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【異端の鳥】ホロコーストから逃げ続けるしかない少年の行く先は希望か。絶望か。

「異端の鳥」は前から評判を聞いておりこれまでレンタルショップで探しても中々見つからなかったが、アマプラに先日配信されていたようだったのでようやく観た。

あらすじ
第二次世界大戦中の東欧のどこか。ホロコーストを逃れ、1人暮らしの叔母を頼って田舎へ疎開してきた少年。しかし預かり先の叔母が病気で急死。さらに火事に見舞われ、住む家までも消失してしまう。身寄りをなくした少年は、1人で旅に出てさまよい歩く。行く先々で待ち受けていたのは、彼を共同体の異物と見なす人々だった。周囲の人間たちから酷い仕打ちを受けながらも、少年はなんとか生き延びようと必死でもがき続ける。

この映画は全編白黒で約3時間ある。BGMも無ければ会話も必要最低限しかなく、人間たちの動きや表情を中心に物語はすすんでいく。

これだけでも見る人はかなり選ばれ、現代ではなおさらに余程映画好きでなければ観れないだろう。ユダヤ人の迫害も描かれてはいるが、この映画の主は戦時中の庶民たちの人間模様や醜さがリアルに描かれている。とある映画祭では途中で観るのを辞めてしまう人も多かったようだ。

個人的には映画としてとても好きな作品だった。
全編白黒にしていたのは人間の醜い描写をなるべく直視できるように中和させるためだったのだと分かる。
またサントラが一つもないのも「映画作品」として安っぽくならない。
描いているものが描いているもののため、当時の環境や大人たちの本性をリアリティとして見せるにはこの上ない見せ方であった。
会話がほとんどなかったのも同じ理由でも分かるし、映画という表現技法として言葉ではなく映像として見せるという強い気概を感じた。
ただこの時代に言葉や音楽に頼らずに観客を飽きさせずに見せるというのは中々できることではないが、独特の間やオムニバスという形でテンポよく編集で惹きつけられ約3時間ではあるが飽きずに観ることができた。

物語はホロコーストから逃れた少年が親の迎えを信じて叔母の家へと頼るところから始まる。しかし叔母は急死してしまい驚いた反動で手に持っていた火が家に燃え移り跡形もなく焼かれてしまう。
それからは親元の家を求めながらも村の宗教家に使用人として買われて働いたり、軍に捕まりそこで面倒を見てもらったりと行く先々の迫害や出会いによって場所を転々とする。
ホロコーストの映画は基本的にユダヤ人の迫害や虐殺を主に描かれるが、この映画は少年の逃避行を通じて村で暮らしている庶民や軍人たちの人々の模様を描いている。

少年が大人たちから逃げてきて見えるのは軍人より庶民として村に過ごしている大人たちの方がよっぽど本能的で善悪の判断もなくなってしまっているということだった。
訪れた村、そして家という共同体の労働力として参加してもそこに人権は認められない。あるのは大人たちの複雑かつ醜い鬱憤晴らし。大人同士の争い。その後逃げ続けてきた先に出会ったソ連の兵士に面倒をみてもらい共産主義を教えこまれる場面もある。軍人の元から離れた少年は通りすがりのおじいさんを襲ったり銃殺をしたりして食料や衣服を手に入れて生き抜き始める。

最後は実の父親と再会。地獄を見てきた少年は一時は父に恨みを持つが少年は既に希望もなく絶望を知る大人となり父の腕に刻まれた番号を見て状況を悟ったまま終わっていく。
戦時下であるためにある種別世界のようにも見えるが子供は大人を異常に観察しどうすれば共同体の一員として受け入れてもらえるかをよく考えている。そこで受け入れてもらえなければ逃げ続け、受け入れてもらえる場所を探すしかない。少年の場合は庶民ではなく神父であり国に心をささげている軍人だった。大人から見て教わったことをもとに少年は生きるための選択をしていき大人になる。純粋な少年が劣悪の果てを生きた先は殻に閉じこもり名前すらも忘れ己を捨てていくことであった。

ユダヤ人への迫害も生々しく描きながらも、それでいて訴えがましくなく淡々と進んでいくのも作品として良かった。
説明もなく余白が多いため難しい映画にはなっているが、分かりやすくシンプルな映画ばかり作られる昨今を見ればこういう映画こそこれからも評価されてほしい。

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