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ラスボスが高人さんで困ってます!27

運命からは逃げられないのだろうか。

風呂で泥を落としながら俺は足元の石畳を見つめる。
ざぱっと水を浴びては重苦しい気持ちに溜息をつく。

向き合わなければならないのは分かっている。
けれど彼には知られたくない。

どうすればいい……。どうすれば……。
考えても答えは見つからない。
今まで逃げてきた運命だ。きっとこの先も逃げ続けるのだろう。

風呂から上がり新しい着物に着替えると、俺はまた高人さんの元へ行く。
ひょこりと縁側に顔を出すと彼は板張りに寝転び、秋の空を眺めていた。

「……高人さん」

俺が声をかけると、高人さんはふっと笑ってこちらを見た。
「ん、ああ……上がったのか?目、大丈夫か?」
目にゴミが入ったなんて子供みたいな嘘をついてしまった事を後悔し、後ろめたさに少し視線を逸らす。
「……はい。」
彼はそんな様子をじっと見つめ、少しため息をつくと、自分の隣の床をさらりと撫でた。
「良かったな。ほれ、こっち来い。」
俺は言われるままに隣に寝転ぶと、水浴びで冷えた身体をお日様はジワリと温めてくれる。

「お前、祖国は嫌いなのか?」 
こちらを向くでもなく、高人さんは優しく語りかけてくるので、俺は素直な気持ちを口にする。
「……嫌いです。」
「じゃあ、お前を育ててくれた人達は?」
「……好きです。」
祖父母の笑顔を思い出し、そう口にする。

「なら、上の連中に見つからずに帰ればいいんだろう?」
「……まぁ、そうです……かね。」
見つからないなんて、ありえるのだろうか。
煮え切らないといった風に歯切れの悪い返事をしてしまう。

いやだな。この話はもう。
運命がヒタヒタと背後に忍び寄ってくるような、ジリジリとした危機感を感じる。
一年も離れて居ないのに、こんなにも拒絶してしまっている自分にも驚いてしまう。

高人さんは起き上がると、俺の髪を撫でる。
「大丈夫か?」
「あっ……はい。すみません。商船の件があって以来……本当にあの国が嫌いです。」
俺は自嘲気味に笑い、腕を額に置き目を隠した。

「チュン太は家族には会いたくないのか?」

「死んだと思われているでしょうから、無事を知らせたい気持ちはあります。ですが……。」
言い淀む俺に、高人さんはにっこり笑う。
「姿を変えて帰ればバレないんじゃないか?」
「姿…ですか?」
高人さんの顔を見上げる。
「獣の姿になったり、目の色や髪の色を変えたり。見た目を変えられるぞ。俺が見た事あるモノに限るけどな。」
彼は俺の獣耳に触れながら言い、俺は目を丸くした。獣になればさすがにバレないだろうと思ったのだ。
「獣にもなれるんですか?凄いですね。」
「土地に順応するための術は使えるモノは色々覚えたよ。しばらくミストルで暮らしてたからな。龍だってバレたら困るだろ?」
ああ、そうだった。彼にとっても馴染みのある土地なのだ。
彼のためだと考えるならば……、この重い腰も上がるのかもしれない。ひとまず、俺の事は置いておこう。
「それって、俺にもできるんですか?」

そう聞いてみると、高人さんはフルフルと被りを振った。

「変幻術は元々は黄龍族の秘術だったんだそうだ。」
また、新しい情報だ。昔見た絵本や、こちらの歴史書の一部に白龍は文字として出てきたので、黒龍と白龍は知っていたが他の種族の知識は無い。

「へぇ……初耳です。黒龍と白龍以外に種族があったんですね。」
高人さんは、俺の反応に嬉しそうにしている。
そんな彼を見て俺も自然と笑顔になっていた。
「龍族は八種あってな。白龍、黄龍、金龍、赤龍、緑龍、青龍、紫龍、黒龍。今は黒龍の俺と、お前はどこの血筋なんだろうな。」
高人さんは学舎の調子で話して聴かせてくれる。
先生をしている高人さんは、とても格好良い。話も好きで、俺は突然始まった龍族の授業を、楽しく受ける事にした。

