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ラスボスが高人さんで困ってます!25

眠くて眠くて仕方がない。
「……んン。」
朝日が眩しくて身じろぎすると、隣で高人さんが目を覚ます気配を感じる。
「チュン太、大丈夫か?」
俺に寄り添うように寝て、じっと見上げてくる。
その姿が可愛くて、俺はふっと笑った。
秋も深まり始めた朝のこの時間は、人肌が恋しくなるくらいには肌寒さを感じる。
彼を抱き寄せ擦り寄ると、俺はまた目を閉じた。
「高人さん……おはようございます。」

長い眠りから目が覚めて3日目の朝だ。相変わらず気怠いが、昨日よりはマシといったところだ。
「お前が起きたと思って声掛けたけど……起こしちゃったか?」
高人さんは布団の中で俺を見上げ苦笑する。
「いえ、いつもなら起きる時間ですから。」
俺がそう言ってにこりと笑うと、彼はムクリと起き上がって俺の両隣に手を付いてじっと俺を見下ろす。
「高人さん、もう大丈夫ですから無理しないでください。」
俺は彼を見上げてそう言うが、承諾してくれる気は無いようで、俺の唇に口付け、何度も啄むように吸ってくる。
「ん……っ」
俺は口付けを拒むように顔を背けるが、それもそっと手を添えられ阻まれる。
「観念しろ、ほら、欲しくないのか?」
高人さんは俺を誘うように艶かしく口を開いて、俺が観念して口を開くのを待っている。
俺の魔力を早く確実に回復させるために、彼はこうして毎朝自分の魔力の半分を俺に分け与えてくれていた。
今日もその甘い誘惑に負けてキスを受け入れてしまう。
彼の髪を撫で、されるがまま舌を絡める。 
深く深く繋がると、フゥ――っと魔力を送り込んでくる。温かく満たされていく感覚に蕩けていく。
ああ、気持ちいい。
このまま絡みあって一つに溶け合ってしまいたい。そう思っていると、解けるように唇を離されてしまった。この瞬間がどうにも苦手だ。彼を貪り尽くしたい衝動に駆られるのだ。

「はい、今日はこれでおわりな。」
「…………っ」
名残惜しさに眉を顰めて耐えていると、そんな俺を愛おしげに撫でてくる。
「最近俺、やられ放題ですね。」
「可愛げがあっていいと思うぞ?」
「俺が耐えられません。」
クスクスと悪戯っぽく笑う高人さんに、俺は微かに苦笑する。

俺はゆっくりと身体を起こして、ぐっと背伸びをする。昨日よりもだいぶ身体が軽い。もう動いても良さそうだ。

「お、おい。体起こして大丈夫か?」
「少しずつ動かないと、ほんとに動けなくなっちゃいますからね。」
高人さんは心配そうだが、あまり甘えてもいられない。ゆっくり立ち上がると意外とすんなり立てている。昨日は少しフラついていたけど、今日は大丈夫そうだ。
「なんだ、調子良さそうだな。」
高人さんは少し驚いた様に俺を見上げて言う。
「普段が肉体労働でしたから、多分普段の生活くらいならできますね。ただ魔物と戦うとなると、役立たずです。」
「俺が居るから大丈夫だろ。」
俺が困った様に笑うと高人さんはふふっと笑いながら立ち上がる。
「んじゃ。今日から動いて大丈夫そいだな。」
「そうですね。」
笑顔の高人さんに、俺もにこりと笑う。
外を見れば秋の空だ。とりあえず普段の家事からやってみよう。
「お布団干してシーツ洗っちゃいますか。」
高人さんは俺の言葉を聞いてこくりと頷く。
「手伝う。」
俺は布団を畳んで持ち上げる。高人さんも剥いだシーツをクルクル撒いて持つ。

2人で縁側から外に出ると風は涼しく空気はサラリと心地いい。
一ヶ月でこんなに変わるのか。 

「……良い風ですね。」
外履きの下駄を履こうと片足を縁から下ろすと、ふわりと身体が軽くなった気がし、そのまま下駄を履けた。不思議に思って周りの気配に意識を向けると、風の精霊が其処彼処に飛んでいる事に気付く。

高人さんの方を見ると、何やら空中に何かを呟いていて、それを精霊達が集まって聴いているようだった。
風と話すその姿は穏やかで、とても綺麗だ。
俺は微笑みながらその姿を見つめる。
そして俺の周りに居る風の精霊の気配に話しかける。

「君たちは高人さんの手伝いに来たの?」

フワリと頬を髪を風が撫でていく。
差し詰め、"そうだよ。"という感じだろうか。
そのお手伝いに、俺のサポートが入っているのだろう。

良く太陽の当たる木と木の間に掛けられた竹竿に布団を干し、井戸の方へ歩いていく。
足取りはゆっくりだが、しっかりて歩ける。
井戸水を入れた広めの桶でシーツを洗う高人さんは、 俺の気配に気付くと俺を見上げてきた。

