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2-7.秘密


 恋人達の関係や時間がしばしば蜜や甘さに例えられるのは、そこに人間の最も麗しい特徴が濃密に現れるからだ。
その麗しさとは、思いやりのことだ。
互いが互いを宝物として扱う事。
特別な宝物を自分だけのものとして愛でると同時に、自分自身がまた特別な宝物でもある事。
相手の喜びが自分の喜びであり、また自分の喜びが相手の喜びでもあると知る事。
そこには挫折や失望のつけ込む余地はなく、全方位が成功と歓喜に裏付けられた勝利の無重力空間だ。
俺が彼女の乳首を見たくて欲望と興奮で破裂しそうになっている時、彼女もまた俺に体を求められている事に歓喜と栄光を感じている!

 そして恋人達の甘さを完成させる最後の要素とは「密室」だ。
女との体の触れ合いを巡るさまざまなやり取りや駆け引きの中で、最終的に運命の行く末を決める一線とは、密室に二人きりになれるかどうか、になる。
俺は女を俺の部屋ないしはホテルの一室に連れ込むために、あらゆる言い回しや方策を練る。
というのは、女の理性をつかさどる常識だとか世間体だとかを切り捨てるには、社会の目から隔絶するのが手っ取り早いからである。

 それと同時に、密室は二人の親密さを一気に増す。
男心をふるわせる、女のこういうささやきを思い出してみよう。
「あとで二人っきりになったらね」。
たとえば女と路上で口づけしながらしだいに首すじから鎖骨のほうに降りていくとき、あるいは電車内で向かい合って立ちながら女の手をさりげなく俺の男性器の上に置くようなとき、女は俺の脳を蕩かすようなこういう言葉を耳から流し込む。
あるいはこういう言い方をするかもしれない。
「ここじゃダメ」。
こういったセリフに表現される二人の仲の睦まじさが、俺を恍惚とさせる。
彼女は彼女の裸体や性的な現象を、俺にだけ見せるという条件でのみ許してくれようとしている!
普段は誰からも隠し続けている人生のもっとも密やかな側面を、俺と彼女は互いに明かしあう。
密室で二人きりで起こる出来事、交わされる交流は、二人以外に知る者のいない、まさに二人が世界のすべてから隠す秘密なのだ。
そしてそこにこそ、快楽に残された最後の約束の地がある。

 密室は他人の視線を断つ。
密室は二人を社会から隔絶し、知ったかぶりの常識から隔絶する。
俺は密室において過去を水に流し、未来を頭から放り出す。
俺はただのサルになって女に我を忘れ、いかにすれば女を喜ばせてもっと自分に夢中にさせられるかを工夫する事だけに特化した、いびつな性的知的生物になる。
俺はただ無責任に命と時間を味わう、孤独に充足した魂となる。
自由の輝かしい素晴らしさの中でも、最もエゴイックな側面がそこにある。
社会から遠ざけられ、過去から切り離され、未来から取り残され、自分自身を失うとき、そこには大きな自由と虚しさがある。
俺はそんな空間にこそ、可愛い女としけ込みたいと思っているのだ。

 二人だけで、誰にも説明する必要もなく、何も跡に残さない出来事に満ちた、秘密の時間を過ごすこと。
それだけがただ一つ、俺の生きる上で望ましいと思えることだ。
素敵な女と、これ以上ないほどお近づきになること。
もしも密室に一人きりなら、それは虚しい孤独だ。
もしも密室に三人なら、それは社会だ。
しかしもしも密室に二人きりなら、それは二人以外の誰にも説明できない甘い秘密であり、永遠に二人を結びつける絆なのである。
俺は可愛い女と、いつまでもただ、お互いを思い合い、欲しあい、むさぼり合っていたい。

書く力になります、ありがとうございますmm