遊郭で高人さんを見つけました。9
まったく、気に食わない。
綾木千広はそう思いながらぼりぼりと頭を掻く。
イライラするとやってしまう癖だ。
夜霧の側に居るために、面倒だった呉服屋を継いで約2年が過ぎる。政治家の奥様や大企業のご婦人方に媚を売り続け順調に商売を広げ力を付けてきた。そんな折に問題が起こった。
ここ数ヶ月、夜霧の周りをウロチョロと嗅ぎ回る男が居たのだ。
誰かと思い調べてみれば、大手商社の東屋の若君というではないか。この商社の黒い噂は商売人なら誰しも噂くらいは知っている。
実に気に食わない。
嫌な虫が付いたと警戒していたら、東屋の大旦那に許可なく不利な契約をしたとかで軟禁状態になっていると聞いて、ざまぁみろと笑っていたのだ。これで夜霧とは縁が切れるかと思いきや、甲斐甲斐しく手紙などで気を引いている。
ハッ。あんな叩けば埃と闇しか出て来ない家の御曹司が文通なんぞ、笑い話にもならない。
それに、ここ1ヶ月ほど、俺とは別に客に圧力をかけているようで夜霧は買われていない。
あの人は自分が売れないのは歳だからとか思っているようだが、それは俺が、裏で手を出そうとした奴らを制裁していたからだ。最近はそこに東谷が加わっている。
「ハッ共同戦線のつもりか?冗談じゃねーよ」
大方、俺とあの人の関係も調べがついてるだろう。
気に食わない。
あの人は俺が守ると決めた。だから呉服屋なんぞを継いだんだ。こんな事で掻っ攫われてなるものか。
今日の花房屋での事も腹立たしい。
「たっく…まんざらでもなさそーな顔しやがって。」
東谷の話をする夜霧を思い出す。
ふと東谷の話をする時に幸せそうに笑ったのだ。
あんな顔をさせる程に東谷の存在が夜霧にとって大きくなっていると言う事だ。危険だと思った。
…腹立たしい。
朱色の花小紋は、夜霧に似合うと思って取り寄せたものだ。俺の見立てなのだから間違い無い。
だがそれを、あの東谷に見られるのは尺に触る。
だからシルクのリボンを贈った。常に身につけていられる物を。俺のものだというを証だ。
書斎から外を見れば、すっかり辺りは暗くなっていた。
「…チッ」
本当は夜霧の思うようにさせたかったけれど…。
「他の男にやる為に守ってきたわけじゃねーよ。」
上着を手に取ると、遊郭へと足を向けた。
「綾木様、お珍しいですね。」
花房屋に入ると、番頭がニコリと笑い話しかけてくる。
「夜霧サンいますー?一晩お願いしたいんですが。」
いつものゆるい笑みで聞いた。
「はい、今、ちょうどお座敷に入られているので、少しお部屋でお待ちくださいませ。お食事はどうなさいますか?」
「酒だけでいいっす。よろしくお願いしマース。」
ヒラヒラと手を振り、見知った廊下をヒタヒタと歩く。部屋に入ると、持ってきた風呂敷包みをポスっと布団に置き、畳にどかりと座る。窓から見える月明かりをぼーっと眺めていた。
「失礼致します。お酒をお持ち致しました。」
「あー、ありがと。そこ、置いといてー」
月から目を離す事なく言った。
使用人は軽く会釈すると、すっと部屋から出ていく。
どうやって、諦めさせようか…。
そんな事ばかり考えてしまう。一度こうだと決めたらテコでも動かない人だから、決めてしまう前になんとか…。
スッと襖が開いた。
「綾木、どうしたんだ?」
声のする方を見ると、夜霧が入ってくる。
「夜霧さんに慰めてもらおーと思いましてー?」
へらりと笑いながら言うと、困ったように笑っていた。
「なんだ、なんかあったのか?」
夜霧は、お酒の乗った膳を俺の所まで運んでくれる。
「ちょっと…うーん、だいぶ… ?」
かしかしと後ろ頭を掻いていると、くすっと笑いながら隣に座り、酒を勧めてくる。
「お前が悩み事なんて珍しいな。」
盃を手に取り注いでもらい、ゆらゆらする水面を見ながら小さく言った。
「俺だって、悩む時くらいあるっつーの。」
アンタの事以外で悩んだりしねーけどな!
ぐいっと酒を煽る。
「悩めるって事は、本気でそれに向き合ってるって事だろう?いいじゃねーか、お前が本気出すなんて」
カラカラと笑う。…悩みの種が。
「はぁ――――――。」
もうため息しか出ない。
「アンタさ、ほんとに、自覚持ってくんない?」
腕を掴みこちらに引き寄せて、目をじっと見つめる。
「自覚って?」
きょとんとしている姿は可愛らしいが、目の毒だ。
あぁぁ――――もう!!
