見出し画像

遊郭で高人さんを見つけました。26 [BL二次創作]



へ?…理解が追いつかない。

「あの…もう一回、お願いしても?」
朝方に眠りにつき、日が登ってすぐに絹江さんに叩き起こされてしまった。猫っ毛がさらに寝癖でくしゃくしゃだ。

「だから、貴方の身請けが決まったわ…。」
頭を抱えてため息をつく。
「えっと…東谷さ…ま?」
…昨日の今日で?いやでも契約違反はしてないよな。
まさか、我慢できなくなって暴挙に出てる?
いや、そんな事は…――。

「東谷様ではないわ。」
「え?では、だれが…。」

「昨晩のお客様よ。」
えっと…なんで…
「あなた昨日、誰かと話をしなかった?」
「えっと…金髪軍人の日本語話せる…男…」
「そのお方が、あなたをお気に召したそうよ。」
は?
「断れない…ですか?」
「お国からの要請だから…断れない」
「俺が男だって、知ってます?」
「知ってるわ。」
絹江さんの事だから、断る理由は色々並べたのだろう。

えっと…。
「身請けされたら、日本から、離れるのですか…?」
下を向いて、涙を堪える。
「そうね…。今夜には出港するそうだから昼までに準備を。夕暮れまでに迎えが来るそうだから…。」

「そう…ですか…。分かりました。準備します。」
「高人、東谷様には…お知らせする?」
ビクリとする。

「いえ、あいつに知らせたら、絶対、追いかけてくるから…っ…秘密にしてくださ…っ…」
顔を上げて笑ったつもりが涙が止まらない。
絹江さんがぎゅうぅっと抱き締めて頭を撫でてくれる。
「ごめんなさい。守ってあげられなかった…」
溢れる涙の止め方が分からなくて絹江さんの腕の中でいつまでも泣き続けた。


―――――――――



チュン太は、いつも…配達がある日は昼間にやってくる。けれど今日は配達が無い日だ。良かった。会ったら、絶対、涙を見せてしまうから。
はやく荷造りをして、さっさと出発してしまわないと。

ああでも、身体が動かない。
「チュン太の…身請け、受けときゃ良かった…」
ぼうっとチュン太がくれた打掛を眺める。
そういえば、勿体無くて一度も袖を通していなかった。
「…そうだ、着て行こう。これでチュン太も一緒だな。」
ふふっと笑う。もう涙も出尽くしたな。

外国ってどんな所なのだろう。
俺は何のために買われた?
また娼館にでも売られていくのだろうか。


…もうなんでもいいや。

ああ、もう準備を始めないと…間に合わなくなってしまう。


なにやら、外が騒がしい。

「東谷さま!いけません!!今日はもう夜霧はお会いできません!!」
「会わせてくださいっ!事情は聞いています!」
え?
チュン太??
外を見ると見世の者と押し問答するチュン太がいた。
俺がチュン太を見つけた瞬間、チュン太も俺を見た。

「高人さん!!貴方はそれでいいんですか!!」
人の目など気にも留めない、ただ俺に届く様にチュン太は叫ぶ。

…いいわけない。お前の唇の感触も抱いてくれた温かい腕も何もかも、お前という存在が俺の一部になっているのに。いいわけないだろ……。

お前とずっとこんな関係が続けばと思ってたよ。
でもな、現実はそんな簡単じゃない。
ありがとな。チュン太。楽しかったよ。

目を閉じて心鎮めて。私は夜霧だ。

「東谷さま。もう、夜霧は貴方とお会いする事はございません。お帰りください。」
凛とした声で、はっきりと言い放つ。もう私は貴方のものではない。
チュン太の悲痛な顔が…これ以上見ていられなくて、俺は部屋の奥に逃げた。

「高人さん!!!嘘だ!断れない事情があるんでしょう!?高人さん!!こっちに来て!…来いッ!!」
必死に叫ぶ声が痛くて、涙が止まらない。
しばらく押し問答が続いていたが外に絹江さんが出てチュン太と話をし始めてからは、大人しくなったようだった。

