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高人さんが猫になる話。4

結局、警察で1日が終わってしまった。
警察署を出て愛車に乗り込むと、東谷は深いため息を漏らした。

飲み会に出席した人達にも話を聞いたが、高人さんには別段変わった様子は無かったようだ。いつもより飲む量は少なく足取りもしっかりして帰路についていたとの事だった。
だったら…なぜあんな場所に、まるで身体だけが消えたように服や私物が落ちていたのか…。不自然だ。

拉致するなら服を脱がせる前に車に放り込むだろう。
殺すならそのまま刃物で刺せばいい。
その場で脱がせて、あのように服や持ち物をまるで並べるように置いて連れ去る…?
その必要性は?
服も下着も靴も今まで着用していたかのように、うつ伏せの状態になっていた。盗まれた物も何も無かった。

不自然なのだ。腑に落ちない。

高人さんのケータイは警察に預けてきた。持ち物も服もだ。もう、待つしかない。

待つ…。

「…ッ」

ギリリと音がしそうなほど拳を握る。

生きていて欲しい。生きて会いたい。会いたい。会いたい。会いたい。
「高人さん…ッ」
死んでいたら…その時は…。
その時は、そちらへ会いに逝くまでだ。1人になどしてやるものか。

まだ分からない。居なくなって1日目だから。俺は俺のやるべき事をやろう。でないとあの人に叱られてしまう。

ふと、あの黒猫の事が気になった。
2メートルもない塀から降りれなくなっていた黒猫。
あの人の瞳と同じ色。
どこかの飼い猫だったのだろうか。まだあの場にいるのだろうか。もし居るなら、あんな場所じゃ水も食べ物もない。

帰る前に様子を見て行こう。
無駄になるかもしれないけど、猫用のドライフードと水と紙皿を買って、見つからなければそれでいい。ただ、心配だった。

―――――――――――――

頭を撫でられそうになって、無我夢中で逃げたのだ。まさかこんなに跳躍力があるとは思わなかった。

猫って凄いんだな…。西條は2メートル弱はある塀の上にいた。

高い…ッ

降りる勇気が出ない。
黒松はこんなの余裕で登ったり降りたりしてたよな。

じーっと下を見つめる。
「なぁぉン…(このくらい…)」

降りようと足踏むも、降り立つ自分が想像できない。

「にやぁぁん、にゃぁん、なぁぁん!(ぁぁムリ!怖い!なんでこんなとこ登ったんだ)」
独り言を言いながら何度とチャレンジするが怖くて仕方がない。右往左往しては下を見つめた。
すると、人の気配を感じる。

「自分で登っただろうに、降りられないの?」

その声に動きが止まる。

ちゅん太⁈

じっと目を見開き、いつの間にか近づいていた人影を凝視する。目がよく見えない。色合いも人と違って見えるため、すぐに誰なのかが分からない。

声、ちゅん太だった。もう一度、もう一度喋ってくれ。ちゃんと聴くから…。

「危ないから、こっちにおいで」
目の前の人が喋った。
「…ッ」
息を呑んだ。ちゅん太だ。ちゅんた太がいる。泣きそうになる。でも涙は出ない。

差し出された手を恐る恐る嗅いでみる。本当にちゅん太か?
見知った匂いだ。
出された腕に飛び乗り抱いてもらう。

「グゥルニャァ…にゃぁ、ナァ(よかった。ちゅん太、俺だ)」
頭を撫でられゆっくりと地面に降ろされる。
「自分で降りられない所に登ったらダメだよ」
優しい笑顔だ。見上げてちゅん太の姿を眺める。
どうすれば伝わる??俺だって分かる?
考えを巡らせていたら、またバタバタと足音が近づいてきた。ちゅん太はそちらを向いている。
びくりと身体が強張る。

沢山、人が来る。逃げなきゃ。本能がそう言った。

気付いたら、建物と建物の隙間を走っていた。

逃げなきゃ。逃げなきゃ!

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