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遊郭で高人さんを見つけました。1 [BL小説#だかいち#二次創作]

ザワザワと人々が行き交う。
色とりどりの提灯に満開の桜。夜道を煌々と照らす夜見世の明かりに、連れ歩く部下達は皆、まるで楽園のようだと呆けている。
路地には春を売る見世が立ち並び、着飾った女達が格子の内側から華やかに笑いながら手招きをしていた。
そこは港にほど近い都の遊郭地区だった。
俺、東谷准太は、そんな様子を何を感じるでもなくただ眺めて歩く。

行き交う男達は、満更でも無い様子で籠の鳥を眺めては、1人また1人と見世の中へと姿を消して行く。
女を買うとは、どういう気分なのだろうか。自分に置き換えて考えてみるが、何が良いのか分からない。

「若様どうぞ、こちらです。ここは1階が茶屋にってまして、花魁達と宴会もできるのですよ。この辺で1番の大見世でございます。」

この、へこへこと笑いながら"もてなし"と称して今から向かう先を説明してくれる男は、今日訪れた視察先の所長を任せている者だ。
東屋の経営を任されている以上、酒の席も仕事の内だと父から言われている。仕方なしに付き合ってやっている。という状況である。
俺は管理者の男にニコリと笑う。ホッとしたように管理者の男はまた歩き出す。付いて歩きながら見世の外観を見上げる。とても大きな見世だ。
大きな灯籠に、花房屋と書いてある。

「ん?」
うちの商会より大きなその建物を観察していると、2階の窓辺の縁に座って、景色をゆったりと眺めている女の姿を見つける。中性的な容姿に黒髪が闇に溶けるように風に揺れていた。
どこを見つめているのだろうか。ずっとその人に見入っていると、ふっとこちらに気付いたようで、花が咲くように笑いかけ、ヒラヒラと手を振ってくれた。
心臓のあたりが一瞬重苦しくなる。
「…っ??」
なんだ?

目を離し、また見上げた時にはもうその人は居なかった。

「いらっしゃいませ。東谷様でございますね?お話は常々伺っております。さぁどうぞどうぞ」
見世に入ると、そこは品格のある料亭のようであった。番頭の男は帳簿を取り出して記帳を促す。

案外綺麗なのだな。

座敷に通されると、料理や酒がつぎつぎに運ばれてくる。その後に遊女達が品良く訪れ、部下達の相手をしてくれていた。
まぁ、日頃の疲れを取ってもらうには良かったかもしれない。適当に過ごしたら俺は金だけ払って先に帰ろう。朝まで騒げるくらいの額を置いて行けば問題無いだろう。

盃の酒を飲み、隣で話しかけてくる花魁に、ニコニコと聞いているふりをし、適当に相打ちをうつ。

はぁ、本当に何が楽しいのかわからない。
俺は酒に目を落とし、水面に微かに映るつまらなそうな顔に自嘲した。

―――――――――

「ちょっと聞いた⁈木蓮の間のお客!」
見世の裏側、遊女達の待機場所にあたる部屋で、客の情報交換をするのが遊女達の楽しみの一つだ。

「なになに、どうしたの?」
「それがね…」

まったく、今日もこの見世の遊女達は元気な事で。

お喋りに花を咲かす遊女達を尻目に、高人は口に紅を刺し直しながら次のお座敷での舞いの準備をする。
高人はもう殆ど客を取る事はなく、表舞台の花魁達を支える裏方だ。
春を売る適齢期は当に過ぎている。来年からは遣手(やりて)として子供達の芸の指導をする事になっている。遊郭では珍しい春を売る男、陰間という事もあって、たまに来る特殊な性癖のある客の対応や問題を起こす客を穏便に返す際の対応をする程度だった。

女に扮装するのも慣れたものだ。髪を結い、おしろいをはたいて、着物を正す。
「よし。」
艶やかな笑顔は女と言われれば信じてしまう程だ。

「ちょっと!高人!!聞いてる⁈」
「うわっ!」
今売り出し中の花魁、千早だ。
急に背中に抱きついてくるものだから、驚いてしまった。

「木蓮の間のお客がさ、すごい顔の整った男なんだけど姐さん達にまったく乗ってこないんだってさ。もしかして高人のお客じゃない?」
ニヤニヤと、はしたなく笑う千早に高人はため息を漏らす。
「そんな下品な笑い方してると千年の恋も覚めるぞ?」
「え!そんな変だった?」
「鏡見てこい」
ふふふと優しく笑い、高人はパタパタと手鏡探す千早を眺めた。千早はこの見世に来た頃から可愛がっている遊女だ。最初は毎日泣いて暮らしていたが、今では雛菊のように愛くるしく笑う花魁となった。少しヤンチャが過ぎるのがたまに傷だが、そこもまた愛嬌だと思う事にしている。