「俺も黒龍だと嬉しいです。」
「あはは。そしたらお前と俺は親戚同士だな。」
高人さんは嬉しそうに言う。
「それで、黄龍の秘技をなんで黒龍の高人さんが使えるんですか?」
「ご先祖が黄龍に教えて貰ったんだとさ。もう何千年も前の話で、口伝でしか残ってない歴史だ。秘技ってのは血筋に刻印するものだから、俺はその恩恵を受けてるわけだな。」
「じゃあ、俺が黒龍だったら使えるんですか?」
「そうなるな。」
高人さんはこくりと頷いた。
やり方を教えてもらって、出来れば黒龍、或いは黄竜のクォーターという事になるのかな?
う――ん、と考えていると、高人さんは思いついた様に、寝そべる俺の顔を覗き込んできた。

「そういえば、龍の詳しい話ってした事無かったなよな?」
「そうですね。」
「じゃあ、今日は、瑞宝の話をしてやる。」
「みずたから?」
高人さんはにこりと笑った。俺は起き上がると、高人さんのお話に耳を傾けた。

「龍はなこの国の平和の要として、其々の家で神器を祀ってたんだ。十種の瑞宝と言ってな……。西條の家にもあるんだぞ?」

高人さんは立ち上がると、襖の奥の座敷に行き戸棚をガサゴソと漁る。
「たしかこの辺に……。」
「高人さんは瑞宝をお祀りしてないんですか?」
その様子を縁側から見つめながら俺は言った。

「先代で既にここに仕舞ってたからなぁ。俺はそのままにしてる。大昔みたいに宮に住んでる訳でも無いし側付きがいる訳でも無いから、まぁこんなもんだ。……あったあった。」

栄えていた頃は家が大きかったという事なのかな。

高人さんは薄い平らな決して大きくは無い桐箱を持って俺のそばにやってくる。
「小さいんですね。」
俺が興味津々に桐箱を見ているので、高人さんは嬉しげだ。
俺の前に正座で座り、桐箱をそっと置いて、その蓋を開ける。中には緑色に錆びた不思議な形の真鍮が1つ入っていた。
2人で中を覗き込む。
「鐘の形をした剣の鍔……みたいですね」

不思議な形をしている。その真鍮をフワリと包む様に清浄な空気の気配がする。

「あ、確かに。そうも見えるな。こういうのが血族ごとに、それぞれ祀ってあったんだ。今はこれだけだけどな。」
「触ってもいいですか?」
「ああ、いいぞ。」
そっと真鍮を持ち上げるとじっと見つめる。この気配に似たものを俺は知っていた。

「俺も似たようなの持ってます。」
「は!?」
高人さんは驚き目を丸くして俺を見た。
俺はアイテムボックスを開き、そこに手を突っ込むと、事あるごとに世話になっている大剣を取り出す。

使い込まれた大剣の柄に巻かれた革紐を外し、現れた小さな装飾品を外すと、ガシャン!と柄から刀身が外れて落ちる。
「お、おい丁寧に扱えよ。大切なモンじゃないのか?」
「コイツはこの程度じゃ欠けもしません。岩も綺麗に切ってくれますから。」

「へ……へぇ」
高人さんは身を引いて怖々と苦笑した。俺はそんな事はお構いなしに目当てのものを探す。
刀身の柄に隠れる部分を裏返すと、そこに紋章を見つけた。
「高人さんこれなんですけど。」
「ん、どれだ?」
そう言われてむき出しの刀身を覗き込む。
そこには八つに開く花のような不思議な紋章が刻印されている。どこと無く、高人さんが所有している真鍮と雰囲気が似ているのだ。
「これ……ヤツカノツルギだ。」
高人さんは驚いた様にそれを見て言った。どうやら当たりだったようだ。
大剣の保存状態が悪くて制作者が居るならそこで直して貰おうとバラした時に見つけた紋章だった。それ以外に制作者に関しての情報は一切無かったので、俺はこの大剣の名前すら知らずに使っていた。

