ピス田助手と鋼鉄の花嫁 04
4: やってきたふたりの客人
今おもえば、ここでわたしがとることのできた行動は3つあった。
1)来客にかまわず、110番をする
2)考えなしにのこのことイゴールについていく
3)何も見なかったことにして帰る
4)筆を置く
いや、4つだ。4つあった。しかし直面したことのない事態の渦中にあって、冷静にまわりを見わたすことなどできるものだろうか?低きへと流れる水にぷかぷか浮かんで、同じように下ることのどこに問題があるというのか?わたしは傍観者であり、名探偵ではなかった。ワトソンであり、ホームズではなかった。ヘイスティングズであり、ポアロではなかった。思うにこれはワトソンしか登場しない物語なのだ。
奥さまと呼ばれた貴婦人はすでに屋敷に足を踏み入れて待っていた。まるでヴィクトリア朝に戻ったかのようなドレスをまとい、頭のてっぺんからつま先まで黒尽くめだった。凛とした立ち姿は、客というよりもむしろこの屋敷の正当な所有者であるとでも言いたげな威厳と風格に満ちていて、わたしをひるませた。
しかしそれ以上にわたしの気を引いたのは、彼女がかたわらに従えるちいさな女の子のほうだった。マイヤ・イソラみたいに艶やかな柄の、みごとなまでに和洋折衷な銘仙を着込んでいる。この思い切りのいい着物ひとつ見ても、何となくアンジェリカを連想させるものがあった。やわらかく波打つ黒髪はとてもうつくしく、手にはなぜか立派な脇差しを持っていた。
「アンジェリカはどこです?」と貴婦人は言った。よくしなる鞭のような声だった。
「お嬢さまはお出かけになりました」とイゴールはかろうじて答えた。
「死神の田村からクレームが来ていますよ」と貴婦人はふたたび声の鞭をぴしりとくれた。「アンジェリカはどこへ?」
「じきにお戻りかと…」
「イゴール」と三度目の鞭がしなった。「わたしは、どこへ、と聞いたんです」
イゴールは言い淀んだ。アンジェリカの部屋に死体がひとつ転がったままなのを忘れたわけではないにせよ、よもやこのまま押し通すつもりなのではないかとおもって、わたしはハラハラした。
「いいわ」と貴婦人は鞭を慎み深いくちびるにおさめて言った。「待たせてもらいます。みふゆがいつものクリームソーダを飲みたがってるの。いいわね?」
「かしこまりました」
大小ふたりの客人が勝手知ったる様子ですたすたと応接室へ向かうのをよそに、イゴールは硬直したまま、しばらくそこを動くことができなかった。
そういうわけで、わたしが選んだのは先の選択肢で言うと(2)だった。イゴールが飲みものをこしらえるためにキッチンへと下がったので、これにもやはりのこのことついていった。缶詰があるとおもったのだ。気づけばわたしの頭には缶詰のラベルがずらずらと並び、今や無視できないくらいの部分を占めていた。
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