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遊郭で高人さんを見つけました。27[BL二次創作]

高人さんが、他の男に身請けされるという話が入ってきた。昨日までは無かった話。ならば、昨晩何かが起こったという事だろう。

朝1番でこんな話が出てくるなんて。
いつ?身請けが決まったのなら花房をいつ出てもおかしくない。情報が少な過ぎる。
「…くそっ」

「若様、お客様が。」
トントン、とドアをノックされ声をかけられる。
「どなたです?」
「綾木屋の旦那様です。」
「…通してください。」
しばらくして、ガチャリととびらの開く音がした。
ちらりと見ると綾木千広がヨタヨタと部屋にはいってくる。
「…聞いたか?」
何を…とは言わない。言うまでもない。綾木の言葉にこくりと頷く。
「今しがた…。」
花房が断れないような客…政治家が高人さんを気に入った?分からない事ばかりだ。
綾木はいつ知ったのだろうか。こんな重大すぎる案件を放っておくはずがない。

「2人とも顔が暗いっすよ!ここは情報共有ですよ!助け合いっす!」
綾木の後ろからひょこっと成宮が顔を出す。
「成宮くん。おはよう。」
「はい!准太さん!おはようございます!」
「最近はどう?」
「お陰様で!綾木さんとこで楽しく働かせてもらってますっ」
にっこりと愛嬌のある笑顔で笑う横顔を綾木がチラリと見て、ため息を漏らす。

「確かに、その為に来たからな。そんじゃ情報共有といきましょうか。」
綾木がバサっと何かの記録を机に置く。
「…これは?」
「花房の台帳の写しと、今分かるだけの人物情報。」
「千広くん政界に顔きくんだっけ。それにしても早くない?」

「俺の夜霧贔屓は裏じゃ結構有名なんだよ。俺を可愛がってくれてる政治家の奥様が夜に連絡寄越してくれたんで、集められるだけ集めたんだ。お陰で徹夜だ」

「…それはそれは…」
パラパラと昨日の参加者の名前や経歴を見ていく。
「外国人…」
綾木がボスンッと長椅子に腰を下ろす。成宮は綾木の隣に立って話を聞いていた。
綾木が補足の説明をする。
「某国の要人。国王の息子も居たらしい。昨日遊郭は半数以上が外国人、あとは日本の将軍クラスと、政治家数名。」
実質、権力の中枢。確かにこれは遊郭では断れない。
俺が無言で資料に目を通していると、資料の補足のように話をしていく。
「んで、人手が足りないって聞いたんで、成宮含めてうちのを数名花房の若い衆(わかいし)の手伝いに行かせてたんだが…。成宮、」

「昨晩は、内見世の見回りをしていて、夜霧さんも座敷には入らずに迷った人の案内とか問題の対応をしてました。そこで、某国の王子の案内もしてらして…」

「俺は、そこで目を付けられたんだろうと、思ってる。」
綾木はため息をついて頭をガシガシと掻く。
「では身請け先は…」
俺は、某国王子の情報を読みながら眉を顰める。
「海外だろうなぁ。」
綾木は低く言いまたため息をついた。

海外に行ってしまったら…また売られるような事になってしまったら、消息は掴めなくなってしまう。
俺は立ち上がると、バタバタと走って執務室を出た。

「うわぁ!?ちょ、東谷!お前また…っ」
綾木は追いかけようとするが、思いとどまり立ち止まった。
「てめぇに譲るよ…たく…。」
また長椅子に座ると、ぐっと伸びをした。
「いいんです?綾木さんだって…」
成宮がちらりと見る。
「夜霧には東谷の方がいいだろう…。あの人きっとボロボロだろうから、アイツに任せる。」
綾木は苦笑しながら目を閉じた。

――――――――――

俺は、裏手の自宅に行くと、馬小屋に行く。そこには栗毛色の毛並みの馬が一頭。走ってくる俺に気付いて顔を上げた。
「春花、遊郭に行く。急ぐから乗せてくれ。」
慣れた手つきで春花に鞍を乗せ固定する。
ヒラリと俺が跨ると、春花はグルリと走りたがるように身体を捩らせた。手綱で走る方向を指示し、はっ!と掛け声とともに腹を蹴ると、風のように駆け出した。

いつ出立するかも分からない。けれど、港の船舶情報からすると今夜には船が出航するだろう。
某国への船に乗るのらばもう時間が無い。

花房屋に着くと、若い衆が玄関前の橋で警備をしている。いつもとは違う物々しさだ。

夜霧が逃げないように見張ってるのか、もしくは俺に会わせないようにか。
馬を降りて見世に近寄ると、案の定止められてしまう。
「東谷様、いけません!!今日はもう夜霧はお会いできません!!」
今日会わなかったら二度と会えない。そんな事知っている。

「会わせてくださいっ!事情は聞いています!!」
数人の男達に阻まれ、腕を掴まれる。ふと、高人さんの部屋を見るとこちらを見つめる彼と目が合った。

高人さん!!!高人さん!高人さん!高人さん!!
腹の底から声を出す。あの人に聞こえるように。
「高人さん!!貴方はそれでいいんですか!!」

貴方が逃げたいと言えば、俺の手を取ってさえくれれば、俺は貴方を連れてどこまでだって逃げてやる。だれの手も届かない所まで、貴方と生きる事ができるなら、俺はこの姓を捨ててもいい。

ああ、そんな泣きそうな顔をして…。お願いだから強がらないで一緒に生きたいと言って!

