【転載】 IDLが目指す、「望ましい未来」へのトランジションの為のデザイン
先日、所属するIDLのnoteに、「IDLが目指す、「望ましい未来」へのトランジションの為のデザインと」題して寄稿しましたのでこちらにも転載します。
-- 以下、転載 ---
IDL [INFOBAHN DESIGN LAB.](以下、IDL)の辻村です。
2022年が明けて早くも1月が経とうとしています。少し遅れてしまいましたが、今年、IDLが取り組んでいこうとするデザイン実践に関して考えてみました。
IDLではここのところ、「今、ここにある」ことに向き合うデザインから、「今でもなく、ここでもない」未来のことをどうやってデザインし始めるかを考える機会が増えている気がしています。
こうした背景には、巷で耳にすることが増えたSDGs、SX(Sustainability Transformation)などの言葉に代表される企業や社会、地球の持続可能性に関する議論があると考えています。つまり、持続可能な望ましい未来のデザインという大きな問いを前に、どのような新しい価値観やそれを共有する仲間、術を持つことが必要か、こうした探索活動があちこちで立ち上がっている故に上述の機会創出が起こっていると感じています。
これを、よくある問題解決から問題提起へのシフトと思う方もいるとは思いますが、そんなに簡単なことでもない気がしています。そもそもどんなデザインケースにしろ、その過程で問題解決も提起もしていますし、デザインする時には常に振り子のように両者の間を行ったり来たり揺れているものです。
ただ、決定的に異なることは頭の使い方というよりも、持続可能な未来の形を問う時には、思いを馳せないといけない登場人物と時空間のとてつもない広がりを考えないといけないといった前提の違いなんだと思います。
思考領域の拡大と呼応してデザイン領域が拡大していくなか、この先求められているデザインリサーチの形とは何か、IDLが目指したいデザイン実践の方向とは何か、こうした問いに対して、最近取り組んできた活動を振り返りながら応えていきたいと思います。
三つの機会
昨年秋口から冬の入りにかけて、トピカルなイベントがありました。先ずIDLで主催したポスト人間中心デザインに関するイベント、二つ目は弊社インフォバーン主催のツアーGREEN SHIFT、そして最後にトランジションデザインに関するポッドキャストの収録、これらはいずれも普段の思考や行動では捨象してしまいがちなことに気づく良い機会となりました。
普段のデザインリサーチでは、製品・サービスの収益性のことを考えたり、ユーザーにとって望ましい状態を考えたり、特定の団体やユーザーへの利益や便益を考えてしまいがちです。仕事として請け負う以上抜け出せないジレンマではありますが、こうしたことはデザインリサーチを通して知りたいこと、形にしたいことの極々一部であって、こぼれ落ちてしまう大切な価値はこの他にもたくさんあるはずだと思っています。それ故にデザインリサーチャーが何を対象としてどんなインサイトを導き、それをデザインアウトプットとして如何に活用するかが問われる訳です。
先に挙げたようにデザインリサーチの領域が拡大していくなかで、これら三つの機会を通じて普段とは少し異なる思考/試行をしたことを振り返りながら、望ましい未来へのトランジションをデザインするうえでの思考と態度に関してもう少し詳しく触れてみようと思います。
ポスト人間中心のデザイン
昨年10月に行ったポスト人間中心デザインをテーマとしたイベントでは、人間中心デザインの限界について取り上げました(参考記事)。デザインリサーチの系譜を辿ってみると、職人の手仕事すら分析・統合・評価のプロセスを経ることで「匠の技」として再現できると信じられていた「デザインの科学化」や、ユーザーの行動理解に基づいたうえで使いやすさを規格化した「デザインの指標化」を試みた時期がありました。
こうした人間が作るプロセスの再現、人間身体への最適化を行ってきた背景には人間中心の考え方への偏重があった訳です。しかし、社会の複雑化に伴いデザインが対峙しないといけないことは拡大し、人間中心の求心力に満ちたデザインは行き場が限られてきました。
例えば、人間にとって良しとされる故に環境負荷が高まったり、環境問題が解決されると思って作られたモノが人間に使われる過程で別の問題の引き金となっていたことが分かったりと、人間にとっての利益を考えていることだけでは対処しきれない厄介な問題があちこちに溢れてきたといえます。その結果、デザインの科学化や指標化への試みは挫折し、重なるようにして人間中心デザインの概念を更新しようとする機運が立ち上がってきました。