「疲れてないか?後はやっとくから座ってていいぞ?」
「2人で洗えば早いですよ?」
桶の前にしゃがんで水に手を付けると冷たくて気持ちいい。
「ん。そうだな。」
高人さんは嬉しそうに頷き、大きなシーツを2人で洗う。
「俺が居ない間、精霊とお話したりしてたんですか?」
手元に視線を落としたまま聞いてみる。
「うん。学舎以外ではあまり人に会わないから、お前が居なかったら話し相手は大体精霊だ。」
チラリと高人さんを見ると、今も彼を護るように風が舞っている。

役立たずは要らないと、精霊達に言われている様な気がして項垂れる。
……まったくその通りだ。胸が重くて苦しくて堪らない。

「チュン太?」
急に名前を呼ばれてハッとする。
「なんですか?」
「お前、なんか考え込んでないか?」
高人さんは、少し心配そうに俺を見つめる。
「え、あ……いや、あはは。」
俺はまた目線を下に落とした。

「………今まで出来ていた事が出来ないと、まるで、世界から1人取り残された様な気分になってしまって……。胸の中で雨が降ってるみいで……変な気分です。」
心の奥底に重く溜まる雨水を掬い上げるように言葉にしていく。高人さんはじっと俺の話に耳を傾けてくれていたがふと困った様に笑った。
「チュン太、お前、なんで顔してんだ。」
「……え?」
今度は俺がキョトンとして高人さんを見つめる。
高人さんは俺の顔をまた覗き込む。
「捨て犬みたいな、この世の終わりみたいな顔してる。」
「あはは。捨て犬ですか。」
俺は苦笑する。確かに気分は捨てられそうで不安な犬に近いかもしれない。

ああ、そうか……高人さんのそばに居られなくなる事が怖いのか……。
「シーツ干したら少し休憩しよう。その時いっぱい甘やかしてやるから、そんな顔するな。」
優しい笑顔でそう言われて、ドキリと鼓動が跳ねる。最近高人さんは以前にも増して艶っぽく笑うようになった。
「高人さんは優しいですね。」
「ん?」
高人さんは桶の水を溢して、また新しい水を汲んでシーツを浸していく。透き通った水が桶を満たして日の光を反射する。

「そうか?お前がもし、俺の立場ならどうなんだ?俺が使い物にならなくなったら捨てるのか?」
高人さんはシーツを濯ぎながら、何の気無しという風に軽く聴いてくる。しかしそれは、絶対にあり得ない事だ。
「そんな事!捨てるわけなっ――……」
そこまで言って、高人さんの微笑みが目に入る。
「だろう?俺も同じだよ。だから心配するな。チュン太。」
彼の言葉に目頭が熱くなる。嬉しい。嬉しいけれど。
俺は視線を落とす。
胸の中の雨は降り止まない。

……きっと、自分が許せないからだ。
怒りに身を任せて暴れた自分も、彼に乱暴した事も、今自分が無力でいる事も。全てが許せない。

こんな自分に、彼の隣に居る資格があるのだろうか。俺がひた隠しにしている自分が"勇者"であると言う事実を含めて、俺は彼にとって害でしかないんじゃないか。そう思うのだ。

もういっそ、自分は勇者だと言って、高人さんの元から去ってしまおうか……。

「チュン太!!」
「は、はいっ」
呼ばれてビクリとし彼の方を向くと、濡れた冷たい手でパシャっと頬を包まれる。
俺は驚いて目を見開く。高人さんは真っ直ぐに俺を見つめる。一瞬何が起こったのか分からなくて慌ててしまった。
「お前はちゃんと俺を助けてくれただろ?この国もお前のお陰で助かった。その代償にお前の魔力が尽きたんだ。お前の行動があったから今がある。俺達はお前が居たから助かったんだ。……自分を責めるなチュン太。」 

彼の言葉が俺の胸に沁み込んでいく。

「……っ」
目を見開いて高人さんを見つめていると、涙が溢れて一粒雫が溢れる。
高人さんは呆れたようにフゥと息を吐き、俺を優しく抱き締めてくれる。
「ったく、お前は1人で背負い込みすぎだ。半分は俺に持たせろ。な?」
「……ごめんなさい……。」
俺は彼に縋る様に背に手を回して彼の胸の中で耐える様に涙を流した。

この人を守りたい。俺の力は彼の物だ。だからこそ、やっぱり言えない。……ごめんなさい。
……けれど彼の言葉で目は醒めた。

「高人さん、ありがとうございます。」
俺は少し身体を離すと、彼を見つめて微笑んだ。
「ん。捨て犬じゃなくなったな。」
高人さんはふふっと満足げに笑った。

彼の言葉と共に、秋の空気の匂いとか彼の冷たい濡れた手だとか、肌に染み込む冷たい水の感触、キラキラと輝く黒髪と水晶の角が綺麗だとか、抱き締めてくれた胸ね温かさも含めて、全部……全部が鮮明に俺の中に流れ込んで目を醒ましてくれた。
本当にこの人は凄い。自分では分かっていないけれど。
俺はいつもの調子でにこりと笑う。
「また役に立てる様に鍛錬します!」
「お、おう。でもまだ魔力は使うなよ!最低でも一ヶ月だ。分かったか?」
「はい!」
俺の返事に、高人さんはホッとしたしたように笑った。

