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高人さんが猫になる話。9

黒猫さんが高人さんだと分かったのは良かった。
また自分の腕の中に戻った事も本当に良かった。だがそれ以外は何も解決していない。これからだ。ため息が出る様な現実ではあるが…。
今は、この沁みわたる温もりを、喜びをただ感じていたい。
今後については後ほどゆっくりと考えよう。もう愛しい人は腕の中にいるのだから。

東谷は、黒猫を腕に抱き、到着したタクシーに乗り込んだ。

「どちらへ?」
運転手がバックミラー越しに聞いてくる。
まずは…。
「最寄りの動物病院へお願いします。」

高人さんは、エッというようにこちらを見ている。

「だって1週間お外で暮らしていたじゃないですか。健康診断ですよ。」
ニッコリと笑って言えば、声にならない声でひと鳴きして、膝の上で丸まり、ポスッと腕と体の間に顔を突っ込んでくる。

あぁ、本当に可愛い。自然と顔が綻ぶ。頭から背中にかけて少し長い毛を梳くと、枯れ葉の屑が手に絡まる。

お風呂も入れてあげないとな。高人さんのお世話ができる。なんて幸せなんだろう。閉じ込めて愛でて…
「…ふふふ。」
ついつい笑いが口から漏れてしまった。

高人さんは嫌そうな顔でこちらを見上げている。

あれ、思考が顔に出てたかな?

「どうしました?そんな顔して。」
喉元を撫でてあげながらニコニコと笑う。

猫の入り用の物も揃えないといけないが、まぁそれはネットで今のうちにささっと注文した。明日には自宅に配送される。便利な世の中である。

目的地に到着しタクシーから降りて、カランカランと扉を開くと受付の若いお姉さんがキャッと声を上げる。そのくらいは気にしても仕方ないのでいつもの笑顔で切り抜ける。

「あはは、すみません飛び入りで…初めてなんですが大丈夫ですか?」

「はい、ではこちらにお名前とご住所と、猫ちゃんのお名前をお願い致します。」
一瞬動揺したものの、きちんと仕事をしてくれる。さすがプロである。

サラサラと必要事項を書いていく。
その間、高人さんはおとなしく片腕に抱かれていた。

猫の名前はタカト。
東谷タカトくんだ。書いていて、顔が緩んでないか心配になったが、多分大丈夫だろう。

「よろしくお願いします。」
極上の笑顔で問診票を提出した。

「に゛ゃー…」
ふと高人さんを見ると不審そうにこちらを見ている気がした。

そんな睨まないで下さい。不可抗力です。
声には出さず、ふふっと笑い高人さんの頭を撫でてあげる。

猫の間は俺の庇護下だ。苗字も共有してもらわねば。なんて素敵なんだろう。

診察は淡々と行われた。なんせ高人さんは人の言葉も分かるし、そもそも人だったので獣医さんや看護師さんに抑えられる事もなく、自ら診察台に乗り、口を開けろと言われれば開け、お腹を出せと言われれば言われた通りにしていた。採血すら文句も言わずにさせていた。
こんな賢い猫ちゃんは見た事がない。タカトくんは凄いねと褒められ、なんだか得意げになっていた高人さんが可愛かった。

健康診断の結果は、擦り傷切り傷はあるものの大した事はなく、問題なしとの事だった。
診察カードを貰い、お礼を言い、帰路についた。
タクシーの中で、東谷タカトの診察カードをずっとみつめてしまった。

マンションに着くと、カードキーをかざして部屋に入る。
「お帰りなさい高人さん。」
愛しげに額を撫でる。
足と身体を軽く拭いて、部屋を自由に歩かせた。

その間にお風呂の準備をする。
「にゃぁ?」
高人さんが浴室を覗きこんできたころ、浴室は良い具合に温まっていた。
「ああ、高人さん、お風呂入りましょうか。」
にこにこと笑顔で、腕まくりをする。

猫はお風呂嫌がる事が多いみたいだけど、どうかな…?
高人さんの様子を伺っていると、軽い足取りで浴室に入ってくる。
「お風呂、大丈夫そ?」
ふふっと笑い、見上げてくる愛しい人を眺める。
まずは、シャワーで取れる汚れを優しく落としてあげる。
「熱くないですか?」
ぬるめのお湯で柔らかく流しながら優しく話しかける。
「にゃぁーん」
気持ちよさそうだ。可愛いな。
水は嫌いではないようで良かった。

シャンプーは少量を湯で溶いて使うと猫の飼育法に書いてあった。
シャワーで砂埃をあらかた落としていたので、少量でももこもこと泡が全身を巻いていく。
もこもこの高人さんがとても可愛らしい。
「あはは。美味しそうです。」
「に゛ゃ?!にゃぁ?」
これは、何を言ってるんだ。的な感じだろうか。

「高人さんなら俺は美味しく頂けますよ♡前にも言ったでしょう?」
冗談とも本気とも取れるようにニッコリと笑う。

ひとしきり洗うとまたシャワーで泡を洗いながす。張り付いた毛が気持ち悪いのか、身体をブルブルと振るわせて水飛沫を飛ばせている。
「うわッあははっ」
俺までずぶ濡れだが、それも楽しかった。

「さぁ、お部屋にいきましょうか。」
タオルに包めてリビングまで抱いていく。
ドライヤーを使って全身の毛を乾かすと、ふわふわモコモコでツヤツヤの黒猫が出来上がった。

「にゃぁー!」
さっぱりして気持ちよくなったのか、くるくる周りながら俺を見上げてくる。

可愛い。
「…高人さん、ちょっと抱っこしても良いですか?」

そう声をかけると、躊躇なく近寄ってきて抱かれてくれる。高人さんの首筋に顔をうずめると、柔らかい毛並みがふわりと顔を擽り、俺と同じシャンプーの香りがする。
癒される。癒されるけど…。

反射的にダメな気分になってしまう。

そっと高人さんを床に降ろすと、すくっと立ち上がる。
「…にゃ?」
「すみません、びしょ濡れになってしまったので、お俺もシャワー浴びてきますね。」

ニコリと笑うと、俺は逃げる様に浴室へと急いだ。

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