これまで人間、更にはユーザーというモデル化した特定の他者を対象としたデザインリサーチではありましたが、こうした動きによって、不特定多数の他者をも対象とすべく、デザインリサーチの射程を動的に変更していくことを余儀なくされたと考えられます。
多元化するデザイン
昨年12月に帯同したGREEN SHIFTは、人間中心の限界を越えていくためのヒントが満載な体験でした。GREEN SHIFTが行われた長野県駒ヶ根での何よりの収穫は、都市での生活では接することができない別の現実<リアリティ>を感じることができたことでしょう。
普段暮らす京都から自然に溢れた駒ヶ根へは車で4-5時間の移動距離。国も同じでタイムゾーンだってもちろん同じ、両者は近いはずなのにそれでもその土地毎の現実が存在しています。現実はあちらこちらで複数形で存在している、そんな当たり前のことにハッと気付かされました。
人間と非人間との生態系に触れながら、都市と山村、生産と消費の相関関係を考えるなかで、特定の場所に根差したモノやコトへの求心力が、あらゆる場所で、それぞれの仕方で出現し、各ローカル固有の中心性を生じている状況を垣間見ました。
あらゆる種の絡まりしろから生まれる創発的で多元的な価値に出くわすことは、知らずのうちに人間中心、都会中心といった一元的な価値感が所与のものとされることへの批判的な態度として有効的ですし、結果として未知のものを思考する端緒となるのではないでしょうか。
冒頭の問い(「今でもなく、ここでもない」ことのデザインを如何にして行うのか)はまさにこうした背景とも背中合わせです。考えないとならないことの思考空間を広げてやることで、大切なことを捨象せずに済むのではないでしょうか。求心力の強い一元的な状況が失われ、多元的に存在する状況へと価値感のシフトが起こっているが故に、「ここではない」場所にいる他者のことを思う想像力、というか妄想力が育まれていくのかと思います。
妄想力を許容するデザイン
数年前からスペキュラディデザインという言葉を耳にする機会が増えた方も多いと思います。起こり得る未来を妄想する為に、今を徹底的に調べ批評的に代替未来を描くその手法は、それ故に必ずしも良い未来だけでなく、起こりうる悪い未来をも思索の対象としています。
Dune and RabyによるA/B Manifesto が如実に示すように、スペギュラティブデザインは、グローバル資本主義や人間中心の合理性といった近代的まなざしの元に形成された思考に対する批評的な態度とも言えます。デザイン思考の進展に裏打ちされる肯定的なデザインの流布によって、デザインの営みとその成果は明るい未来をイメージづけてきました。しかし、スペキュラティブデザインにより、デザインが担う役割の多様性が印象づけられたとも言え、これが、スペキュラティブデザインがもたらした真価でありインパクトであったと言えましょう。
更に、デザインが担うこうした批評的態度は、スペキュラティブデザインに始まったわけでなく、古くはArchigramやSuperstudioの提案に見られるように未来の暮らしを投機的に定義することは建築がその役割を担っていたものでした。1970年前後にスペキュラティブな建築が出てきたことの背景には急激な科学技術の進化と資本主義の発達による成長志向経済への夢と危機意識が深く影響していたと考えられます。
こうしてその時代毎にトップランナーは変われども、デザインは「今」起こっていることの延長線上により良い未来を描くことがその全てではありません。今走っている軌道から脱線しながら「今ではない」ことを妄想し可視化することもその重要な役割であったことが確認できるのではないでしょうか。
社会の移行を目的とした総合格闘技としてのデザイン
最後にポッドキャスト収録でデザインストラテジストの岩渕正樹さんと対談したトランジションデザインに関して触れておきます(参考記事)。昨今、サスティナビリティ、リジェネラティブなどといった言葉を日常生活でも耳にすることが増えてきました。トランジションデザインは、こうした言葉によって切り取られる「厄介な問題」に溢れた現在の状態から望ましい未来への移行をデザインする為のデザイン方法論です。
環境問題を克服し、明るい未来社会をデザインすると言ったような耳触りの良い言葉をよく聞きます。しかし、それを達成する為には、絡まり合った複雑な問題を解きほぐし、操作可能な小さな要素に分解したうえで、その問題に対処し続けることしかないようです。トランジションデザインはこうした対処の連鎖に対して有効な手段となり得るのではないかと考えています。
