さよならだけが人生か。でもさよならにも言い方がある。(28)

1月21日。
洗濯物をとりに病院へ。
母が退院を心待ちにしてくれているいま、
そして私もまだ自由でいられるいま、
このわずかな隙間がずっと続いてくれたらと
心のなかの、なにもかも保留にしたい気持ちが
頭をもたげてくる。

が、母は確実に衰弱してきているらしい。
夕方に主治医から経過報告の電話。
定期的に採血をして状況をモニターしているが
いよいよ肝機能障害が出てきており、
また、血小板の値が低くなっているとのこと。

現在は1日に点滴1500ミリと
ドパストンというパーキンソンの
薬を入れているが、
いずれ点滴を受け付けなくなり、
最後は皮下注射で水分のみ入れるということに
なるのではないかと推測するとのこと。
その方向で、
「看取り」を前提としたケアでよいか、
おそらく訪問医療の医師から確認があるだろう、
と言われる。
「看取り」は覚悟しているとはいえ、
承認する役回りはやはり複雑な心境だ。

主治医はスピーディーに退院できるように
務める、と言ってくれたけれど、
病棟看護師(ティッシュ5箱の彼女)は、
痰の吸引、清浄ケアの講習を受けるために、
数回病院に来てほしいとのこと。
しかもまとめて日時を予約するのではなく、
初回に訪れたときに、次の予約をしてほしい、
といわれて、ややモヤモヤ。

状況が状況なので、とにかく早く、
物事を進めていきたい気持ちが
大きいのだけれど、
そのあたりに温度差を感じる。

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