さよならだけが人生か。でもさよならにも言い方がある。(36)

1月31日。
昨夜は1時間毎に目がさめて、
母の様子を観察。
毎回、ぱっちりと目を開いていて、
結局一睡もしていないように思う。

そのせいかどうかわからなけれど、
今日の母は機嫌が悪い。
私がなにを話しかけても無視。
聞こえないのかな、と思って、
「聞こえるー?」とたずねると、
眉をギュッと寄せて、首を横にふる。
聞こえているらしい。

朝やってきた看護師さんには
小さくうなずくなど、意思を示していたので、
どうも私に当たっているようだ。
まぁ、私しか当たれる人いないものね。

朝、パッドの交換をしたときに、
尿管のどこかが漏れているらしいことに気づき、
看護師さんにその処置をしてもらう。

午後はヘルパーさんと一緒に全身清拭。
足の位置、腕の位置など、
ヘルパーさんがいいように
ポジショニングするも、
母はずーっと眉根を寄せている。
きっともとの位置がいいのだろうと、
「ちょっと直してみていいですか」
となおしてみたら、眉間のシワがなくなった。
意思の疎通が、
だんだん難しくなってきているのを感じる。

病院で大量の点滴を入れていたことが
おそらく理由だと思うけれど、
母の手足のむくみが激しい。
うちに帰ってきて、点滴を減らしてから、
ずっとよくなってはきたけれど、
それでもパジャマのゴムのあとが、
くっきりと残るので、裁縫箱から
ピッカーを出してきて、
彼女のパジャマの、
足首手首のすべてのゴムを抜いた。

昨晩一睡もしていないだろう母が、
ようやく午後も遅めになって眠り始めた。
が、のどのゴロゴロ音が気になる。
寝ているところを
起こすのもかわいそうだが、
痰を誤飲したり、喉につまらせたりしたら
いけないので、吸引する。

が、それでもごろごろが止まらない。
30分以上あけて、再度試みるが
手応えはあるものの、
やはり取り切れていないかんじ。
さらに、酸素マスクがいつ見ても
落ちているという不安な事態もあり、
看護ステーションに電話。

マスクは、鼻用のコードを使ってみるように、
また吸引は再度試みてみて、
ダメだったら連絡くださいとのこと。

鼻用のコードに切り替えてはみたものの、
ほぼ口呼吸の彼女にとって、
これでよいのか?という疑問。
また、再度吸引するも、
なんとなくうまくいってない
そんな感じがして、気になる。

看護ステーションに電話して
指示をあおいだが、
有益なアドバイスはもらえず。
結局、iPhoneのライトを片手に
母の口のなかを覗き込むと、
なんと、乾燥のためか、
上顎がえらく傷ついて
血がにじんでいた。
勇気を出して、
12ミリの吸引チューブを手に、
血がたまっていそうなターゲットを狙う。
さらに、鼻からもなんとか深く入れられて、
手応えのある吸引ができた、と自画自賛。

朝から機嫌の悪かった母だが、
夜になって、パチっとスイッチが
入ったみたいに私をみつめて、
目に涙をいっぱいにためて顔を歪め、
「不安、不安、不安、不安」と言ってきた。
伝う涙を自分で拭うこともできない母。
切ないよね、つらいよね、と言いながら、
私も泣けてきたが、
「ずっとそばにいるから大丈夫だよ。
お世話させてね。素人で悪いけど」
と声をかけた。

夜9時頃、お休みなさいを言って消灯、
しかしその後も、目をぱっちり開けたまま、
うなされたように何かを言い続けている。
またせん妄に悩まされているようだ。

23時15分ごろになっても状況が
変わらなかったので、
訪問医療のクリニックに電話。
当直の医師に状況を伝えたところ、
「お渡ししてあるダイアップという座薬を
入れてみてください。落ち着くと思います」
とのアドバイス。

初めて母に座薬を入れるということで、
緊張しながら準備をしていると、電話が鳴った。
さっき話した当直医が、
「いまカルテを見たら、1個ではなく、
半個と書いてあるので半分にしてもらえますか」
と言う。
さっきはカルテもみないで
アドバイスしたのだろうか、
もし1個入れてしまった後だったら
どうしたのだろうか、
とふと思ったが、間に合って幸いだった。

座薬の効き目はてきめんで、
うなされていた母が急に静かになって、
目は相変わらず開けたままではあるもの、
寝息のような安らかな呼吸になった。

状況は毎日かわる。

翌日に後悔を残さないこと。
今日でなにもかもが終わってしまったとしても、
これ以上のことはできなかった、
と思えるようにしておくこと。
私たちにできるのはそれだけだ。

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