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#06  2人目妊活 私が一人っ子を決断するまで 保育園落ちた 経済的な不安 仕事を辞めていなければ…とモンモンとする日々

不妊治療退職をして13年、一人っ子決断して6年。 そんな私が一人っ子を決断するまでの様々な葛藤に関して、綴っています。

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前回の話
第5話

不妊治療退職をしたことで、社会に居場所がなくなったと思った私は、2人目妊活を考えながらも、自分の居場所を求めていました。

そして不妊治療退職は社会の居場所だけではなく、他にも様々な影響を及ぼしていたのです。

社会に居場所が欲しい

前回の記事でも書きましたが、社会に居場所が欲しく、子供が1歳を過ぎた春、私は健診の派遣スタッフとして、月8日~10日ほど働きに出ました。

私が最終的に不妊治療退職を決断できたのは、臨床検査技師の資格を持っていたこと、新卒の会社で健康診断の業務に携わっていたのが理由のひとつでした。

健康診断の心電図測定等は単発の仕事があることを以前から知っていたのです。働きにいこうと思えば、また働けるという思いがありました。

健診スタッフは、3ヶ月の契約更新等がない、短期派遣という働き方でした。この働き方を選んだ理由の一つに、2人目妊娠への思いがありました。
1人目の妊娠中期に大量出血していた私は、働きながら妊娠期間を乗り切れる自信はありませんでした。

だからこそ、あえて正社員での転職活動をせずに、単発派遣という選択をしたというのもありました。ただこの業界は慢性的な人手不足。単発派遣スタッフを囲い込もうと、派遣先も必死だったため、単発派遣でも仕事がない…と悩むことはほとんどありませんでした。

しかし、この単発派遣という選択肢が後々凶と出てしまうことになります。

派遣で働きながら起業

そして、パン教室で知り合った先生たちと、滋賀県でママ向けのイベントを開催していくなかで、健診の派遣スタッフと同時並行して起業することを決めます。

しかしこの時はあくまでもメインは健診での派遣スタッフでした。ただ派遣の仕事も確定申告は個々で行う必要があったので、2015年に個人事業主として開業届を出しました。

前職はある程度自分の裁量で仕事をすることが出来ました。上の承認さえ通れば新しいことにもチャレンジできる環境でした。だからこそ、決められた作業を時間内に黙々とこなす派遣という仕事にはどうしても物足りなさを感じていたのも事実でした。

ただ年齢的には最後のチャンスかもしれないと、正社員への転職を悩んでもいました。2人の子どもを考えれば経済的な不安は出来るだけ取り除いておきたい。それにはやはり正社員、共働きの方がいいのではないか…そんな思いでした。

派遣×個人事業主 正社員への転職 2人目妊活 

まさにこの3つのキーワードが頭の中をグルグルと駆け巡っていたのです。
ただ気持ち的には、「妊活や不妊治療で悩む人をサポートする仕組みがつくりたい」と個人事業への比重が徐々に大きくなっていきました。

今、思い返してもあの当時はいつ寝ていたのだろう?と思います。

健診の仕事がある日こそ、実家に子供をお願いしていましたが、それ以外は週に1回~2回、認可外の一時預かりを利用するぐらいで、後は自宅保育をしていました。

それこそ子供を寝かしつけた夜中、2時や3時ぐらいまで個人事業の仕事をする日々を送っていました。

そんな風に、2足のわらじで働いていた私に衝撃が走ります。

保育園落ちた

当時は、単発派遣とはいえ、1年通して月に10日ほど派遣スタッフとして仕事をし、開業届も出し、青色申告もしていました。

また1歳や2歳の入園ではなく、3歳を過ぎての入園。多分保育園に落ちることはないだろう…そんな風に思っていたのです。

それがまさかの落選。年少の春で認可園に入園することが出来ませんでした。

仕方なく一時保育でお願いしていた認可外へフルで通わせることにしたのです。
もう1年、一時保育を利用しながら、家庭保育をするという選択もありましたが、集団の中で生活してほしいという思いの方が強かったというのもあります。

ちなみに、認可外保育園の費用は延長を含めて8万円前後。確かに都会よりは安くすむものの、派遣でのお給料はほとんど認可外の費用として消えていきました。

会社員時代にあった貯金がどんどん減っていきました。正直経済面だけを考えれば、派遣をやめて、個人事業も内容を縮小して、幼稚園に通わせた方がよかったはずです。

実際に、市の職員からは遠回しに幼稚園を何度も勧められました。

それでも頑なに「派遣×個人事業主」をやめなかったのは、私の意地でもありました。何より、ここで諦めれば、私は一生不妊治療退職したことを後悔し続けると思ったからです。

ただ、当時は保育園落ちたという現実と向き合うたびに、仕事を辞めたことを後悔し続けていました。

3歳を過ぎていれば入園できるはず…という私の見立てはものの見事に崩れ去ってしまったのです。

派遣×個人事業主で2人も認可外は無理

この頃から少しずつ2人目妊娠に関しては、諦めの気持ちが出てきました。

ここで仮に2人目を授かっても、仕事はどうする?保育園はどうなる?という不安が頭のよぎりました。

今の働き方ではまた認可園には落ちるだろう。1歳の認可外だと10万以上お保育料。とてもじゃないけど、今の働き方でこの費用を払う気にはなれない。
そうなると仕事をセーブするしかない。
そもそも子供2人を育てるのに、私がこんな不安定な働き方でいいのだろうか?経済的な面も考えると、やはり2人目は難しいのではないか…そんな思いが頭の中を占めるようになりました。

不妊治療退職していなければ…経済的な不安も保活の問題も、こんなに思い悩む必要もなかったはずなのに…当時は、ただただそんな感情が頭の中を駆け巡っていました。
(地域柄、正社員であれば保育園に入園は可能でした)


本日はここまで。
最後までお読みいただきありがとうございます。

社会の居場所、経済的な不安、認可保育園へ入園出来なかったことから、少しずつ気持ちは一人っ子に傾いていきました

第7話では2人目妊活への終結への思いについて綴っていきます。

このシリーズは「子供は2人」という考えに何も疑うことなかった私が、不妊治療、不妊治療退職、出産を得てひとりっ子を選択するまでの心情の変化を、10回に渡って綴っていきます。

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