「木蓮か。」
あそこは確か、東屋商会が貸し切っていた。
あそこの所長さんがたまにウチに遊びに来ていたのを思い出す。

今日は大広間で派手に宴会をやっているようだ。
誰か、目上の者でも連れてきたのだろう。

まぁいいか。あの部屋は今日はお職の霧里と花乃江が付いているから、まぁどうにか…。
高人が思案していると、すっと部屋の襖が開く。
ん?と振り返ると、楼主の絹江が立っていた。感情の見えぬ笑顔が恐い人だ。
「夜霧、ちょっと良いかしら?」
「絹江さん、どうかされました?」

夜霧とは俺の源氏名だ。その名で呼ぶと言う事は仕事か。絹江はふふふと笑いながら、
「お仕事よ。ウチに来て楽しくなさそうにしているお客様がいらっしゃっているのよ?可哀想だと思わない?」
と、問うてくる。ああ、それは可哀想な事だ。
「では今宵は愉しんで頂かねばなりませんね。」
ふたりでフフフフと黒い笑みを浮かべた。

他の遊女達は、始まった始まったとばかりに、クスクスと笑っていた。

財布がスッカラカンになるまで飲ませてやろう。
高人はククッと笑いながら、ゆっくりと立ち上がり、木蓮の間へと向かった。

――――――――――――

そろそろ頃合いだろうか。

東谷准太は酒を勧めてくる女の手元をスッと手で阻んだ。
「ありがとう。少々酔ってしまいましたのでこの辺でやめておきます。」
断りを入れて涼しい顔でニコリと笑う。

「そろそろ…――」

准太が立ち上がろうとすると、襖の奥から声がした。

「失礼致します。」
すっ、すっと所作に乗っ取り襖が開き、深々と座礼をしている花魁が姿を表す。
「夜霧と申します。今宵の宴に私もまぜてはいただけませんか?」
声は透き通り流れる水のように発せられる。
花魁達が、どことなくホッとしたような空気になった。

「…どうぞ」
東谷准太は、無意識にそう答えていた。
「嬉しゅうございます。」
顔をあげ優美に笑うその顔は、見世に入る前に目が合ったあの人だった。
近くで見ると、瞳が蒼玉のように美しく、先程は風に揺れていた黒髪は美しく結い上げられている。

「あなたは…」
何故だろう、目が離せない。

夜霧は立ち上がると真っ直ぐに准太の所へ行き、隣に座った。
「さぁさぁ、一献どうぞ」
にこにこと笑いながら酒を勧められる。
勧められるままに酒を飲んだ。
楽しくもない宴会だと思っていたが、夜霧を見ていると、時間が経つのを忘れてしまう。
「夜霧さんは綺麗ですね。夜とはよく言ったものです。蒼い目と黒髪が夜空のようだ。」
本心だ。女性が喜ぶ優しい笑顔で言った。
すると、一瞬呆気に取られたようにこちらを見てくる。
あれ、間違えたか?女性は喜ぶと思ったんだが。

「…東谷様は御上手ですねぇ。」
ふふふと笑ってお酒を注いでくれた。

夜霧は笑ってこちらに話しかけてはいるがいつも周囲を見渡し、客と花魁達の様子を見ていた。お酒や肴が足りないとあれば、お付きの者に伝言を頼んだり、飲みに飽きて来た頃にはお座敷遊びを提案してくれていた。
いつの間にか、退屈していた気分はどこかへなりを潜めてしまった。不思議な人だ。

そんなふうに夜は更けていき、宴会を楽しみ酔い潰れたものは遊女と共に今宵の寝所へと連れられて行った。
気付けば、座敷は俺と夜霧だけになっていた。

さぁ、本番はここからである。この、夜霧という人がどのようない人なのか知りたくなった。

「せっかくですし、夜霧さんも飲んでください。」

「あ…ありがとうございます。」
戸惑うように盃を受け取る夜霧は訝しげに俺の顔を見ていた。
その言葉に、俺はニコリと笑った。
貴方の事、俺に教えてください。

これが、俺とこの人の最初の出会いだ。

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