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#15 短編空想怪談「見てはいけない人」

私は某引っ越し会社に勤務しているのだが、
いや、勤務していたと言ったほうが正しいんだけど…
そこにはいつもニコニコしてる田中さん(仮称)という人がいる。
田中さんはいつも本当にニコニコしていて優しい人で怒るところを見たことがない。

私も何回か同じ現場になったことがあるが、どんな理不尽なクレームや、無理難題にも文句一つ漏らさずニコニコしながら仕事をする。
そして田中さんは時々おかしな予言をする。

「このお客さん、たぶん半年もしたら引っ越すと思うから覚えといて損はないかもね。」

その半年後、おかしな予言は的中した。
私はその後の、件の現場には当たらなかったから分からないのだけど、予言されていたお客さんの家は特に何もなく、というか、前回の引っ越しから家財がかなり減っていて、他の現場と比べると、異常な程に楽な作業だったという。

その現場に行っていた誰かが「また田中さんの予言当たりましたよ!」と言った。
それを聞いて田中さんは「大丈夫?」と聞く。その人は大丈夫だと言ったが、どうやら田中さんが聞きたかった答えではなかったらしく、それに対して田中さんが一言付け加えた。
「気を付けてね」と。
その何日か後、その人は大怪我をして会社に来られなくなった。

田中さんが心配したのは作業の進み具合や、ラクさではなく、その人自身の事だったのだ。

それから程なくして、田中さんと私が同じ現場に行くことになった時だ。
「今回のお客さん、もう引っ越し5回目だから、ウチの作業のやり方とか色々分かってて、楽だと思うよ」と田中さんがその日の一緒の作業員に話す、そしてある一言を言った。
「でもね、気おつけてほしいのはお客さんを見ちゃだめだよ。」
私がなんでですかと聞くが、田中さんは答えず他の作業員の人が「大丈夫だから!そのお客さんに限っては田中さんに任せな!」と言われる。

なんとなくは嫌な予感がした。
ニ、三十分で現地に到着し、田中さんはお客さんの下へ行き、自分達は部屋からトラックに至るまでの廊下をカバーで保護して準備をする。
作業は滞りなく終わり荷物を旧居からトラックへ移し替え、これから移動するぞという時、田中さんが慌ててトラックまで来て、「ごめん!お客さん同乗したいって言って聞かないんだ!だから悪いんだけど、みんな電車で向かってくれない?」
これは引っ越し業者としてはかなり異常事態だ。
聞くと、上乗せ料金も作業の遅れも構わない、それでも良いからトラックに同乗したいというのだ。
本来であれば、無理なお願いなら状況によっては業者が断る事も可能なのだが、どうやら事はそう簡単ではないらしい。
そう察した別の作業員が分かりましたと言う。
私もそれに従うしかなかった。

幸い電車での移動時間と車での移動時間は変わりは無く、そこまで作業の遅れが出ることは無いと思われた。
私達は電車で移動して新居に向った。
到着すると、まだトラックは来ておらず、その場でトラックの到着を待っていた。
五分ほど待っていたら会社のケータイに連絡が入り、田中さんからもうすぐ着くという連絡だった。
それを聞いて他の作業員は「分かりました、隠れます」と答えた。

意味が分からずどういう事か聞くも、いいからとにかく隠れようと言われるがまま、新居の脇に向かった。
その時、私達の横をお客さんが同乗したトラックが通っていった。
同乗していたのは初老の男性だった。
なんだ、大した事ないじゃないか。
お客さんもこちらに気づいてる風も無かったし、恐らく、というか姿を見たらクレームを入れるお客さんもいないのだから、問題はないだろうと思われた。

新居への搬入作業も終わり、会計やその他諸々の書類整理や他の作業も終わり、事務所に着いたのは夕方だった。
仕事の終わりかけ、「みんなあの人見なかったよね?」と田中さんが念を押した。
みんな見なかったと口を揃える中、私は正直に「あ、見ちゃいました」と言うと場の空気が一気に凍りついた。
田中さんは目付きが変わった。
そして「そうか…」とだけ言って、そのまま事務所へ入り、その場で部長が私にクビを言い渡した。

明くる日、突然の解雇通告を受けて放心していた私の下に部長が来た。
部長は「これ、退職金と、気休めかもしれないけど御守り。」
私はそんな物はいいからと部長に突然の解雇通告を抗議した。
すると部長は「君、見たんだよね?あのまま会社に居たら死ぬよ。」
解雇通告の次は死の宣告、戸惑ったが、部長に問いただすと、部長はある話しをしてくれた。

以前にも、あのお客さんの引っ越しを請け負った事。
その時も田中さん、そして数名の作業員。
最初は偶然かと思われたが、あのお客さんを見た田中さん以外の作業員は全員、事故や病気でその数日後には亡くなっている。

対策が考え出されたのは三回目の引っ越しの時だった。
お客さんに会わなければ、もとい、見なければ影響は無いということが分かり、そうしてあんな歪な作業体型になっていたこと。
部長も気になり、田中さんに、あのお客さんは一体何なのか聞いたが田中さんは、「聞かない方が良いですよ。僕も見たくなかった。」と言っていたという。

少なくとも田中さんは何かを見ているし、知っているがそれを知る術はない。

「私が知ってるのはここまでしかない」と部長は言って、暗に“これ以上聞いてくれるな…”と言いたげだった。
私は分かりましたと答えるしかなく、その後、部長を見送った。

それから数週間後、家の中で何かがバキッという音を立てた。
音の出どころを見ると、御守りから血が滴っている。
気味が悪く、その御守りは直ぐに捨てた。
部長にも連絡しようとしたが、何も教えてはくれないだろうし、そもそも何かを知っているとは思えなかった。
田中さんとの個人的な連絡先のやり取りはなく、結局その御守りが何なのかは分からない。








その後も私は何事もなく生きてるし、見てはいけないお客さんも、正体は分からない。
たぶん、知らない方が良いんだろう。

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