麻布抹茶

天使の抹茶ラテと悪魔の落書き㉔

【関之尾武雄と小岩井宏美~終わりの始まりⅤ~】

 ざわざわと近くの林の木々が騒ぎはじめると、ひときわ強い風が吹き抜けた。都会で感じるよりも数段冷たいその風は、ヘッドライトの届かない闇へと消えていった。道幅は極端に狭い。田んぼや畑に囲まれていて、車道というよりもあぜ道に近い。エンジンを止めた車のヘッドライトは僕達と切通組の車を照らしている。
 定期的に男の呻き声が聞こえてくる。タケチャンが暴れているからだ。すでに相手の男は動いていない。タケチャンが突っ伏した男の髪の毛を掴み上げて聞く。
「それで? タクローはどこに向かった?」
「……知らない」

男の首を足で固定しながら、掴んだ髪を引き抜いた。ブッっと、髪が千切れた音だか抜けた音だかが鳴る。男が頭を手で押さえながら叫ぶ。タケチャンは笑いながらその男の脇腹を蹴る。車のヘッドライトがタケチャンの見せ場を演出しているようにも見えた。
 僕の左手が掴んでいるのはもう一人の男の首だった。なぜか、すでに左耳から血が流れている。僕は無駄に暴れないように持ち上げているだけなのだが……そろそろ少し疲れてきた。
「わかった! やめてくれ! 俺が知ってることは全部いう!」
タケチャンが倒れた男の右目をくり抜こうとした所で、僕が掴んでいる男が叫んだ。
「そうかい。その方がいいよなぁ目が見えないのは辛いぞー」
タケチャンが倒れた男を引き起こして黒いベンツのトランクに上に乗せ、ぽんぽんと肩を叩く。男は朦朧としたままだがお構いなしだ。
「お前も思い出した事があったら何でも言っていいからな」
タケチャンが僕に目配せをしたので掴んでいた首を放した。
地面に落とされた方の男は四つん這いのままグッタリとした男の方へ逃げていく。
「ば……ばけもの……」
失礼な。
「失礼な奴だなお前は」
タケチャンが代弁してくれた。
「お前関之尾組の頭だろ。こんな事して……」
男のセリフが言い終わらないうちにタケチャンが腹を蹴っていた。
「質問はうけつけておりませーん」
男は悶絶しながら何度も頷いた。
「タクローの車はどこに向かってるんだ」
男が観念した様子で力無く言う。
「本当に知らないんだ。解らないから俺達も追っかけていたんだ」
憔悴していて少し老けて見えるが、年は同じ位だろうか。タケチャンに殴られていた男はもう動いていない。死んだのかな。タケチャンが質問を続ける。
「お前らタクローをどうする気だ?」
男が口を噤んだ。タケチャンがナイフを出して動かなくなった男の足に突き立てた。元気な悲鳴が聞こえた。生きてたようだ。
「解った! いう! 言います」男は理不尽な恐怖に抵抗するように言った。
「いいから早く答えろよ。めんどくせーな」
「俺達はタクローを消すように言われてるんだ。詳しい事は知らない。組長に言われただけなんだ」
「ふーん……なんだ早く言えよ。それなら目的は一緒じゃねーか」

タケチャンは頬の傷を指で触りながら言葉を続けた。考えながら喋ってる時のタケチャンの癖だ。
「いや俺達の組もよ、タクローに恨み持ってる奴多いんだよ」
「……そうなんですか……」

男は怯えながらタケチャンの言葉を聞いている。
「まぁでもタクローの仕事上しかたないよな?」
「あ、俺は……っていうかタクローの事を詳しく知ってるのはうちでは組長しかいなくて……」
「あーそうなんだ」
「だから、殺し屋だろうって事になってるんですけど……」
「なーんだよ。ばれてんじゃん。つーかそれしかないじゃん。でもあの凄腕の殺し屋をお前ら二人でやろうとしたのかよ」

「いや、あのタクローの車には爆弾が仕掛けられてるんで近くで起爆スイッチさえおせば良かったんですけど……不発だったみたいで……」
「え!? マジかよ。仕事早いな。ちょっとスイッチ貸せよ」
男はポケットから旧式の携帯電話を出した。タケチャンが受け取りながら言う。
「絶対殺すように言われてただろ? え?」
「はい……」

受け取った携帯を僕に投げた。僕はそれをポケットにしまう。
「代わりに殺してきてやるよ」
「お願いします……」
「おう……で、なんでお前ら車止めたんだよ」
「いえ、爆弾が使えないのでハジキでやろうとしてたんですが、撃ち返されちゃって……奴ら、かなりの腕です。俺が運転してたんですが、左耳のピアスを狙って撃たれました」
「あ? 奴ら?」
「はい。三人乗ってました」
「さんにん……どんな奴だった?」
「わかりません。頭が見えただけなんで」

タケチャンが舌打ちをする。トランクに乗せられている男が小さいうめき声を上げた。
「おい、お前悪かったな」
男の足に刺さったナイフを無造作に抜いた。今度は低く湿った悲鳴が聞こえた。
「そうだ、なんか紐持ってるか?」
ふと思い出したような雰囲気でタケチャンが足下の男に聞く。
「車の中にあります」
「ヒロ。こいつらそれで縛って車に乗せろ」

僕は切通組の黒い車の中を探した。フロントガラスには小さい弾痕があった。揺れる車から運転する男のピアスを狙って撃ったのだとしたら、確実に素人じゃない。一瞬僕は怖くなったが、タクローならあり得る話だと思った。タクローは書いた事を本当に起こす超能力を持った人物なのだ。
 助手席のダッシュボードの中に白いビニール紐があったのでそれを使って二人を縛り上げた。ついでに足を刺された男の止血もした。後部座席に二人を乗せて、いざ発車しようとしたのだが彼らの車が邪魔だった。あいにく避けて通る程の幅も無い。僕は既に助手席に座っているタケチャンを見た。
「やだよもう。外寒いし」
仕方なく僕が外に出る。
「あの……キーは俺の右のポケットに……」
後部座席で縛られた男が言ったが探すのが面倒だったので、僕は車を持ち上げて畑へ落とした。幸い、その畑にはこの時期作物を作ってなかったので良しとした。車へ戻った時、タケチャンが後部座席に「化け物じゃないよ」と言っていた。何となく自分がなんと呼ばれたのかが解った。失礼な。ハンドルを握り発進させたときタケチャンが僕に言った。
「ヒロ、悪い。せっかくなんだけどよ、このままバックでさっきの道に戻ってくれ」
僕はタケチャンを見る。せっかく車どかしたのに……。
「ははは。悪い悪い。でもよぉ、タクローの車に目的地があったとした場合な、この道じゃない。たぶんこの道は逃げるのに仕方なく使ったんだよ」
なるほど。さすがタケチャン。僕はギアをバックへ入れ慎重に車を動かした。
「おそらく、目的地は元の道の先にある」
「あ!」

足の血が止まって、落ち着きを取り戻した男が叫んだ。
「ん?」
「組長の別荘があります」
「あ、ホントだ! しかも今日は……」
耳から血を流している男が戦慄した様子で言葉を続ける「組長がそこに居ます」
「ふーん」
タケチャンが傷跡を触る。
「あいつら何しようとしてんだ?」
そういうと口の部分の傷跡を舌で舐めた。

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