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遊郭で高人さんを見つけました。23 [BL二次創作だかいち]

朝起きたら、知らない天井だった。

「へ…?」
ブカブカの紺の浴衣、下着は付けてないけど、身体は綺麗で…起き上がり近くの姿見を見ると、赤い跡があちこちに咲いている。抱かれ…たのか?

「……えっと…」

よくよく思い出してみる。
たしか、オッサンの酒の相手して…、んでオッサンの息子が来て…なんか飲まされて…から…?

「…オッサンの屋敷…?いやでも…足枷無いし…」
ひょいと足首を見ても、痣があるだけだ。
その後の記憶は…。

「そう…だ、チュン太…」
…後の色々を思い出す。助けてもらった事や、その後の事も。…屋敷を出た後は断片的に覚えている。記憶を辿ると、あられも無い姿で事をねだる自分の姿を思い出す。
かぁっと顔が熱くなってくる。姿見で見た自分の顔はやはり真っ赤に染まっていた。
「あ…あれは、色々飲まされたからで…」
不運な事に、何か言わされたのも覚えている。
ごにょごにょと1人言い訳をするが聞いている者は居ない。羞恥心から叫びたい衝動に駆られるが、ぐっと堪えた。

とりあえず、適当に着せられた浴衣を帯を解いて、歩きやすいように着直し屋敷の中を探索してみる事にする。

襖を開けて部屋を出ると、しんと静まり返る薄暗い廊下があった。
突き当たりは厠で真新しい風呂場に、床の間、居間、大きな玄関。縁側は雨戸が閉められていて真っ暗だ。人が住んでいるのか?と疑いたくなるくらい何も無い。2階もあったけれど階段も真っ暗で怖くて行けなかった。
茶の間の奥に土間があり、台所があった。下駄を履いて降りてみる。そこだけは、窓から入る陽の光が暖かく、湯を沸かしていたり釜がぶくぶくと吹きこぼれていたりと、誰か居たんだなということが分かる。

外から馬の声が聞こえる。
ふと外を見るとチュン太が馬の世話をしているのが目に止まった。
「怒るなよ。一晩放置はさすがに悪かった。機嫌直してくれ」
不機嫌そうに鼻を鳴らし、蹄で土をどすどすと掘り起こす馬を宥めるように藁で身体を拭いてやっている。

「チュン太の家…なんだな。」
チュン太の家ってこんな感じなんだ。金持ちのくせに家政婦も無く、家族も居ない?出掛けているにしては生活感もない。考え込んでいると、俺に気付いたようで、チュン太がこちらに駆け寄ってきた。

「高人さん、おはようございます。身体は?大丈夫ですか?」
「あ、ああ…大丈夫っぽいんだが…」
「何か?」
心配そうにチュン太が顔を覗き込んでくる。

「いや…昨日の事、その…ごめん。…あと、助けてくれて…あ、ありがとう」
昨晩の事を思い出してしまい、まともに顔が見れない。
チュン太は俺が謝る姿を優しい眼差しで見守ってくれる。
「無事で良かったです。俺、高人さん探してる間生きた心地しなかったんですよ?」
ぎゅぅぅっと抱きしめてくれる腕が温かい。
「…悪かった。でも、なんかお前なら無茶振りしても助けてくれそうな気はしてた。」
「え……反省してない?」
ハタと身体を離してじーっとこちらを見てくるチュン太。
「……でも現に来てくれたじゃねーか。」
お前やっぱ凄いな。と頭をを撫でてやると、複雑そうだが満更でもなさそうに撫でられている。
「……そいや、どうやって見つけたんだ?置き手紙もする暇なくて…手掛かり無かったろ」
「綾木くんがね、貴方の妹分の打掛売りに来たゴロツキを捕まえて連れてきたんで、ちょっとお話聴いて、居場所教えて貰いました。」
にこにこと教えてくれるチュン太。

あの男、そんな聞き分けの良さそうな顔はしてなかったんだが、まぁ実際助けに来たのだからそうなのだろう。

「綾木お手柄だな。」
「高人さん!俺は?」
さすがだかと綾木を褒めていると、物欲しそうにチュン太が俺を見る。
「チュン太もありがとうだな。本当、迷惑かけた。」
頭を撫でてやると、ぎゅっと抱きしめてくる。

「高人さん、…もう相談無しで危険に飛び込むような事は辞めて下さい。俺も万能じゃないんで、いつか貴方を取りこぼしてしてしまいそうで怖い。」
心なしか、チュン太の肩が震えていた。
俺は、ぎゅっと抱き返して背中を撫でてやる。
「ごめん。もう絶対しない。」
本当に、申し訳ない事をしたと思っている。
「絶対?」
「絶対だ。」
「分かりました!じゃあ、契約しましょう。書面に残して下さい。」
ぱっと顔を上げるとにっこりと笑うチュン太。

