彼を纏めて包み込む。毛布に引っ張られてはピタリと寄り添う形になって、恥ずかしさにチラリと彼を見上げる。
「これなら寒くないでしょ?」
こちらを見つめるチュン太は幸せそうに笑っていて、ドキリとする。
身体だけでなく、心まで温かくなるその笑顔に俺もつい笑みが浮かぶ。
「そうだな。温かい。」
そして、さっきの派手な魔法の事を思い出した。そうだった。さっきの事をちゃんと謝らないと。
「チュン太、さっきの、空の雲を吹き飛ばした魔法、余計な事してごめんな。」
チュン太はキョトンとする。そしてハッとしたように俺を見た。
「俺の方こそすみません!不安になるような事言ってしまって!気にしなくて大丈夫ですよ。しばらくはあちこちで噂が飛び交うでしょうが、すぐに忘れます。一瞬の、しかもなんの実害も無い現象で勇者を呼びつける理由にもなり得ません。俺を呼びつける口実はなんてあちらには幾らでもありますしね。出来る限りバレないようには動きますけど、きっと見つかるのも時間の問題です。」

「結局、王国に見つかったら、どうするんだ?」
俺は不安げにチュン太を見上げる。彼は穏やかに笑って俺を抱き寄せた。
「そうですねぇ……。魔王が善良である事を訴えてみますよ。それが駄目なら祖父母を連れて、瑞穂国に帰りましょう。きっと気に入ってくれます。」

チュン太が生きているかぎり、次の勇者は決まらない。ずっと勇者候補のまま、彼が望むのなら永い時を生き続ける事ができる。龍の寿命は千年以上だ。それ以上は記録が無い。皆天寿を全うする前に死んでしまうからだ。二人で命数を分け合ったとして、最低値でも五百年。十分だ。

「そうだな。駄目なら帰ろう。」
俺はコクリと頷いた。
でも、できる事なら、多様な種族が分け隔てなく暮らせる平和な世の中になってくれたらと思う。
きっと、できる筈なのだ。争いが無くなることは無いだろうが、それと同等に、お互いを知る事できっと良い関係も育つ筈なのだ。俺が勇者にら殺される事が無いのなら、その五百年で実現出来ないだろうか……。

一日中飛んでいた疲れと、彼の匂いや温もりで眠気が襲い始める。頭を彼の肩に預けるように引き寄せられ。されるがまま心地よく彼の肩を借りた。

うつろう意識の中で、月明かりに浮き出る湖畔を見つめる。
瑞穂国にある神水の湖とは違い湖面は真っ暗だ。
そこに月が申し訳程度に光を差し込んでいる。信仰が無いこの地の精霊達は、東の地よりも数が少ない。きっと呼べば集まるのだろうが、それでも瑞穂国の半分程度の力しか感じなかった。

寂しい光景に、遠くまで来たなと改めて思うけれど、以前一人で訪れた時のような不安も寒さも微塵も感じず前向きに考えられるのは、きっとチュン太が隣に居るからなのだろう。

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