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高人さんが猫になる話。12

ちゅん太が浴室に行ってしまった。

俺は特にする事もなく、その場で横になる。
猫の性か、モフモフしたラグマットをパシっと叩き、毛を押さえ込んでは元に戻ってきた毛をまた反射で押さえ込んで遊ぶ。身体が勝手に動いてしまう。

ふと、パタンと硬い感触がする。
手をおいた先にちゅん太が置いて行ったケータイがあったようだ。
起き上がり座って画面を見てみる。

鍵をかけ忘れたのか待ち受け画面が表示されていた。
猫の手でも開くもんなんだな。と、なんの気無しに、写真ホルダーを開いてみる。

そこには、いつ撮ったんだろうというような俺の写真が沢山ある。出会った頃から、今までの。そして猫の俺まである。

あるが…まだちゅん太が猫の俺を俺だと自覚してない時の写真も沢山ある。

ふーん。

この写真は俺の地雷だ。
保健所の件で忘れていたのに。

ちゅん太にとってはこの時はただの猫。
だったらこの時、ここに居たのが俺じゃなくてもちゅん太が俺じゃない猫を追いかけ回していたのかと思うと腹が立って仕方がない。
結局心の穴を埋められたらそれで良かったんじゃないか?

心が乱される。バシ、バシと尻尾を振り下ろし、写真をじーっと見ている。

不毛な考えである事は分かっている。我儘でしかない。だが嫌な物は嫌なのだ。誰かにちゅん太を取られる想像ができてしまうのは。

どうなんだよ、ちゅん太。

猫の俺ではそれを聞き出す事ができない。あいつの都合の良いように解釈されて終わりだ。
だいたいは通じているようだけど、肝心のこの蟠りは、猫のジェスチャーで伝えるには複雑すぎるのだ。

そういえば、あいつ中々出てこない。
また何か考え事をしているんだ。きっと。

写真から目を離し、浴室前まで歩く。

動物はとてもシンプルだ。理性に阻まれない分、率直な感情が表に出てくる。あれもこれも抱えて離さない人間は大変だなと思う。

1週間もこの身体で居ると猫でいる事にあまり違和感が無くなっていた。客観的に人間という生き物を見るようになってきた。

扉の前で待っていると、人の気配がし扉が開いた。

髪を拭きながら出てくる。
疲れた顔だ。
じっと見ているとこちらに気付いて微笑んでくれた。

大丈夫か?

ゆらりゆらりと尻尾を揺らす。

「大丈夫ですよ。ご飯にしましょうか。俺も何か食べます。」

こいつは、俺の心配や危惧をよく理解してくれる。それは、俺だったらきっとこう考えるだろうという俺の視点に立った考えだ。ずっと俺の事を考えてくれているのはとても嬉しい。

キッチンに行くと、あらかじめ準備されていた水の器があり、隣にドライフードのお皿をおいてくれた。

先に食べていると、ちゅん太はテキパキと料理を始める。その姿を見るとなぜかホッとした。
お湯を沸かし、そこに鶏肉を入れて湯立たせて、小さく切り分けて俺の皿に入れてくれる。

猫から見たらご馳走なんだな。
とても美味しい。
はぐはぐと食べていると、ちゅん太は背中を撫でてくれた。
「疲れたでしょう?沢山食べて今日はもう寝ましょうね。」

ああ、そうだな。

自分の食事をしていると、なにやら鼻腔をくすぐる香りがしてきた。

「にゃー?(何作ってるんだ?)」
ちゅん太の足に前足をついて立ち上がって、ちゅん太を見上げる。

それを、ははっと嬉しそうに眺めながら器用にフライパンを、ジャッジャッと音をさせながら振っている。

「だめですよ?味が濃いし玉ねぎ食べられないでしょう?」
穏やかに笑いながら、火を消して、皿に盛っている。

そうか、玉ねぎはダメなんだな。
これも美味いから良いのだ。

食べ終わると口の周りをペロペロと舐めて、水を飲む。

すると、カシュッと缶を開ける音がする。
ちゅん太を見上げると、珍しく酒を飲んでいる。

「にゃぁーーー。(お前だけずるいな)」
俺だって飲めるなら飲みたい。

「俺とキスしたら、お酒の味がしますよ?」

はっ!俺の毛並みを吸っただけで欲情してるお前がキスなんか出来ないだろう。

こいつは絶対しない。言うだけだ。

フンッと、視線を外し、前足を舐め顔を洗う。
しばらくして、ふいに抱き上げられる。

行き先に目を向けると、先程イライラとしていたリビングだ。ちゅん太のケータイは電源が落ちてしまったようだった。

ちゅん太は俺をソファーに降ろすと、何やらガサゴソと探し始める。

あったあったと、今度は何やら書き始めた。

何を作っているんだろうか。
ソファーから降りて近づき見てみると、文字の羅列のように見える。

「高人さん」
「にゃぁ?(なんだ?)」

「これで話せませんか?」
目の前で見せられて、あー、なるほど。と思った。
そこには、平仮名が規則正しい順番で並んでいる。
ご丁寧に濁点まで、最後に選択肢として書かれていた。

いいじゃないか。俺の声がお前に届くんだな?
それなら、俺が言いたいのは一つしかない。

ちゅん太!!

「はい、ちゅん太です」
なんか嬉しそうだ。俺とテンション違うな! 

この浮気もの!
俺を探さないで猫ばっかり追いかけてやがって。

ちゅん太が不思議そうな顔をして、「…えっ…と…」と、しばらく考えている。

「…はっ」
何やら興奮しているようだが?
今のどこに欲情するような言葉があったんだ?

こっちは本気で嫌なのに?
へらりとわらって、すみません。と目を逸らして謝られても俺の気は収まらない。

お前の口、酒の味がするんだったな。

味だけでもよこせ。

「な、ちょ…っ⁈」
ちゅん太の顔を覗き込み、唇を舐める。

「にゃ(口開けろ)」
催促するようにペロペロと舐めていると薄く唇が開く。口の中まで舐めてやるとほんのりとウイスキーの香りが鼻腔をくすぐった。

あぁ、美味しい。ふわりと良い気持ちだ。

「んっ…ッ…ちょ…高人さん…⁈」
美味しかったのに。顔を逸らされてしまった。
「はぁ…」
慌てているちゅん太を見ていると、驚いているようだ。
「ぁぁ…戻ったのか。」
手も足もある。ちゅん太に跨っている。ちょうどいいじゃないか。 

「お仕置きする。浮気した罰だ。」
分かってないなら分からせてあげよう。
俺の全てを使って。

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