「東谷さま。もう、夜霧は貴方とお会いする事はこざいません。お帰りください。」
凛とした、一切の迷いがない声と眼差し。

「…っくそ…っ」
胸が張り裂けそうだ。
この数ヶ月の高人さんとの思い出が頭を駆け巡る。あれが本心な筈がない。あの笑顔が偽りな訳がない。
高人さんは俺から顔を背けて窓から離れてしまう。
「高人さん!!嘘だ!断れない事情があるんでしょう!?高人さん!!こっちに来て!!…来いッ!!」

暴れる俺を若い衆が押さえ付ける。
「東谷様、いけませんっ。大人しくして下さい。」
「離してください!!少しでも話がしたい!お願いです!!」
懸命に振り払おうとするが振り払っても振り払ってもも拘束される。
「…東谷様、落ち着いてください。」
ふと顔を上げると楼主の絹江が番頭の佐々木と共に俺の前に立つ。
いつもの笑顔ではなく真剣な表情だ。若い衆たちは俺から離れて見守ってくれる。

「絹江さんは、どうしたいのですか…?高人さんをこのまま送り出すおつもりですか。」
一瞬、泣きそうになる絹江の表情がそんな事は望まないと言っているようだった。

「高人は身一つで船に乗ろうとしています。あの子自身は気付いてないようですが、生きる意味を失いかけてる。自分で命を断つかもしれない。危ない状況です。」

「だったらどうして…っ」

「私は楼主です。この見世に生きる皆を助けなければならない。あの子1人と見世の者全てを選ばなければならなかったら、楼主としてあの子を犠牲にして見世を守るしかない。」

そうだ。世界とは人間とはそんなものだった。
「…ははっ…じゃあ、高人さんは誰が守るです。」
自重気味に笑う。

「ですから、東谷様にお願いしたいのです。高人をどうか助けてあげて下さいませ。佐々木、あれを。」

「東谷さま、こちらを。某国軍の兵士が忘れていった、軍の証明手帳です。これがあれば船に潜り込めます。あとは、こちらを。」

「軍服…ですか。」
「これも置き土産よ。遊郭は落とし物が多いから。酔って女と遊んで訳も分からず船へ戻ったのでしょう。東谷様はこのような事が無いようにお願い致しますね。」
イタズラな笑みは高人さんにそっくりだなと思ってしまう。いや、高人さんが似たのか。
「高人と話す時間はあまりありません。普通に話す事はおそらくもう高人自身が許さないでしょう。だから、湯浴みをする時を狙って下さい。そこなら、少しは話せるでしょう。若い衆に案内させます。」

絹江さんは、俺が来ると信じて準備をしてくれていたのだ。本当に、高人さんの身を案じている。
「もし、逃げ出せたとしてもここには絶対に近寄ってはいけません。夜霧はもう花房には居ないのです。」

「はい、わかりました。」

「どうか、高人をよろしくお願い致します。」
絹江さんと佐々木さん、周囲を囲っていた若い衆達が深々と頭を下げてくれる。

「必ず、助けます。ご協力ありがとうございます。」

俺は姿勢を正し誠心誠意、頭を下げた。

――――――――――――――

しばらく、風呂場の裏手で待っていると、パシャパシャと水音がしはじめる。

高人…さん…じゃなかったら声はかけられ無い。
声が聞けたら分かるのに。

声を聴かせて。お願い。

「そういえば、チュン太に風呂誘われた時一緒に入れば良かったな。」
高人さんだ。いつもと変わらない高人さん。嬉しくなる。
「……じゃあ今から一緒に入ります?」
クスクスと笑ってしまう。本当に素直じゃない。可愛「チュン太!?」
ああ、良かった。チュン太って呼んでくれた。
「はい。チュン太です。高人さん。」
嬉しい。チュン太です。貴方が付けてくれた名前です。

「…絹江さんか?」
少し怒った声、でも、絹江さんも高人さんを心配しての事だから。俺は隠さずに真実を話す。
「はは。話すならもうこ腰が無いからって、教えて頂きました。」

そこから少しの沈黙。高人さん?大丈夫??
きっと心細いはずだ。
1人で耐えるには重すぎる重圧だろう。
俺がいるから。

「高人さん、俺、貴方を絶対に諦めませんよ。」

高人さんは喋らない。だから俺が抱き締められない分、言葉を贈る。
「どんなに遠くに行ったとしても、必ず探し出します。必ずです。助けに行きますよ。だから…」

高人さんが喋らない。抱き締めたい。きっと彼は今、泣いているから…
「だから、泣かないで」

抱き締めたい…貴方をこの腕で…。

壁を隔てた向こうで嗚咽する。
何もしてあげられない。抱き締めて、大丈夫だと慰めてやる事すらできない。

「チュン太…っ俺は、お前が…っ…」
「はい」

嗚咽混じりに喋ろうとしては、うまく喋れずに止まってしまう。
一緒に逃げたいと、一言いってくれたなら…。

「チュン太、俺はお前が好きだ。…でもな、どうしても今回の事は覆せない。俺が行かなきゃ見世に迷惑をかけてしまう。」

そんな話を聴きたいんじゃない…。

「俺は俺の好きな人達に迷惑をかけるのは、嫌なんだ。」

ああ、貴方はそうやって、俺を拒絶するんですね。
俺が手を出せない言葉だ。
ジクジクと胸が痛む。

「……貴方は狡い。」
「…ごめんな。チュン太。」

でも俺は諦めませんよ。
「高人さん、愛してます。」
決意を込めて、俺のありったけの想いを貴方に。お願いだから助けるまでは…早まらないでください。

「俺も准太を愛してた。ありがとう。元気でな。…さようなら。」
目を見開く。何も言えなかった。
高人さんはもう居ない。

「…、はっ…今、名前ですか…。あんたは…俺を殺す気なんですか…?」
涙が溢れる。

くそ…っ
「諦めるわけない。貴方が俺の全てだ。」
俺はその場を離れ、商会に戻った。

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