「え?あ、ああ。いいぞ?」
俺はきょとんとしてしまう。契約書ってあれか。この前こいつが書いたやつ。
俺の返事にチュン太は嬉しそうに微笑む。

「あ!その前にご飯にしましょうか!すぐ出来ますから、居間で待ってて貰えますか?」
あれよあれよと居間に押し込まれ、テキパキと朝食の準備がされていく。
「材料無くて、簡単なのしか作れないですがどうぞ!」
漬物に焼き魚、味噌汁に、白米…立派な朝食だ。

「お前凄いな…。若旦那だろ?なんで料理とかできんだよ。」
頂きます。をしながら聞くと、チュン太も同じように手を合わせる。
「1人で暮らしてますし。料理くらいしますよ?」
「普通、家政婦とか雇うんじゃないのか?」
ぱくっと白米を頬張ると、仄かに甘く炊きあがりも完璧でとても美味しかった。
「うま…!」
その言葉にチュン太が嬉しそうに目を細め、自分は味噌汁を啜る。
「板前さんだって男ばっかりでしょ?うどん屋も蕎麦屋も和菓子屋も料理をするのはみんな男だ。俺が料理できたっておかしくないでしょう?」

そりゃそうだが。普通は女の領分だと嫌われる事だ。
「お前ほんと変なやつ。婿の貰い手無いだろそれじゃ。」
くくっと笑うと。チュン太はにこりと笑った。
「嫁なんていりませんよ。俺が欲しいのは高人さんだけですから。」
またそんな事を恥ずかしげも無く言う。
「俺は男だぞ?子も産めないし跡取り問題とかねーのかよ。」
そうだ。現実的じゃない。もう夢だけ追うような歳でもないのだ。
パリパリと漬物を食べ、白米をかき込む。
「チュン太!おかわり!」
「あはは。高人さんほっぺについてますよ。」
茶碗を受け取りながら頬の米粒を取られると、ぱくっとチュン太に食べられてしまう。
「ご馳走様です♡」
他人の口についた米粒食って幸せそうに笑ってる。
「本当お前変なやつ。」
こっちのが恥ずかしくて顔が熱くなってきた。

チュン太は白米を粧いながら話す。
「跡取りは孤児を引き取るつもりです。教育はできますし、高人さんは子供好きでしょう?まぁ他にも難題は有りますが、なんとかするつもりですよ。…はい。おかわりどうぞ♡」

「ん…。」
渡された茶碗の白米をまたパクリと口にする。

「少しは、俺に身請けされたくなってきましたか?」
食べ終わったチュン太が食卓に肘をついてじっと俺を見つめる。
「…いや。花房で遣手になりたい気持ちは変わらない。」
チュン太は困ったように笑い。ふぅと息を吐く。
「まぁ、そうですよね。」
とは言っているが、にこにこと諦めた顔はしていない。地獄の果てまで追ってきそうで、ゾクリとする。
俺はそれ以上は言葉を交わさず、黙々と食事を平らげた。

「あー、美味しかった!ごちそーさま!」
「お粗末さまでした♪」
お腹いっぱい朝食を食べて、グゥーっと伸びをして寝転がる。
「高人さんは本好きでしたよね。」
「ん、ああ好きだぞ?」
チュン太は食器を片付けながら聞いてくる。

「じゃあ、2階に行ってみてください。書斎があるので、そこに沢山本がありますよ。」
「え!いいのか?」
「俺は片付けてから行くので」
チュン太はニコリと笑いながら台所に降りていく。
「暗いから気をつけて下さいね。」
「てか、なんであんな真っ暗なんだよ。雨戸開けないのか?」
「あー…俺、寝る時しか帰ってこないから開ける必要が無くて。また閉めるのも面倒なんで閉めっぱなしなんですよ。」

