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「継続は力なり」を実現するヒント

今日は素朴なタイトルですが、継続することに関して、自分の中で印象深い言葉を引きながら、少し考えてみたいと思います。


1. 棋士の「構想」の中で「自然な手」を継続するという考え

 将棋は、一手だけよい手を指したからといって、それで急に状況がよくなるわけではありません。「自然な手」「平凡な手」を続けていくことによって展望が開けてくるのです。
 その中で大切になってくるのが「方向性」です。前に指した手の意味を継承し、自分の理想とする形を目指して手を進めていくことが大事です。

羽生善治『上達するヒント』第2章 構想について

これは、羽生先生が将棋の基本についてまとめた『上達するヒント』に書かれていた文章です。書いた人が時代を席巻した棋士、羽生善治先生というところが驚きました。というのも、私たちはついついあっと驚くような手を考えていたのではないかと思いがちだからです。そうではなく、「自然な手」をどれだけ続けられるかに道を開くヒントがあります。

ここでの内容は、将棋に限らず、人生全般に役立つもののように思えます。「自然な手」と「方向性」をセットにしながら、淡々と続けていくことが書かれています。いろんなところで耳にしてきた考えではありつつも、将棋盤をイメージすると、なんだかより実行しやすくなるような気がします。


2. 棋士の長期での勝負という考え方

(戸谷)「糸谷さんにとって、勝負とはどういうものですか。」
(糸谷)「まず、どこからどこまでを勝負とするかという問題があります。短期的な視点で、目の前の一局に勝てばよしと考えるのか。それとも長期的な視点で、棋士人生のトータルで勝てばよしと考えるのか。」「結論を言うと、勝負においていちばん重要なのは、『最終的にどこを着地点にするか』だと思います。100戦全勝は、まず絶対に無理です。羽生善治先生でさえ、勝率7割ですから。10回のうち3回は負けている。目先の勝利にとらわれず、自分が本当に勝つべきはどこなのかをよく考えることが、非常に重要だと思いますね。」

戸谷洋志/糸谷哲郎『僕らの哲学的対話 棋士と哲学者』第1章 勝負論

続いて同じ将棋界の中から、糸谷先生の言葉をヒントに考えます。この本は、哲学者である戸谷先生と同じ大学の研究室で哲学の修士号をお持ちでプロ棋士としても大活躍という異色のキャリアを持つ糸谷先生との対談です。テーマは勝負に関してです。

短期と長期で視点を分けた上で、長期的に自分が到達したい地点を最優先すると書かれています。また、基本的に負けることも織り込み済みとなっていて、まったく負けないことはありえないと最初から思っているようです。

たしかに人生が進んでくると、色々と勝負時(?)っぽいことは増えてくるのですが、その中でも結果に対する捉え方を自分なりに考えておくと、冷静に処理できることはあるように思えます。

(糸谷)「自分を基準にして、自分が満足できるような勝利を設定したほうがいい。そのほうが豊かな人生になるのではないでしょうか。そのためにはまず、自分がどうなったら満足なのかを考え抜くこと。自分が何をしたいかなんて、自分に聞くしかないですから。」

戸谷洋志/糸谷哲郎『僕らの哲学的対話 棋士と哲学者』第1章 勝負論

「自分が到達したい最終地点」を考える上では、自分がどうなったら満足なのかを考え抜くことが大切になります。たしかに、これがあれば、あまり細かいことにも気を取られないで済むような気がします。自分には〜〜という目標地点があるし、色々あるけど、自分は〜〜していれば満足なんだよな、と思えば、だいぶ気が楽になりますから。

(戸谷)「糸谷さんが、すごく気合を入れて準備してきた試合に負けてしまったときは、どうやって立て直しているんですか。」
(糸谷)「少しは落ち込みますよ。(中略)まあ、でも慣れますよ。棋士って負けることに慣れている人たちだと思うんです。あの羽生先生でさえ、550敗している。これだけ負けると、自然と立て直しに時間がかからなくなるんです。」

戸谷洋志/糸谷哲郎『僕らの哲学的対話 棋士と哲学者』第1章 勝負論

そして、考えるということ以前に、糸谷先生は勝負の世界で負ける経験が多いからこそ、負けても自然とすぐに立ち直れるようになってしまったとも話しています。時間が経てば、この境地になれるのかもしれません。


3. ビジネスでの「積み重ね」

ほとんどのビジネスは、発想の素晴らしさのみならず、その発想を支えるロジックの積み重ねによって花開きます。本書が目指したのは、その積み重ねの重要な構成要素である「数字の積み重ね」の方法論の一つをお伝えすることでした。

慎泰俊『外資系金融のExcel作成術』おわりに

今回のnoteの記事では、この慎さんの本の内容については触れないですが、ビジネスロジックを考える上で基礎となる財務モデルと道具としてのエクセル活用について非常にわかりやすく書かれています。