夜霧を押し倒し組み敷く。
「…そーゆうとこだっつってんだよ!そんなんだから変な虫が付くんだろ!…警戒しろ。自覚してくれ。頼むから!」
「ちょ、警戒ってどういう…」
戸惑うように見上げてくる不安げで頼りない瞳に、ゾクリとする。
「…そういう所だって…。まぁ天職なのか…」
じゃぁもういっそ、所有の証をつけさせて貰おう
「なん…」
「仕事ですよ。夜霧サン。」
欲望が抑えきれず呼吸が乱れる。今俺はどんな顔で夜霧を見下ろしているんだろうか。
「ぁっんぅ…ちょ…ッ…綾木…っ」
首筋にキスをし、くすぐったがり逃げる身体を縫い止め、夜霧の唇を喰むように、深く口付けをする。
「ふっ…はっんむっ」
打掛も着物も俺が選んだモノ。大切に大切に守ってきた。でも…
あんなヤツに奪われるくらいなら、俺の物にしてしまいたい。
唇を離すとペロリと自分の口を舐める。
「高人サン、…今だけでいいから千広って呼んでくれませんかね…?」
首筋をちゅっと吸い舐める。
涙目で顔を赤らめ不安げに見上げてくる高人にゾクゾクと欲望が膨らんでいく。
「っ…やばすぎ。なんだこれ…」
和装の造りなんて目を瞑っていても分かる。器用に片手でスルスルと脱がしていく。
「まて…待って、綾木ッ」
慌てて俺の手を掴み脱がせる手を止めようとする。
しかしそんな事で止まるわけもなく、前をはだけさせていく。
「待てねーっすね。高人サン、俺は千広。呼べる様になるまで止められねーな。」
するすると華奢な肌を撫でる。首筋から胸へ舌を滑らせて、また跡を付けていく。
「んんっぁっまっ…まて…だめっぁ、あや…」
「千広。」
高人の下腹部にするりと手を入れて彼自身に触れる。
「だめだ嫌だと言ってる割に、身体は素直っすね。かぁわいー。それとも、そーゆう趣向のアソビ?」
なら乗らねーと失礼だよなぁ。
「はっ…やめろ…どうしたんだよッ」
ぬちぬちと彼自身を可愛がってやる手は止めずに彼の顔を覗き込む。
「高人サン、今までは俺がアンタに言い寄ろうとする虫共を追い払ってたんすよ。でも最近、新しいのが付き纏ってるでしょ?アレは追い払えない。だから虫除けっすよ。俺に抱かれてください。あと、千広って言ってくんねーの?言わないのわざと…?」
傷つくわーと苦笑しなが、ちゅっちゅっと啄むように口付けをする。暴れる手を押さえて頭上で固定してしまえば、彼は抵抗しなくなってしまう。
暴れなくなったので口付けを深くし、口の中を蹂躙する。じゅるっくちゅ…と水音をさせると、音が嫌なのか口を外そうとする。
だーめ。
舌を絡めて更に深く吸い付いてやると、ビクっと身体をこわばらせた。
「んっ…んぅ…ッんくッ」
混ざり合う唾液が高人に飲み下されていくのをゾクゾクしながら見つめる。
やっぱこの人…たまんねー…。
くちゅ…ぐちゅ、と、彼のモノをいじめている手を次第に早く動かすと、彼の身体もガクガクと跳ね始める。高人はあまりの快感にグイッと強引に口付けから逃げ出す。
「はふっんっはっ…だめっ…イッ――――ッ」
ビクンビクンと身体を跳ねさせて欲望を吐き出たした。
「はぁ…はぁっ」
「あーぁー、ぐずぐずになっちゃって。」
白濁でベトベトになった手をペロリと舐めるとふっと笑う。
こんな、女を抱いたとしても味わえない興奮だ。
煽られて乱れてしまった自分の呼吸を整える。
「自覚して?アンタに言い寄る男はみんなこんな顔になるんすよ。」
汗と涙で張り付いた髪を直してやる。
「も、やだ。」
ポロポロと涙を流す姿は、到底、春を売る人には見えない。
「はいはい。もーしませんよ。」
ぎゅっと抱きしめてやる。
「嫌だろアンタ。こんな事されんの…だから、自覚してくれ。頼むから。」
「……わかった…。」
ぎゅっと抱き返してくれる。
あー、可愛い。ったく、こんな荒療治してたら俺の身ももたねーっつの。
高人の頭を撫でながら密かにため息をついた。
高人とは俺が6つ、高人が10の時からの付き合いだ。綺麗で頼りになる兄のような人だった。いや、兄以上の存在か。
2年前まで暗い顔をして客を取っていた。あのままだと死んでしまいそうで、大好きな人だから守ってきた。これからもそうだ。
…東谷准太…簡単にウチの高人が手に入ると思うなよ!
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