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高人さんが猫になる話。7

東谷のマネージャー、田口守は心配だった。あれだけ仲の良かった日芸の西條高人が姿を消して、1週間が過ぎている。東谷くんは1人でぼーっと外を眺めている事が多くなった。話しかければ返事はするし、仕事も完璧にこなし、天使スマイルは健在なのだが、少し目を離すと外の見える場所を眺めている。

やっぱり心配だよな…。
佐々木さんもトータカが戻ると信じて、スケジュール調整や挨拶周りをしているみたいだが、少し痩せたように見えた。

東谷くんは大丈夫だろうか…。あまり仕事は詰めないよう、夕方には帰るようにしているみたいだけど。

「田口さん」
「ふぁ⁈なに⁈どうかした?」
急に東谷くんが話しかけてきた。びっくりして変な声が出てしまう。東谷くんはきょとんとして、それからニコリと笑う。相変わらずの天使力だ。
「驚かせてすみません。今日の仕事ってこの打ち合わせで終わりですかね?」

「うん。そうだよ。送っていく?今日タクシーで来てたじゃない?」
「あ、いえ大丈夫です。すぐそこに用事があるので明るいうちに出たいなと思って」

「ああ、なるほどね。打ち合わせもあと1時間あれば余裕で終わると思うから、明るいうちに出られると思うよ」

「そうですか。ありがとうございます田口さん。」
ニコリと笑うと東谷は会議室へ入っていった。

いつもと変わらない。大丈夫…そうかな?
田口はふぅ…とため息をついた。

――――――――――――

会議が終わり、東谷は西條が消えた現場からほど近い繁華街の表通りを歩いていた。
ここを曲がると、黒猫さんがいつもいる場所。その先に行くと寝ぐらがある。路地裏に入り、ゆっくり歩く。まだ明るいのでいつもの場所には居ないだろうと思い、寝ぐらのある場所を探してみようと思ったのだ。

あれから、毎日のように黒猫にご飯と水を携えて逢いに行っていた。休みの日はどこに行くのだろうと付いて行ったりもした。そんな時は人が通れる道だけを歩く。不思議な猫だ。

あの夜以来、黒猫は触らせてくれなくなった。
ご飯は食べてくれるものの、触ろうとすると耳をたたみ睨みつけてくる。触るな。という様に。

そのくせ、隣に座って他の事をしていれば尻尾でサワサワと足を撫でてくるのだ。

「甘えたそうにしてるのに、意地っ張りだ」
愛しい人と面影が重なる。甘えたいのに素直になれない。もしかしたら、本当に猫になってしまったのだろうか?あり得ないと思う反面、もしそうならと仮定すると色々な事の辻褄が合ってしまうのだ。

触らせてくれなくなったのも、あの夜、高人さんと気づかなかったからなのかな。なんて考えしまう。

午後の柔らかな日差しの中、春の風が路地を抜けていく。
今日会ったら高人さんですか?って聞いてみよう。
確かこの辺だったはずだ。
「黒猫さーん、どこですかー?」
きょろきょろと辺りを探す。

すると1人の老年の女性が心配そうに声をかけてきた。
「ねぇ、あなたあの青い目の黒猫ちゃんの飼い主さん?」
「…?いえ、ですが保護するために探していたのですが…何かありましたか?」

「いえね、今日保健所が野良猫を捕まえていってね…それが黒猫ちゃんだったのよ。私そこでたばこ屋をしていて、黒猫ちゃん、よく遊びに来ていたのよ?」
心配そうに頬をさする女性。
「そう、なんですね…。その保健所ってどこにあるかわかりますか?」

「この地域だと隣の区だったかしら…」

「わざわざ教えて下さってありがとうございます。後日、黒猫さんとお礼に伺いますね。」
極上の天使スマイルで女性の両手を自分の手で包み込みお礼を言うと、一礼してその場を後にした。
「まぁ、天使みたいな子ね」
女性はほわわ…とした顔で自宅に戻って行った。

走りながら、保健所の収容施設を調べる。
表通りまで行くとタクシーを捕まえて目的地を伝えて急いで向かってもらった。
落ち着け。大丈夫。大丈夫だ。すぐに処分されるわけじゃない。

移動中保健所へ連絡を入れると、似た猫が居るということで、すぐに迎えに行けるとの事だった。
ホッとした。大丈夫。すぐに会える。

保健所へ着くと、急いで受付を済ませて猫の所に案内して貰えた。

「この子で間違いないですか?」
係員さんが見せてくれた一時的に収容されるであろう小さな檻には縮こまって怯えているあの黒猫がいた。
「高人さん!大丈夫ですか⁈」
泣いているようでつい呼びかけてしまう。ハッとした。
その声にパッとこちらを向き近寄ってくると、にゃぁにゃぁと呼びかけてくる。

「間違い無いようですね、はいはい猫ちゃん出してあげますねー。」係員さんは安堵したように笑顔で黒猫を出して東谷に抱かせてやる。

「お外を散歩していた所を通報されて保護されたようですね。早く気づけてもらって良かったです。もう迷子にならないようにね。」ニコリと係員さんが笑う。

「ありがとうございました」
東谷はお礼を言い外に出た。

タクシーを待つ間、黒猫を見つめる。意を決して聞いてみる。
「高人さん…ですか?」
黒猫は瞬きをして、「にゃ」と返事をした。
「YESなら、まばたき、2回してください。」

黒猫は、パチパチっと目を2回閉じて、また東谷を見上げる。
「…本当に?」
また2回まばたきをパチパチとしてくれた。
しつこいぞ。という風に前足をタシっと東谷の胸に押し当てた。

全身が熱くなる。涙で視界が滲む。
「見つけた…良かった…生きてる…ッ高人さんッ」
黒猫…高人を抱きしめて、頭を撫でる。

「どうして、こんな事になってるんです…もう、ほんと俺…ふっ…ぅっ」
嗚咽が混じり、安堵の涙が流れた。

高人さんは涙に擦り寄りペロペロと舐めてくれた。

高人さんが帰ってきた。

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