でも、そうか……。

「ヤツカノツルギ……って名前だったんですね。」
俺はは嬉しげに刀身を撫でる。やっと名前が知れた。

「これ、ずっと持ってるヤツだよな。見たことある。」
高人さんは、バラバラになった剣の柄を手にして観察する様に見つめて聞いてくる。
「これ、元々は父の形見なんです。幼い頃に亡くなったのでよく覚えてませんが。」
俺は困った様にそう言った。この剣を祖父から渡された時、その重さを感じた瞬間に俺の物だと確信した。
手に馴染み、どう使えば良いのかが身体が思い出すようなそんな不思議な感覚だった。
祖父も祖母も微笑むばかりでこの不思議な感覚の正体は分からずじまいだったけれど。

高人さんは柄をそっと床に置くと、俺を見た。
「お前の血族もちゃんと神器を護ってたんだな。」
「高人さんと親戚じゃありませんでしたね。」
俺は残念に思いながら笑った。違う神器があると言う事は、別の血族という事だろう。
「龍族ってだけで親戚みたいなもんだろ。」
高人さんは俺の気持ちを察してか頭をヨシヨシと撫でてくれる。それが気持ちよくて、尻尾が床を掃くように揺れた。
「このヤツカノツルギで、俺がどこの血族って分かるんですか?」
「それが、ずっと考えてるんだが、どこの家がどの神器を祀ってたかっていう話は思い出せなくてな……。何かの書物に残ってはいるはずなんだが。」
高人さんは、考え込みながら言った。

「じゃあ、書物読んでたらそのうち行き当たりますかね。」
「そうだな。」
高人さんはにこりと笑う。俺は更に興味を持ち、瑞宝についてを聞いてみた。

「高人さんが持ってるのは、名前、なんて言うんですか?」

「俺が護る真鍮はクサグサノモノノヒレ。お前のそれは、ヤツカノツルギだろ?あと、8つ。オキツカガミ、ヘツカガミ、イクタマ、ヒルマガエシノタマ、タルタマ、チガエシノタマ、オロチノヒレ、ハチノヒレこの十種を瑞宝と呼ぶんだ。」

「不思議な名前ばかりです。」
「神様の言葉だから馴染みは無いよな。」
高人さんはクスリと笑う。

こんなに沢山あるのなら、他のは何処にあるのだろうか。
「高人さん、この八種は何処にあるんですか?」
「もうこの世界には無いよ。無いという表現もおかしいな。形を維持できずに消えてしまった。」
「維持できずに…とはどういう事ですか?」

「これらは元々は神の住まう高天原のものだから、存在を維持するための魔力が無ければあちらに返る。こちらに存在できなくなるんだ。」
て事は、今は八つの神器は消えてしまったか、俺みたいに隠し持って代々受け継がれているか。全部残っているとは考えにくい。俺はまた口を開く。
「瑞宝が全部揃って無いと、何かまずい事とかあるんですか?」
興味津々の俺に、高人さんは嬉しそうに回答をくれる。

「まずくはない。あれば良かったな。ってくらいだ。」
俺ははキョトンとする。あれば良かったは、無くても別にいいと同義語だ。 
高人さんは不思議そうに考え込む俺を見てまた説明を足してくれた。

「本来、十種の瑞宝はこの国の繁栄を願うための神器なんだ。生命そのものに力を与え、病に強く健やかに、災い無く長生きできるよう加護を与えてくれる。」
魔を封じたり、外敵から身を守る訳じゃ無い。平和をもっと平和にするという神器。という事か。
俺が自分の中で噛み砕いて飲み込んでいると、高人さんはその顔を覗き込んでふふっと笑っている。
「この瑞宝の始まりは何だったんですか?」
「初代龍王が初めての祭事の際に具現化したと伝えられている。神器の模造品に力を宿したのが始まり。」

