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遊郭で高人さんを見つけました。8

卯月、春の終わりの風に新緑が香る。
高人はサワサワと気持ちの良い風に目を細めた。

花房屋は夏の衣替えの季節を迎えている。
呉服屋を呼んで着物や打掛を新調するため、昼間でも見世の中は賑やかだった。

俺はというと…、
窓辺の縁に肘をつき、自室の隅にある、ご大層な打掛けを眺めている。
「チュン太のやつ、俺はもう最前から退いてんのに、こんな派手なやつ送ってきやがって。」

薄い群青の生地に金で縁取られた大輪の白牡丹がいくつも咲き誇り、薄桃の桜や撫子が周りを華やかに囲う。そんなお貴族様が好むような打掛が飾られていた。
内側は鮮やかな赤だ。そのギャップも中々いい。

綺麗ではあるが、…俺が着るのか?
困ったように笑う。
水の中に花が咲いているようでとても綺麗でずっと眺めていられるが。
「夏の衣と考えると、涼しげでいいな。」
ふふっと笑う。

昨日届いた手紙は、鈴蘭が一輪と、この打掛が添えられていた。先日の返事の手紙に、もうすぐ衣替えだと書いたからだろうか。

『先日貴方に合わせて作りました。気に入って頂けると嬉しいです。』
俺無しでどうやって採寸したんだと袖を通してみたらぴったりだった。
「ほんと変なヤツだ。」
呆れたようなでも嬉しいようなため息。

チュン太の仕事は順調なようで、忙しくしてはいるようだが、夏の始まりには会いに来ると書いてあった。

「楽しみだな。」
ガラスの瓶に生けた鈴蘭を眺めながら呟く。
しばらく静かに過ごしていると、何やら廊下が騒がしい。
「ん?」

程なく、どたどたどた!と廊下を走る音がし、スパァァンと襖が開く。

「っ⁈なんだ⁈」
びくぅっとする。

「高人ー!!下に呉服屋来てるけど、なんか選んでおかなくていいのー?!」
なんだお前か…。このお転婆娘は。まったく頭が痛い。
「おい千早!静かに歩けと何度言わせれば…」
「そんな事より!着物!新しいの見に行こう⁈」
「お、おう…、」
チラリと部屋に飾られている打掛を見る。まぁ、自分で選ぶのも楽しみの一つか。
長着と、打掛を1着頼もうかな?
長着とは、普段昼間に着用している男用の着物だ。今も着流しで着ている。

「千早はもう終わったのか?」
ふと千早を見る。
「まだ!高人に選んで貰おうと思って!」
千早はニシシっと笑っている。
妹がいたらこんな感じなんだろうなぁ。微笑ましく千早を見る。多少じゃじゃ馬が過ぎるが。
「よし!んじゃ行くか。」
「おー!」

1階の座敷では呉服屋の店の者達が色鮮やかな反物を無数に広げ並べていた。
遊女達は、真剣に、また楽しげに色とりどりの反物達を眺めている。

「わぁ。すごいね」
千早の目がキラキラと輝く。
「千早のから選ぼうか。」
可愛い妹分の頭をぐりぐりと撫でてやりながら俺は言った。

「何かお求めでー?」

「わぁ⁈」
部屋を眺めていたら、店主が後ろからスッと顔を出してくる。あまりに静かに近寄ってくるので、千早が驚いて声を上げる。俺は呉服屋が来ていると聞いてコイツは絶対いるだろうと思っていたので差して驚きはしなかった。

「あ、これはこれはお嬢さん、失礼しました」
男はへらり笑いぱっと離れた。
「夜霧サン、今日もおきれーですねぇ。」
「はん。そうやってまた俺に高い反物買わせようとしてんだろ?綾木屋のご店主殿?」
嫌味ったらしく綾木に言うと、へらりと笑って言い返してきた。男口調になってしまうのは、こいつをガキの頃から知っているからだ。
「いやだなー。ウチはセージツさが売りなんで?お客サマのご要望が高額なモノなだけっすよ〜」アンタの好きなのしか売ってねーんで。
と、へらへら笑う。
一見胡散臭いがこの綾木屋の若である綾木千広は綾木屋3代目当主だ。
「今日は、この千早に打掛を選んでやりたい。」
「綾木、似合いそうな色合いを見せてくれるか?」

