さよならのそのあとで。<ワクチンとその後の雑談編>

今回は、母の死とは直接的な関係はないお話。

母の火葬が終わるまで1か月半、
日本に滞在してくれた夫が、ロンドンに戻り、
なんと、その翌週にコロナに感染した。

私は、昨年の3月と5月に2回の予防接種は
完了していたけれど、3度目の接種を受けずに
日本にやってきた。
夫のコロナ感染の話を聞くまでは、
接種証明が日英混じるのは混乱を招きそうで、
日本でワクチンを受けるのは控えて、
ロンドンに帰ったらすぐに
ウォークインで受ければいいや、
くらいに考えていたのだが、
夫の話を聞いて、気が変わった。

年始に私の旅行保険が切れて、
国民保険に加入するために
住民票を母の住所に移した際に、
ワクチン接種券の申請書を
市役所でもらっていた。

そこで、申請書に記入し、
身分証明書とこれまでの接種証明を持って
市の健康会館の窓口に持って行ったら、
その場で、接種券を発行してくれた。

「データベースを更新しますので、
来週のはじめには、予約できます」
とのことで、言われたとおり翌週に予約。

英国では考えられないことだが、
どのワクチンを受けるのか
自分で選ばなければならず、
ロンドンに住む友人たちの例を
軽くリサーチし、ファイザーを選んだ。

接種を受ける場所も自分で選べるとのことで、
母が入院前にかかった「ヤブ」で知られる
うちから歩いて3分のクリニックも
そのリストに名を連ねていたが、
そこは避けて、母を看取ってくれた
在宅医療のクリニックで受けることにした。

接種当日、母が病院から退院する際に
力になってくれた看護師さんがいたので、
声をかけて挨拶したところ、
母の最後の主治医も在院しているので、
せっかくなので会っていきませんか、
ということで、接種後に理事長室に
(彼は、医院の創設者であり理事長なので)
通された。

実際に会うのは、母の死亡診断書を
書いてくれたとき以来だが、実は母の死後、
彼とは一度メールのやりとりをしていた。

母の最後の夜の当直医について、
私が抱いた不信感について、
クリニックの問い合わせメールアドレスに
報告したところ、事務局の方だけではなく、
主治医からも、大変あたたかい返信を
もらったのだった。

その後の生活について、
母の遺品整理をしていること、
できるだけ捨てずにチャリティに寄付したり、
ほしい人にあげたりしている話や、
ロンドンへの帰国の時期について、
話はウクライナの戦争の話やら、
彼の最近の学会での報告の話など、
脈略もなく流れて、
まるで、元上司と話しているような
不思議な感覚だった。

考えてみたら、
こんなに不思議な関係があるだろうか、
と思う。

自分の近しい人を、治療してくれた医者は
確かに貴重な存在ではあるけれど、
自分の近しい人を、
苦しませずに逝かせてくれた医者は、
それと同じか、もしかしたら、
それ以上に重要な存在に私には思えた。

「着地のしかたが大切なんだよ」
と最初の面談のときに彼は言った。
急性期治療の病院では、
もう見込みのない患者にも、
治療のための大量の点滴を入れてしまう。
それは、患者の体に負担をかけて、
結果、大変苦しい思いをする、と。
だから、病院での死は、
全速力で飛んでいる飛行機が、
突然墜落するようなものだ、
という言葉が印象的だった。

「ふわっと着地するように
してあげましょう。ふわっとね。
そうすれば辛くないから」

彼の言葉通り、おそらく母は、
ふわっと着地したように思う。
それは18年前、
病院での長いがん治療のあとで、
同じクリニックに看てもらいながら、
自宅で亡くなった私の父も同じだった。

もうきっと、会うこともないだろうけれど、
できることなら、私自身も最後は
こういうクリニックに看てもらって
ふわっと着地したいものだ。

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