洗い終わったシーツを干して、2人で縁側で座る。
「瑞穂国の秋は綺麗ですね。」
「そうか?ミストルも同じだろう?」
赤い蜻蛉の飛ぶ空を穏やかに見上げる。
「同じ……でしょうか。俺には味気なく見えました。もしかしたら、貴方と一緒なら綺麗に見えるかもしれませんね。」
幸せに微笑み高人さんを見ると、恥ずかしそうに顔を逸らしてしまった。耳が少し朱に染まっていてとても可愛い。俺はふふっと笑い、彼の顔を覗き込む。
「高人さん、さっき言ってたじゃないですか。」
「な、なにをだよ。」
下から見上げる様に見つめる俺を、彼はチラリと盗み見る。
「沢山甘やかしてくれるんでしょう?」
尻尾がフサフサと揺れる。期待してるのが伝わったのか、高人さんはうっと言葉に詰まってしまったが、すぐに少し照れたような、呆れたような顔でこちらを見て、俺の頭を撫でてくれた。
「仕方ないやつだな。」
そんな仕草も可愛くて大好きで俺はふふッと笑った。
高人さんはポンポンと膝を叩いている。どうやら膝枕をしてくれるらしい。
「ほれ。昼寝しろ。頭撫でててやる。」
俺はのそのそと縁側に上がり彼の膝に頭を乗せ、彼の方を向いて目を閉じる。
暖かい日の光に澄んだ空気と彼の香り。心地よい風が眠気を誘う。
高人さんは俺の髪で遊ぶように撫でたり梳いたり、子供が遊ぶようにほんの少し髪を編んでいる気配もあってクスクスと笑う。
「何してるんです?」
「学舎で女の子達に教えて貰ったんだ。髪の編み方。」
「見えないのが残念ですね。」
「お前は髪が短いから二つか三つしか編めないな。」
髪を触られていると、心地よくて、瞼が重くなる。
「……ほんと寝ちゃいそうです。」
「まだ身体が本調子じゃないんだ。身体の要求には従っとけ。」
サラサラと髪を撫でられ俺はゆっくりと眠りについた。

―――――――

――ジュンタ・ティフォン・フローレス。勇者の運命を持って生まれた者よ。

頭に響く言葉に目を開く。

濃い霧と光の中で、白い翼に金色の長い髪、側には夜を纏う天狼を連れた白服の女性が目の前に立っている。

気が付けば、俺は光の中に佇んでいた。
意識がはっきりして周りを見渡す。

なんだ……ここは……。高人さんは??
頭に響くこの声は目の前の人の声だと、何故か分かった。俺はこの人を知っている。

――ミストルへお戻りなさい。貴方の運命はそこにあります。

あれは、女神だ。女神アルミス。
俺の運命を勝手に決めた女神だ。

「……嫌です。俺は勇者にはなりません。」
俺は女神を睨んで静かに言う。
絶対に勇者になんかならない。彼を傷付ける存在など必要ない。だって、彼は世界の脅威でもなんでもない。ただそこに生き、民を必死に守っているだけの、心の優しい龍の王だ。

――運命は変えられない。

「魔王とは何なのですか?彼は我々人間に何の危害も加えません。倒す必要などないでしょう?」

――全ては祖の導き。貴方が最後の勇者です。

最後?最後とはどう言う意味だ。
高人さんも最後の魔王だから、勇者も最後なのか?
真意は分からないが、しかし、これは良い事を聞いた。

「俺が最後ですか。それは良かった。じゃあ俺が勇者にならなければ、高人さんは死ななくて済む。」

――……運命に従いなさい。勇者よ。

運命は、自らが切り開くものだ。俺は女神を見据えて言葉をを発する。魔力を込めて。
「俺は勇者じゃない。龍族の"准太"だ。」
俺の周りから風が生まれ辺りの霧が吹き飛ばされていく。あたりの空気が騒つき揺らめく。

そうだ。思い出した。
准太は、お伽話の中の龍王の名前だ。祖母はその名前から俺にジュンタと名付けたのだと、小さな頃に教えられた。だから知っていた。瑞穂国の文字。俺の名前。

伝説上の龍の名はその名前だけで力を持つのだろうか。
女神の気は無くなり、辺りが暗くなっていく。

――――――

はっと、目を覚ます。
空を見るとお昼を少しすぎた頃だ。高人さんは柱に寄りかかり、スゥスゥと寝息を立てていた。

夢……?にしてはリアルだった。
ムクリと起き上がると、身が軽くなってる事に驚く。
魔力が器いっぱいに満たされている。
女神が回復させたのだろうか。それも可笑しな話だ。

……なにはともあれ、帰ってこれて良かった……。
俺は大きく息を吐いて脱力した。
「絶対に、貴方を守りますからね。」
俺は、隣で座ったまま眠る高人さんを見つめてポツリと呟いたのだった。

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