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#16 短編空想怪談「何もない部屋」

その部屋は特段何か噂がある、事故物件だとか幽霊がでるとか、そんな話は無いし、内見の時も不審な所は無かった。
陽当りのいい2階の角部屋、キッチンも風呂場もリフォーム仕立てでピカピカ。

僕は一目でその部屋を気に入り引っ越すことにした。

週末は友達を呼んでどんちゃん騒ぎ、休みの日は映画やゲームを爆音で遊んでもクレーム一つ来ない。
というのも、下の部屋にも隣の部屋にも住人は居らず、他人を気にする必要もない。
女の子だって呼び放題。
引っ越してきて一年程が経っていた、その時も合コンで知り合ったやたらとノリのいい女の子と話しが合い、そのコをお持ち帰りして…、と思っていたらその女の子がウチの前まで来て、突然「あ、無理だ。」
と、ポツリと言い出した。
え?っと思い、女の子の顔を見るとさっきまで酔って顔は赤いし、目もトロンとしていたのに、合コンの時のノリの良さがウソの様に無口になり、目付きは敵意に満ちてギラっとなり、顔色は青白くなっている。

僕はここまで来て女の子を連れ込めなくなるのは絶対に嫌だったので何とか家に入れようとするも、「無理ですね、入れません」と数分前とは別人の様に冷たい一言。
僕が「じゃ、ホテルに…」と言いかけても、「無理です、タクシーで帰ります」ともはやテコでも動かない意思表示。
酔っ払っていた僕も、女の子の冷たい言い方にカチンときて、「分かったよ!じゃ帰れよ!」と怒鳴ってしまった。

それにも女の子は怯むどころか、その場で直ぐケータイを取り出し、淡々とタクシーを呼び、僕は一人で部屋に戻る。
程なく、外で車が止まる音がした、たぶんその女の子が呼んだタクシーだろう、窓から覗くとやっぱりそうだった。
女の子はチラっとこちらを睨ので、怒りが収まらない僕も、睨み返す。

タクシーは去り、夜の静けさが自室に戻る。
「なんだよアイツ」
そんな事を思いつつ、気分の悪いまま床に着いた。時間は2時を過ぎていた。
その夜、ある夢を見た。
どこか分からない場所。
辺りはビル群で高い場所の様だ、どうやら自分は屋上に居るらしい。
一瞬、身体が浮いた、その瞬間

グシャ

という嫌な感覚が身体を突き抜けた。
「うわ!」
驚き飛び起きて確認すると、ベッドから落っこちていた。
びっくりした。ベッドから落ちるから、落ちる夢を見たのかと、我ながらベタな夢の見方だと苦笑した。

その次の日も夢を見た。
その日は仕事も早く終わり、外で一杯引っ掛けて酔っ払って帰ってきた日だった。
その日の夢は風邪を引いたのか、やたらと薬を飲む夢だった。
手当たりしだい、家にある薬というクスリを胃に流し込む。
そして一気にその薬の山を焼酎で流し込む。

途轍もない吐き気に襲われ、気づいた頃には時既に遅し、ベッドに行くのも、メンドーでそのままリビングで寝ていた為に、リビングは自分の吐瀉物塗れ。
「あーあ、やっちまった…」
応急処置的にとりあえずバスタオルを一枚捨てる気持ちで、飲酒後に一回睡眠を挟んで、少し早めの二日酔い気味の頭を抱えながら、その吐瀉物を掃除した。
掃除をしてる途中、床にあるものが転がってる事に気づいた。
風邪薬だ。
「なんでこんな所に」
少し疑問にも思ったが、血中のアルコール分解で大慌ての頭は思考も感情も、考える余力を与えてくれない。

そしてまた次の日も、夢を見た。
その日は残業で外で飲むには終電を気にしなければいけない時間だったので、早々に帰宅。
コンビニで夜食を買うついでに、明日の古紙の日の為にビニール紐も買い足した。
食事を終え、明日の準備をして、2時前にはベッドに入って眠る事が出来た。
その日の夢は自宅だった。
ビニール紐をドアノブに掛け、ドアの上を通し、反対側に輪っかを作り、そこに首を掛ける。
血の気が引いて行くのが分かる。
視界がだんだん暗くなり、目が見えなくなる。

そこで目が覚めた、気味の悪い夢にバッと上半身を起こすとベッドの周りにビニール紐が散らかっている。
「嫌な夢だな…」と思い首を触ると、ビニール紐が巻き付いている。
背筋にゾワリといやな寒気が走り、直ぐにそのビニール紐を首から外そうとした瞬間、脇の下が激しい痛み訴え、動きが鈍くなってる事にも気付いた。
どうも寝ながらそのビニール紐を外そうと腕を激しく動かして、もがいていたらしい。
「流石に3日連続でこの夢の見方はおかしい」と思い、家を出てその日は近くのネットカフェに行くことにした。

ネットカフェでくつろぎながら、悪夢の原因を探す。どう考えてもあのコ。
ウチの前に来るも、結局ウチには入らなかった女の子。

何かを見たのか、何かを知ってるのか。
解決策か何か分ればと思い連絡をする。
LINEを開くと『〇〇は退出しました』の表示。アカウントが消されている。
しかし、僕は抜け目なく「電話したいから番号教えてよ!」と必ず目当ての女の子には電話番号聞いていたので、過去の下心丸出しの自分に感謝しつつ、そちらに電話を掛けるが、電話に出たのは冷たい機械音声だった。
『お客様がお掛けになった電話番号は現在使われておりません』

「そんなバカな!」
この3日の内にLINEのアカウントを削除した上に、電話番号の変更もしてる。
信じられなかった。
なんとかあのコと連絡を取ろうとあの合コンで一緒に居た友達にも連絡を取り、取り次ぎ出来ないか試みたが、やはり繋がる事は無かった。

というより、そもそもそんな女の子はその場には居なかった事がそこでわかった。
僕はあの時一人で帰っていったのだ。
じゃ、あのコは?
あのタクシーは?
そしてあの悪夢は?
部屋に問題があるのか?
あの女の子自体が元凶なのか?

結局ネットカフェでは恐怖で一睡もできず、そのまま出社した。

昨夜の連絡を受けた同僚が事の顛末を聞きに来た。
自分があの時、一人の女の子を連れ込もうとした事、この3日間の悪夢の事。
信じてはいなさそうだったが、不憫に思ったのか、その日は同僚の家に泊まることにした。

その夜、悪夢を見る事は無かった。
そして、その次の日は自宅に戻り、引っ越しの検討をしながら恐る恐る床に着くも、悪夢は見なかった。
そして次の日も、また次の日も、それから悪夢を見ることは無かった。








結局、あの悪夢は何だったのか。
あの女の子は何者だったのか、それは分からない。
分かる事は何者かが、明確な殺意を持って僕に自殺をさせようとした事だけだ。

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