「へーい。夜霧サンは見ないんですかい?」

「俺は千早が選び終わったらな。」
それを聞いた綾木が、隠れてふっと笑う。
「仰せのままにー。」

「お嬢さん明るい雰囲気だしー…。朱を基調にした鞠、組紐、桜。後は…そーだなー。これ。淡い水色が基調の松竹梅も似合うと思いますヨ?」
どーでしょ?と綾木はへらりと笑う。

「綾木はやっぱり選ぶのが上手いな。」
「そりゃどーも。」
褒めるとちょっと嬉しそうな顔は昔から見ているが今でも可愛く見えてしまう。

「千早、どれにする?」
ふたりで反物を覗き込んでいたが、千早がくるっとこちらを見る。
「高人はどれが似合うと思う?」
うーん。と考えながら生地を見やる。
「じゃあ、この朱色の鞠。あと、水色のも頼む。こっちの代金は俺に請求な。」
「へーい。」
綾木が手続きをしていると勢い良く千早が抱きついてくる。
「うわっ!」
「なんで買ってくれるの?ありがとうー!」
「一人前になった祝いだ。もう少し落ちつけよ。」
俺は千早の頭を困ったように笑いながら撫でてやる。

「さて、お嬢さんはあっちで寸法測ってもらってくださいねー」
綾木は店の者を呼ぶと千早を採寸へ連れて行った。
綾木は千早が行ってしまうと俺の隣に座ってククッと笑う。
「お優しいことで?」
「妹みたいなヤツなんだ。悪いかよ。」
ちょっと恥ずかしくなって目を逸らす。

「…。いーえ、ウチとしては有難いっすわ。んで、アンタのを見繕っても?」
目を逸らした俺の顔を覗き込んでくる。
「あ、ああそうだな。打掛用と、長着を2.3選びたい。」
「あー、はいはい。ちょーっと待ってくださーい」
綾木はそう言うと、思案しながら反物が入った木箱から数点を取り出す。

「これなんてどーです?アンタ仰々しいのキライでしょ?」
「小紋か。いいな。」
小さな柄を規則的に並べたその生地は遠くから見ると一見無地のようにも見える。選ばれた色合いも落ち着いたものばりで、簡素で好みの生地ばかりだ。
「んで、打掛はこれ。目立たないけど鮮やかな…座敷に溶け込む色合いだけど、見劣りしない。」
白に近い黄の生地に、金糸で縁取られた大輪の白菊にが鮮やかだ。鶯色と濃い緑の濃淡のある葉が全体を引き締めてくれている。これも良いな。

「あとは、こーれ。俺のオススメ。」
自信満々に出された着物は、朱の花小紋。
「夜の仕事用。夜霧サン、黒髪だから赤が映えるでしょ?」
見せられた朱色は鮮やかというよりは淡く落ち着いた色だ。
「お前はよく俺の好みが分かるな」
自分でも驚くほど好みの物ばかりが出てくるので面白くて笑ってしまう。
「あざーす。」
へらりと笑う。
「最近はどーなんです?」
俺が生地選びに迷っているとふいに綾木が聞いてくる。
「あ?あぁ…なんか身請けしたいっていう酔狂な男が居てな。断っても中々諦めてくれねーんだ。」
「へー。」
「でもまぁ、あんな人並みに愛されたのは久しぶりだった。」
チュン太を思い出して、ふっと笑う。

「…」
綾木は少し黙ってしまった。
「あ、この朱色も…」
「やっぱこれはアンタには似合わねーかもですわ。」
俺が手を伸ばすと、綾木はスッと朱の反物を引き、ヘラヘラと笑う

「なんだよそれ。」
むすっとしていると、綾木は俺の髪に触れてくる。
「夜霧サンの髪、ほんと綺麗ですよねぇー。ほらコレで機嫌直してくれません?」
長い髪を束ねて軽く結んでくれる。
「これなんだ?綺麗な紐だな。」
ツルツル、サラサラの手触りが新鮮な紐だ。
「シルク…絹のリボンっすよ。紺だったら目立たないし普段使えるでしょー?沢山買ってくれるんでオマケっつーことで。」
綾木は人差し指を立てて、へらりと笑う。

「りぼん?へぇ。可愛いな!ありがとうな綾木!」
朱の反物は惜しかったが、これも気に入ったので、綾木が下げたものは諦める事にした。

「…――――――んじゃねーよ…。」
小さな声と座敷の賑やかさのせいで聞き取れない。

「ん?なんか言ったか?」
「いーえ?なんでもねーですよぉ」
綾木はいつものようにへらへらと笑い、帳簿に購入予定の着物を記していくのだった。

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