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高人さんが猫になる話。11

「ふ――――――…。」

浴室の鏡で自分の顔を見る。熱に浮いた雄の眼光がこちらを睨みつけていた。

こんなんじゃダメだ。
気を抜いたら高人さんを壊してしまう。今の彼は非力で弱いただの猫だ。

まだ何も終わってないのに、俺は何を浮かれているんだろう。

冷水のシャワーを頭から浴びて熱を冷ます。

覚めていく思考は別の事に使う。

高人さんの今の状況は人が成しえるものではない。なら原因はなんだろうか。高人さんともっと話せれば、言葉を交わせたなら少しは現状がわかるのではないだろうか。

昂りが収まった頃、浴室から出てくると、廊下で高人さんが待っていた。心配をかけてしまったようだ。
優しく笑いかける。
「大丈夫ですよ。ご飯にしましょうか。俺も何か食べます。」
それならと、高人さんは立ち上がりキッチンへ歩いていくので、後に続いた。

高人さんにはドライフードをお皿に入れてあげ、自分は簡単にあるもので料理しようと冷蔵庫を開けた。
冷凍してあった鶏胸肉を解凍して、さっと茹でて細かく切ると、高人さんのお皿に追加で乗せてあげる。

「疲れたでしょう?沢山食べて今日はもう寝ましょうね」
サラサラの毛並みを撫でて、また料理に戻る。残りの鶏胸肉と余り物の野菜を炒めて中華風の味付けにした。うん。良い香りだ。

「にゃー?」
高人さんも気になったのかおねだりをしてくるが、、

「だめですよ?味が濃いし玉ねぎ食べられないでしょ?」

あ、そっかという感じでまた自分の食事に戻る。

座るのも億劫で、皿に盛った後はそのままキッチンで食べてしまう。酒の力をかりて寝てしまおう。
貰い物でずっと置きっぱなしだったハイボールの缶を取り出し、水代わりに飲んだ。

「にゃぁ――――。」

あぁ、高人さんお酒好きだもんなぁ。ふふ。

「俺とキスしたら、お酒の味がしますよ?」
いたずらっぽく笑って言った。しないけど。大変な事になってしまうから。

高人さんは、つんッとそっぽを向き、顔を洗い始める。お腹は満たされているらしい。

2人分の食器を洗い、キッチンを片付けると、高人さんを抱っこして、リビングへと移動する。

ソファーにそっと高人さん下ろすと、紙とペンを探す。

「あったあった。」

テーブルに白い紙を広げて、あいうえお表を簡単に作る。
ずっと考えてた。会話をするにはどうすればいいか。

これなら…。

「高人さん、」
「にゃぁ?」

「これで話せませんか?」

自作のあいうえお表を見せると、目を見開いて、じっと見つめていた。前足で文字をトントンと叩いている。

やる気満々のようだ。

床に置いてやる。

「ち ゆ ん た…」

高人さんがパシパシ叩く文字を言っていく。

「はい、ちゅん太です。」
最初の言葉が俺の名前。幸せすぎて顔が綻ぶ。
抱き締めたい衝動に駆られてしまう。

高人さんは真剣そのもので、文字を指していく。

「う わ き も の」

ん??

「お れ を さ …が さ な い…で ね こ …ば つ か り お い か け て」
パシパシと紙を叩く。

俺を探さないで猫ばかり追いかけて…

あ、これは、お叱りを受けているのか?
つまり、人間の高人さんを探さないで、猫の高人さんに会ってばかりいた俺の事が気に入らなかったと。
「に゛ゃおん」
むすっとした声だ。

「……えっ…と…」
俺を取られたような気持ちになっちゃった?
自分に…嫉妬していたのか…
だから、触らせてくれなかったの?

ドキドキしてしまう。この人は何処までも不器用で、一途で…。自分にすら嫉妬してしまう。
「…はっ…」

ダメだ。壊してしまう。絶対ダメだ。
落ち着いて。

「…はは…すみません…」
目を逸らし、高人さんを見ないようにして謝る。

すると、おもむろに高人さんが膝に乗り、立ち上がって俺の胸をぐっと押すように顔を覗きこんできた。

「…な、ちょ…っ…ッ」
そのままぺろりと唇を舐めてくる。猫のザラついた舌の感触にビクリとした。
じっと目を見てくる。「にゃ、」と小さく鳴きながらまた唇を舐めてくる。ダメだと分かっていながら、唇を薄く開けると、口の中をぺろっと舐めた。

舐めている間に、高人さんの重さが増していき押し倒されていく。

「んっ…ッ…ちょ…高人さん…⁈」
驚いて口を逸らして下から見上げる。
そこには、裸体の、人の姿をした高人さんがいた。俺に跨って艶かしく唇を舐めている。

「はぁ…っん?ぁぁ…戻ったのか。」
手や腕を軽く見渡し自分が人間である事を自覚したようだ。だが、そんな事はどうでもいいという風に、上から俺を見下している。
ゾクリとした。

「お仕置きする。浮気した罰だ。」
高人さんの目が座っていた。

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