トランジションデザインのアプローチでは、人間以外も含めたステークホルダーの広がり、多元的に存在する現実<リアリティ>とそれに呼応するかのように存在する複数の未来像、こうした複雑な要素をまずはフラットに受け入れたうえで、各要素が生じた背景を歴史的過去に遡って理解し、望ましい未来を描き、その達成に向けたデザイン計画を練っていきます。こうしたことから、トランジションデザインの特徴は、多元性、長期性、学際性を帯びたものと考えられています。
ただこれ等の概念は、演繹的な考えのように大きな尺度に基づくというよりは、ローカル固有の知恵から特殊解を夢想するような帰納的態度と言えます。主体的なローカルが、多元的に寄せ集まるように存在し、グローバル規模の価値探索と価値循環の営みへと連なっていくものとされます。まさに多様なステークホルダーと時空間を越えた交流をしていく総合格闘技のようなデザインアプローチです。
このように、トランジションデザインは方法論としても複雑です。しかし、この先取り組むデザインは、如何なるデザインとて持続可能な望ましい社会へのトランジションを前提としないといけない状況になると考えます。UIのデザイン、プロダクトのデザイン、コミュニティーのデザイン、全てが自然世界への配慮の上に成り立つものと考えます。
地球への配慮とローカル固有の価値の接続
昨今、先に述べた「配慮」は、組織体にとってのパーパスと名前を変えて量産傾向にあります。パーパスは、「配慮」である反面、これまで地球にダメージを与える素材や、人権を無視した労働環境下で作られてきた安価な製品・サービスを作れない、売れない近い未来に対して、結果としてコストの高くなる商品を、製造、販売する為の新たな付加価値としての戦略とも批判的に捉えることができます。
「今でもなく、ここでもない」未来をどのようにデザインするか?この問いに臨むには、人間中心を前提とした価値観と適切な距離を保ったうえで、正しい「配慮」の在り方を模索し続けることだと思います。それ故この先のデザインリサーチは、歴史的時間軸のなかで生じている人間をも含むあらゆる種の絡まり合いへの洞察と、それによって導出される正しい望ましい未来像の提起が今まで以上に求められてくると考えます。
トランジションデザインを支えるキーワードの一つとして、メトロポリタンローカリズムという言葉があります。個人レベルの主張では小さく、国家レベルの政策では大き過ぎるなか、地域コミュニティーといったローカル規模での主体的な連帯がキーアクションになるとされる考えです。小さな文化圏に土着的に存続しているローカル固有の価値と各ローカル同士の接続によって生じる価値体系が、望ましい未来の発掘に繋がるとも期待できます。更にこうした価値の連鎖がグローバル規模にまで発展することで環境問題のような「厄介な問題」への対処法としても機能してくことが考えられます。
IDLでは、様々なデザインプロジェクトが行われています。そのいずれもが、それぞれのリアリティを起点として望ましい未来像を模索しています。当然一元的な枠組みでは解決できず、特殊対応の連続ですが、その様は数々のローカルが繋がりながら全体感を形成する様子と似ており、結果的にIDLのデザイン実践における態度となることが期待できます。こうした局所的で小さな特殊解生成の連続ではありますが、日々の営みとしてのデザインを継続していくことで企業や社会、地球の持続可能性に貢献していく一助となればと考えています。
参考文献
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Rittel, H.W., & Webber, M.M. (1973). Dilemmas In a General Theory of Planning. Policy Sciences, 4(2), 155–169.
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Terry Irwin. 2018. The Emerging Transition Design Approach. In DRS Biennial Conference Series.
川崎和也. 2019. SPECULATIONS 人間中心主義のデザインをこえて. BNN
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