ラスボスが高人さんで困ってます!21
今日は高人さんは学舎の日だ。俺は昨日到着するはずだった商船の到着が遅れてしまい、今日は村の商会の手伝いに行かなければならなかった。
俺は東の秘境瑞穂国と西の大陸ミストルの文字に加え、南の島ミグラテール、北の大地アイスベルグの文字も言葉も理解できた。基本的にミストルは瑞穂と言葉は変わらない。文字が違うだけだった。各国の情勢にも詳しく、読み書き計算もできるとあって、俺は結構使い勝手のいい人材として重宝され、何かある度に呼び出されるようになっていた。
「じゃあ、高人さん、あまり無理しないで?」
俺は昨晩も、彼の中に愛の証を注いでいた。最初の交わりから3週間、事あるごとに俺は彼を抱いている。
「お前、無茶し過ぎなんだよ……。」
高人さんは腰を摩りながら顔を赤らめてボソリと言う。
「すみません。高人さん可愛いからつい。あ、お弁当、持っていって下さいね。」
俺がお弁当を渡すと、高人さんはちょっと嬉しそうな顔をして、学舎へと歩いて行った。
「さて俺も港に行かないとな。」
港に着くと、商会に顔を出す。
「エイゼル、いますか?」
引戸を開けて暖簾を潜り中に入ると、沢山ある椅子やテーブルの一つに年老いた羊の亜人がだらし無く座っている。
「准太か。長とは仲良くやっとるか?」
酒瓶を手に商船のリストを眺め、ごくごくと酒を煽っている。
「こんにちは。またそんなに飲んで。グランマに見つかったらまた怒られますよ。」
「はっ!ばぁさんが怖くて酒が飲めるかってんだ!」
この羊のお爺さんの名前はエイゼルという。商会のマスターだ。瑞穂でマスターとはなんと言えばいいのか……、頭目、と言ったところか。
エイゼルとはミストルの名前だ。若い頃に商人としてミストルに迎えいれてくれた人間が付けてくれた名前だという。
亜人と商人の小さな和解と友情が今日の貿易に至っているのだ。亜人と人間は和解できるのだ。
これを聞いた時、俺は嬉しくてたまらなかった。
「准太、これ見ろ。どう思う。」
しゃがれた声で書類をバサバサと俺に向ける。
「何かありましたか?」
書類を渡された眺めると、えらく停泊希望の商船の数が多い。
「……突然ですね。」
「この国は龍と神の恩恵がある。悪意のある輩は入ってこれんから、大丈夫とは思うんじゃが……。どうも引っかかってな。」
確かに、これだけ多いと勘繰りたくもなるだろう。普段1.2隻が港に着けば良い方だ。
それが、商船が8隻……。しかし霧の結界が通しているのだから、その船に悪意は無い……と、判断されているのだ。結界を疑う訳では無いが、もし、結界を掻い潜る何か別の方法を他国が得ていたらなら?
「高人さんに……、長に相談した方が良いでしょうか……。」
高人さんは今、学舎子供たちと居る。結界に何かあるエイゼルはまた酒を煽る。
「准太、お前はどう思う。」
驚いた。俺はよそ者の居候なのに。このご老人は俺の意見でいいのだろうか。
「…………俺は、……俺なら……、一旦沖合に商船を停泊させて、積荷を全て調べますね。無防備な港に入れるべきじゃない。」
エイゼルは満足げに笑うと、よっこらしょ、と立ち上がる。
「動ける若いモン全員連れてこい。久しぶりに大忙しじゃな。」
それからは大忙しだった。こちらから船を出し、到着した商船を沖に停泊させ、一隻ずつ積荷を見て回る。
そして、出てきたのが…。
「ミストルの宣教師?」
「はい。」
学舎から帰った高人さんは、その足で商会に顔を出してくれた。椅子に座り出して貰ったお茶を飲みながら話を聞いてくれる。
エイゼルは相変わらず酒を飲み、話にならないので、俺が説明している。村の動ける者は精霊と共に停泊中の商船を見張っており、指揮を取る数人がここで話を聞いていた。
「なるほど、悪意は無い……か。純粋な信仰心を利用してこの土地を偵察に来たのか。」
高人さんは苦笑する。
瑞穂をヘルガルドと呼び、亜人は魔獣と同等と言いながらも、命は平等だと謳う。そういう教育を受けた彼らは、愛を持って接してくるだろう。犬か、猫に接するように。
反吐が出る。宣教師など絶対にこの土地に入れたくない。
「そいつらは今どうしているんだ?」
高人さんは村の代表者の1人に聞く。
「沖合に停泊してもらい、長の許可が降りなければ引き返して頂く予定です。」
高人さんは、何かを考えるように目を閉じる。
ミストルからの使者だ。ただの物見遊山でもないだろう。ミストルの王は強欲で愚王として名高い。甘い汁を吸う臣下は狡猾に反対勢力を押し込めている。あまり良い噂は聞かない。それが我が国ミストルだ。
「そうか。そうだな……。もうそんな時期か。」
高人さんはお腹を摩りながらボソリと言う。
「……商船を港に入れてやれ。」
「は!?何言ってるんですか!?亜人を犬や猫くらいにしか思ってない連中ですよ!?」
俺は高人さんの思わぬ指示に大声を出してしまった。
高人さんがじっと俺を見る。俺はハッとして口を紡ぐ。
「すみません…」
高人さんは困ったように笑い、俺の背中をトントンと叩く。
「しっかりしろ。亜人は犬でも猫でもない。お前はミストルから離れて間もない。あちらに顔を見せたくない。女子供と学舎へ行って、守ってやれ。」
「…………はい。」
俺はグッと拳を握り、絞り出すように返事をした。
高人さんは立ち上がると、代表者に指示を出す。
「港で停泊中に降りていいのは宣教師の代表一名と、帰りの食料と水を積む商人ギルドの者のみだ。他の者は一切外に出すな。女と子供達は学舎へ避難するように指示。引き続き動ける者は船を見張るように。」
長の指示に、その場にいた全員が返事をし、それぞれの持ち場へと戻って行った。
それを見送る凛とした姿はこの国の王なのだと実感させられる。
みなが出て行き、酒に酔ったエイゼルが寝息を立てているのを確認した高人さんは俺の側に来る。
「チュン太、大丈夫だ。俺達があいつらを粗末に扱えば、あちらに口実を作ってしまう。だから、ちょっとだけ相手してやるだけだ。できるだけ争たくは無いからな。魔王を舐めるなよ?」
高人さんはイタズラっぽく笑うと、キョロキョロと周りを見て、俺の唇にちゅっと触れるだけのキスをしてくれた。
俺は驚いて彼を見て、彼はそんな俺を面白そうに見ていた。
「心配するな。チュン太はチュン太の仕事をしろ。何かあれば呼ぶから。」
「絶対ですよ??」
俺は、彼の細い腰を抱き寄せて、額に額をコツンと当てる。
「ああ、絶対呼ぶ。大丈夫だ。」
俺は高人さんから離れると、自分のやるべき事をするために商会から出たのだった。