「本物じゃないんですか?」

「元々この世に存在しない物を呼び寄せるんだ。本物なんて最初から無い。本物じゃなくてもいい。言霊が本物にするからな。」

「高人さんは、神器を本物にする事はできるんですか?」
高人さんはちょっと驚いた様に俺をみる。自分で作るなど考えた事も無かったのだろう。
そして苦笑して説明してくれた。

「やり方は分かるけど、自殺行為だ。一つの神器を本物にする前に俺の魔力は尽きる。全部吸われて俺が倒れたら、そこで神器も消える。それほど生成に魔力を喰うんだ。」

1人や2人、龍が残っていた所で、どうにかなる話でもない。という事か。
それほど強大な力を持って国を護っていた。初代とはどういう人物だったのだろう。

「そうそう生成できる物でも無かったから、代々の龍が具現化させた神器を護ってたんだ。維持には然程の魔力も使わないからな。……それも大昔の話で、瑞宝の祝詞も、お守りがわりの童歌くらいしか残ってない。そんだけこの神器は長い間使われてない。今も神器が揃ってたら、きっとこの国はもっと豊かになってたんだろうな。」
真鍮を眺めながら色々な話を聴かせてくれる高人さんを、俺は穏やかに見つめる。最初の重たい気持ちは何処かへ吹き飛んでしまった。また少し龍に近づけた気がした。

「すまん。話が長くなったな。」
高人さんは苦笑し、桐箱に蓋をする。
「俺は楽しいですよ?勉強になります。あの、童歌って、どんなのですか?」
彼は顔を赤くして、興味津々の俺を見つめてくる。
「……俺が歌うのか?」
恥ずかしがっているその顔が可愛らしくてふふっと笑う。
「貴方以外その歌知らないでしょ?」
恥ずかしさが勝ってしまったのか、目を逸らされてしまい、俺の狼の耳がヘショと折れる。
「高人先生、教えてくださ――い。」
高人さんは、先生と呼ばれる事に弱い。子供のように、お願い!と見つめていると、ウズウズとしてきた高人さんが折れてくれる。
「仕方ないな!俺は歌うまくないからな?」
「わ――い。」
喜ぶ俺を尻目に、高人さんは思い出すように童歌を口ずさむ。

「そろえて ならべり いつわり さらに くに ちらさず いわい おさめて こころ しずめて。とくさのみずたからをもちたなら まかりしひとも よみがえらん。ひと ふた み よ いつ む なな や ここのたり。ふるべ ゆらゆらと ふるべ。」

歌が下手なんて嘘だ。
神事の時の清浄さが当たりに広がる。
「高人さん歌上手いです。綺麗な声。もっと聴いてたい。」
「そんな褒めても何もでねーよ。」
高人さんは苦笑した。
「子供の頃によく数字を覚えたり、鞠をついて遊んだりする時によく歌ったんだ。子供が大人の真似をして出来た童歌だよ。」

「高人さん、ありがとうございます。色んな話を聴かせてくれて。」
彼と同じ物を見て感じる事ができて心が温かくなった気がする。

高人さんは俺の顔を見て恥ずかしげに顔を逸らすと、桐箱に蓋をして立ち上がった。
「まぁ、こんな感じだ!今日の授業はここまで!」
「はい。ありがとうございました。」
俺が丁寧にお礼を言うと、彼はまた桐箱を元の場所に戻すために部屋の奥に行った。

俺はじっと秋の空を見上げる。
俺の剣は瑞宝だった。間違いなく、この剣は俺の魔力でこの世に存在し続けている。俺には龍の血が流れているのだ。彼と同じ龍の血が。
俺のルーツを知るなら、やはり祖母に話を聞かなければならない。

帰るしかないのかな。やっぱり。

「高人さん。」
「ん――?なんだ?」
俺は高人さんに背を向けたまま空を見上げて言う。
「髪の色と目の色、高人さんの好みにしてください。変装はそれで大丈夫だと思います。」

高人さんが後ろで柔らかく笑う気配がする。
「そうか。分かったよ。」

冬はきっと、あちらで過ごす事になるかもしれないな。
俺は寂しさと不安で小さく溜息をついた。
 

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