「おわりに」で書かれた引用文を締めとして読んだ時には、自分の中で大事なものがすっと収まった感覚になりました。ビジネスにおいて、こういった凝縮された内容物の積み重ねは忘れられやすいのですが、じわじわと時間が経った時に効果を実感します。


次に紹介するのは、大前研一氏の『企業参謀』です。この本は、ビジネス上の戦略本としては日本人が書いたものの中ではロングセラーとして長く読み継がれています。私も非常に影響を受けました。

ここで引用するのは、参謀五戒に書かれた「戒5. 記憶にたよらず分析を」という内容です。ここでも日常的な積み重ねが効いてくることが書かれています。

われわれ(日本人)の成長過程で、ふたつの重要な能力の開発がおろそかにされる可能性の高いことを示唆している。「分析力」と「概念を作りだす力」である。(中略)この”弱さ”は、日本の”今の教育”に欠けているものがあったことによる部分と、社会風土的事情によるものとが混然となっているところにその解決のむずかしさがある。だから戦略思考家たる者は、みずからの意思によって、これを克服することを計画的にやらなくてはいけない。(中略)(たとえば)人々が疑問を持たずに「しようがないこと」として受けとめていることを毎週ひとつずつ取り上げて、自分ならどのようにして「しようがある」ようにするかという策(すなわち概念)を展開してみる癖をつける、といった対処のしかたを試みるのである。

大前研一『企業参謀』

ここの参謀五戒パートに共通する内容として、日本社会の歴史的、風土的に考えなくてもよくなってしまう力学について触れられています。そういった力学があるからこそ、自分なりに工夫をする必要があるという内容になっています。ここでは、「なんとなくいいよね」という論調や「記憶力偏重」によって思考力が養われづらい状況を嘆きながら、それをいかに克服するかが書かれています。具体的には、何かの状況に対して自分ならどうやって実現するかという策を考える癖をつけることが書いてあります。これも確かに積み重ねによって修練されていくものです。


4. 小説家のような長距離ランナーの仕事の継続

小説をひとつふたつ書くのは、それほどむずかしくはない。しかし小説を長く書き続けること、小説を書いて生活をしていくこと、小説家として生き残っていくこと、これは至難の業です。普通の人間にはまずできないことだ、と言ってしまってもいいかもしれません。そこには、なんと言えばいいのだろう、「何か特別なもの」が必要になってくるからです。(中略)何はともあれ、小説家であり続けることがいかに厳しい営みであるか、小説家はそれを身にしみて承知しています。

村上春樹『職業としての小説家』 第1回

次は、小説家・村上春樹さんの本をヒントに考えてみたいと思います。この本では、タイトルにあるように「職業としての小説家」について考えた内容を中心に書かれています。ここでの職業とは、その仕事を続けていくこと、その仕事で生活をしていくこと、生き残っていくことを意味しています。つまり、継続することそのものが目的となって書かれた内容になっているということです。今回の考えたいテーマともぴったり合います。

あくまで僕の個人的な意見ではありますが、小説を書くというのは、基本的にはずいぶん「鈍臭い」作業です。そこにはスマートな要素はほとんど見当たりません。一人きりで部屋にこもって「ああでもない、こうでもない」とひたすら文章をいじっています。机の前で懸命に頭をひねり、丸一日かけて、ある一行の文章的精度を少しばかり上げたからといって、それに対して誰が拍手をしてくれるわけでもありません。誰が「よくやった」と肩を叩いてくれるわけでもありません。自分一人で納得し、「うんうん」と黙って肯くだけです。

村上春樹『職業としての小説家』 第1回

ここのパートを読んだ時には、ぞわぞわっと何か舞台裏を見てしまったような気分になりました。書かれているように「鈍臭い」作業が並んでいます。似たように、私は論文という長い文章を書く状況に直面することがあるので、部屋の中でこのような感覚に陥ることに非常に共感しました。「自分一人で納得し、『うんうん』と黙って肯く」ようなことをずっと繰り返していくイメージです。それを考えると、「自分との戦い」という表現よりは「自分との対話」「自分との伴走」という表現の方がしっくりくるかもしれません。

そんなわけで今回は、長編小説を書くという作業について語りたいと思います。(中略)その基本的な順序やルールみたいなものは、大筋ではほとんど変化しないようです。(中略)そういう決まったパターンに自分を追い込んでいって、生活と仕事のサイクルを確定することによって、長編小説を書くことが初めて可能になるーという部分があります。尋常ではない量のエネルギーが必要とされる長丁場の作業ですから、まずこちらの体勢をしっかり固めておかなくてはなりません。そうしておかないと、下手すると途中で力負けしてしまうかもしれません。

村上春樹『職業としての小説家』 第6回

村上さんは、この第6回のパートとその前後で、長編小説というマラソンのような長距離を走り切るためには、一定のパターンやサイクルを持っておくことが必要だと説いています。よく聞く「ルーティン」と呼ばれるものに近いです。