少しして、外を覗いてみたが、そこにはもう誰も居なかった。

もう、この見世で子供たちを世話する夢も、チュン太のもとに身請けされる未来も消えてしまった。

幸せは簡単に崩れ去る。子供の時に経験して分かっていた事だ。父と母が俺を残して死んで身売りをしなければ生きていけないと知らされた時…思い知ったはずなのだ。それでもなんとか掴んだ幸せも、また奪われてしまう。

…もう疲れた。
自分のこれからなんて考えるのも億劫だ。

大切なものだけ持っていこう。これから着飾る物以外はすべて、着物も打掛も装飾品も置いていく。
りぼん、万年筆、チュン太が書いてくれた契約書、もらったばかりの護身刀。これだけあればいい。

「綾木に、ありがとうって言ってなかったな。」

もう会えないから、2人に手紙を書いていこう。
俺はチュン太に貰った万年筆を使って、チュン太と綾木にそれぞれ手紙を書いた。今までの感謝、思い出、俺の想いと、俺は楽しく生きるからお前達もどうか、俺の事は忘れて幸せに生きてほしいという思いを綴った。
嘘も方便だ。立つ鳥は跡を濁してはならない。

さて。身体を清めて、着飾らなければ。

湯殿へ行き、丁寧に身体を洗い髪を洗い梳かす。
洗い終えて温かい湯船に浸かった。

「そいえば、チュン太に風呂誘われた時一緒に入れば良かったな。」
なんで断ったんだろ。入っとけばよかった。
はーっとため息をつく。

「……じゃあ今から一緒に入ります?」
クスっと笑う声と共に、風呂場裏の外から声がする。
「チュン太!?」
ビクッとして声が裏返る。
「はい。チュン太です。高人さん」
どこかホッとしたような声が壁の外から聞こえる。
「……絹江さんか…?」
ため息混じりにここを教えた犯人を言い当てる。
「はは。話すならもうここしか無いからって、教えて貰いました。」

「……」
「……」

言葉が見つからない。今更何を話せばいい?
行きたくないって?お前がいいって?
どこに連れて行かれるのか分からなくて不安だって?
そんなのチュン太の負担にしかならない。 

俺にコイツを求める資格なんてないのだ。

先に口を開いたのは、チュン太だった。
「高人さん、俺…貴方を絶対に諦めませんよ。」

「……」

「どんなに遠くに行っても必ず探し出します。必ずです。助けに行きますよ。だから…」

「…っ」

「だから、泣かないで。」

「……ふっぅ」

チュン太からは見えないはずなのに、泣いてる事が筒抜けで、また涙が止まらない。

「チュン太…っ…俺は、お前が…っ…」
「はい。」
チュン太は嗚咽で喋れない俺の言葉を静かに待ってくれてる。

「…うっ…ひくっ…」
「……」

チュン太は何も言わない。
俺は、喋らなきゃ、と思って呼吸を整える。
「チュン太、俺、お前が好きだ。…でもな、どうしても今回の事は覆せない。俺が行かなきゃ、見世に迷惑をかけてしまう。俺は俺が好きな人達に迷惑を掛けるのは嫌なんだ。」

チュン太は俺の嫌がる事はできないから、敢えて"嫌"という言葉を使った。

「……貴方は狡い。」
「…ごめんな。チュン太」

「高人さん、愛してます。」
愛という言葉にドキリとする。でも、もう最後の言葉なのだ。
「俺も准太を愛してた。ありがとう。元気でな。…さようなら。」
俺はざばっと湯船から立ち上がると、振り返らずに湯殿を後にした。

もう、泣かない。チュン太とは話せたから。
俺は、迎えが来るまえに支度を整える。

髪を結い、白粉を塗り、紅を刺す。
簪を刺して、貰った護身刀を胸元に差し込む。
護身刀は本当に装飾品のようだ。
「ありがとうチュン太。」
胸元を撫でながら呟く。

鏡を見て自嘲した。こんな男の何がいいんだか。
「世の中変な奴ばっかだな。」
クスクスと笑いながら、チュン太がくれた打掛に袖を通す。

リボンと、万年筆と契約書は着物の袖下に忍ばせてある。

「高人、迎えの人が来たよ。」
絹江さんが襖の向こうから呼んでくれる。

「…参ります。」
俺は部屋を出て、絹江さんに笑い掛ける。
「お母様、いままでお世話になりました。」
絹江さんは涙を流して抱き締めてくれた。俺はその背をそっと撫でたのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?