「そんなんじゃ家がカビるぞ」
「あ、そうなんですか?それはやだなぁ」
あはは。と笑いながら食器を洗い始める。他人事のように。

「ったく。別に開けてもいいんだろ?」
「ええ。構いませんよ。」
「わかった。」
俺はヒラヒラと手を振りながら2階へ上がった。

2階は意外と窓から光が差し込んでいて明るかった。書斎もすぐ見つけて中に入ると、所狭しと本が積み上がっている。

「うわぁ…」
いや、凄いんだがあまりにも乱雑で何がどこにあるのかも分からなくて苦笑する。

「まぁ、読めればなんでもいいか。」
適当に、表紙で読む本を3冊ほど持って一階に戻ると、本を居間の食卓に置いて玄関から外に出て庭へ回った。
「えっと、こっちか。」
縁側の正面に回ると、外からガラガラと木製の雨戸を戸袋に流し込んでいく。雨戸が無くなると次は、また家に入りガラス戸をガタガタと開いていった。
「あつ…。襷欲しいな。」
いささか大きい浴衣の裾をたくし上げて膝より上で結んで固定する。
「いくらかマシか。」
太陽の光と共に、さわさわと初夏の風が流れ込んできてとても涼しい。俺は部屋という部屋の襖を開けてまわる。これでカビ対策になるだろう。畳に湿気は厳禁だ。
「よし!」
ぱたぱたと本を取りに居間へ行くと、チュン太が台所を片付けて終わって上がってくる所だった。
「高人さん、またなんて格好してるんですか…」
おしげもなく生足を出してる俺を見てチュン太がため息をつく。
俺はそんなのお構いなしだ。居間に置いていた分厚い本を手に取りチュン太に楽しげに笑いかける。
「縁側明るくなったぞ。」
チュン太の手を引いて自分の成果を見せてやる。
「ほらな。絶対こっちの方がいいだろ!」
ふふん。と笑いチュン太を見ると驚いたように俺を見る。
「本当ですね。凄く明るい。綺麗だ。」
優しくて幸せそうで、それでいて泣きそうに笑う。
「なんでそんな顔してんだよ」
苦笑して頭を撫でてやると、チュン太は、あはは。と笑った。

「高人さん、本当に俺のとこ来てくれませんか?」
縁側の日当たりが良い場所に陣取り、座り込んで本を広げた俺に、立ったままのチュン太が言ってくる。
「…くどいな。お前の提案だと、俺はお前の専属になるってだけなんだよ。俺が男娼でお前が身請けするってのはそういう事だ。お前だって分かってるだろ?お前には将来もある。なら俺は見世の子供達を育てる道を進みたい。」
本から目を離すことなく言いきる。
「…そう…ですよね。わかりました。」
チュン太は開け放たれた襖の奥の部屋に行くと、引き出しから筆とインクとペンを出して、机で何かを書いていく。

しばらくすると、チュン太からお呼びが掛かった。
「高人さん、これ!もう危ない事に勝手に首突っ込まないっていう契約書です。さっき言ってたやつ。サイン頂けますか?」
本から目を離しチュン太を見ると、にこりと笑って手招きしている。

「あ、ああ。そうだな。それは俺が悪かったし。」
俺はチュン太の隣までいくと、ペンを借りて名前を書いた。

「高人さん、血判お願いします。」
「ん。」
指を差し出すと、チュン太が小刀を取り出して、軽く俺の指を切る。
「…っ」
痛みとともに、ぷくっと紅の雫が滲んだ。それを自分の名前の隣りにぐっと押し付けた。
「はい。ありがとうございます。じゃあ、俺も書きますね。」
チュン太も俺の下に名前を書いて血判を押す。

「はい!これで契約成立です。」
さっきのしょげた顔はどこへやら、すごく元気な顔だ。
「俺が無理しないってだけだろ?」
ぱっと紙を取り上げて文言を読む。

―――――――
―契約書―

東谷准太(以下「乙」)と、高人(以下「甲」)は以下の通り契約する。

1.甲はいつ如何なる時も、危険、或いは危険と思われる事態に遭遇した場合、例外無く乙に相談しなければならない。
此れに反し甲に被害が及んだ場合、甲は乙の身請けの申し出を断ることは出来ない。

高人
東谷准太
――――――――

「は!?身請けってどういう事だよ!」
俺がチュン太に噛み付くように声を荒げると、チュン太はすっと紙を取り上げて大切そうに袖に仕舞う。

「高人さん、契約書っていうのは署名する前に内容確認しないとダメですよ」
ふふふと楽しげに笑う。

「てめぇ…謀ったな。」
ギリギリと歯噛みする。
「良く考えてください?報告してくれたらいいんですよ?高人さんが約束破らなきゃこのまま身請け無しです。俺は一生独り身ですけどね。」
寂しげに笑うチュン太に、舌打ちして、俺は縁側に戻ると本を広げた。
お前はどこぞの令嬢と結婚して子供作って幸せな家庭持てよ…。なんで身分も卑しい男娼なんかを側に置こうと思うんだよ…。お前のために言ってんのに…!

「身請けなんて絶対受けないぞ」
頑なに拒絶し、不機嫌に悪態をつく俺の隣にチュン太が座る。
「そーですか。言っててください。必ず、手に入れますから。」
そう言ったチュン太は眩しそうに空を見上げて、気持ちよさげに目を細めていた。


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