例えば、第一稿→一週間くらい置いてから書き直し(頭から全部ごりごりと)→これを2-3ヶ月行う→一週間くらい置いてから書き直し(頭から全部ごりごりと、ただし今度はもっと細かいところに気を配りながら)→(続く)といったプロセスを定めています。他には、起きる時間やコーヒーを淹れること、マラソンによって体調管理をすることなどが書かれています。

継続する上では心構えだけでなく、実際のルーティンや仕組みが効果を発揮することはよくあります。「継続するためのルーティン」という題目で、改めて考えてみて書いてもよいかもしれないなと思いました。


5. あるサッカー選手のメンタルコントロールの継続への影響

心の振れ幅が大きいと、継続することが難しくなる。今日は試合に出られた・出られなかった・とか、調子がいい・悪い、とか、毎日同じようなリハビリがつらい、とか・・・。そういうことは日常的に必ずある。あるからこそ、それに合わせるようにメンタルが上下してしまうと、続かない。「良くない時間」にばかりに目がいってしまい、ついにはやる気が起きなくなったり、簡単な方法に飛びついてしまったりする。
(中略)
自分なりのメンタル管理方法を身につけていった。そして、それに合ったものの見方ができるようになってきた。もともと、サイドバックって「隅っこ」のポジションだから、人とは違ったサッカーや姿が見えるのかもしれない。言いたいことをサラッと言う。そんなふうに指摘されたこともあったけど、ものの見方が人とちょっと違うのかもしれないし、そういう見方で感じたことをそのまま口にするからじゃないかな、って思っている。
(中略)
自分で言うのもなんだけど、ウチダメンタルはそうやって、ちょっと人とは違ったとしても、わがままだとしても、許してもらえるようになる。それだけでも、僕は良かったと思っています。

内田篤人『ウチダメンタル 心の幹を太くする術』第2章

僕はメンタルを強弱で考えたことがないんです。イメージでいうと上下です。うまくいっても喜びすぎない、うまくいかなくても凹みすぎない。

内田篤人『ウチダメンタル 心の幹を太くする術』特別対談3

ここでの内容は、先ほどの棋士の糸谷先生が語っていた長期での勝負観に近いものがあるかもしれません。短期的にメンタルを上下させないことが継続する上で大きな効果を持つということです。

本書で興味深いのは、自分なりのメンタル管理方法、自分なりのものの見方という部分です。書かれていることは一般的だとも言える一方で、内田さんならではの色が出ている部分も多くあります。例えば、強弱ではなく振れ幅で捉えている点、自分で自分を過度に追い込まない考え方などです。

内田さんのふるまいで興味深いのは、ここの引用文に書かれているような「サラッと」した物言いや、観客側に責任感のあるプレーだと感じさせるような踏ん張りや、どこか芯があり品のある姿勢です。もしかしたら、それは両立するのが普通は難しいのかもしれませんが、「サイドバック」の例えのように独自の距離感や見方が影響しているのかもしれません。そういった点でも、自分自身に照らし合わせた時に、オルタナティブを作り出せるのではないか、マイスタイルを作れるのではないかという希望を持てる内容でした。

まとめ

さて、「継続は力なり」のヒントとなるエッセンスを様々な人たちから得られないかと考えてきました。並べてみて何か見えないかという結構粗い形ではありますが、一定のものが見えたのではないかと思います。

まず今回の継続とは、「自然な手」の継続のようなものなんじゃないかと思いました。羽生先生の言葉からそのまま持ってきていますが、自然な手というのは打ちやすいものですし、次の手にもつながりやすい。そういった手の連鎖を考えていくと、何か継続していきそうな展望がひらけます。また、慎さんや大前さんの話を参考にするなら、ビジネスにも積み重ねていく「自然な手」があります。ここは少し工夫するところもあるかもしれませんが、大きな効果を持つことは地道な作業や癖づけだったりしました。

そして、ここでの「自然な手」を引き出すものとして、羽生先生や糸谷先生がおっしゃるような「構想」「方向性」「長期の到達したい目標地点」といったものがあります。特に、糸谷先生がおっしゃったように、「自分がどうなったら満足なのかを考え抜くこと」を自分との対話を通じて形にすることが必要になります。

ここで糸谷先生がおっしゃった「満足」は、自分のゴール、ペース、スタイルを見つけることにもつながり、村上さんや内田さんがおっしゃっていた点にも通じます。村上さんの話をヒントに考えるなら、自分の生活と職業がうまく調和することで継続しやすいルーティンが見出せるようになります。また内田さんの話をヒントに考えると、自分のメンタルを自分に合った形でコントロールし、自分らしくいられる距離感やものの見方を見つけることになります。

ちょっとした思いつきからnoteを書き始めてみたのですが、尊敬している方々の言葉をヒントに大事なものをポケットにしまっておけるような自分なりの拠り所を形にできたのではないかと思います。

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