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#23 短編空想怪談「異質な存在 後編」

祖母曰く
どんな人や動物、果ては植物まで、万物の全てには痕跡が残るものらしい。

ましてや、それが人間であり、生前にいろんな人やモノに影響を与えた人物なら当然物理的にも、霊的にも痕跡が残るという。
例えば建築業を営んでいた人なら、その人が作った家や建物が物理的にも残るように、霊的にもその人の思念、プラスの方向かマイナスの方向かは様々だが、必ず何かが残る。

それが一切合切何も残らず消え去っている。
無を探すという途方も無い旅が祖母の中で静かに始まった。

そしてここから先は、私の母が話してくれた、祖母の最後の行動だ。

初めに祖母がしたことは、祖母の母が残した物理的な物から祖母の母の思念を探す事だった。
母がつけていた日記、生活道具、仏具、母が好きだった場所など、生家の中を手当り次第にひっくり返して、母の残した霊的な痕跡を物理的角度から必死で探る。

が、やはり見つからない。
日記に気になる記述や、生活道具、食器や料理器具や着物を調べても感じられる祖母の母親の思念は無かった。

次に祖母がしたのは、あの働き者の青年。
青年の家は下山した村の西側にある。
両親の居なかった青年の家は空き家となり、管理する人もおらず、そのまま廃墟になっていた。
その空き家に祖母は行くことにしたのだ。

明くる日、老齢で言うこともあまり聞かない身体を引きずりながら、祖母は頼りの右手と両足を持ってして下山、青年の残した霊的痕跡を探すために空き家に向かう。

下山して一時間ほどすると、青年の家が見えてきた。
なんの変哲も無い、茅葺き屋根の平屋。
ただ一点、祖母はある違和感を感じた。
それが何なのか、この時は知る由も無かった。

玄関を開け、一旦中に入る。
一礼をして、部屋に上がり休憩を取りつつも家の隅々まで見えない痕跡を探して、精神を研ぎ澄ませる。
目には見えないが、微かに、けれど確かに違和感がある。

青年が溺死した風呂場、そこから何かを感じる。

休憩も程々に、風呂場を覗き込むと違和感の正体が匂いとして祖母の鼻を突いた。
見た目はごく普通の風呂場、多少劣化はして、所々壁が剥がれていたり、木の風呂桶は朽ち果ててはいたが、明らかに使われなくなって、数ヶ月も経ったこの風呂場から有り得ない匂いがする。

焼き焦がした匂い

木や草じゃない。

動物を焼き焦がした匂い。

恐らく、人

やっと見つけた痕跡。
それは人が焼き焦げる死の匂い。
戦時中、なんども嗅いだあの地獄の様な悪臭。
しかしなぜ?
戦争も終わり、もう何年も経つのに。
疑問は残るものの、この匂いは現実世界からの匂いとは到底思えず、祖母はその匂いを記憶し、一旦青年の家を後にした。

その数日後、祖母は匂いのヒントを得る為、過去に火に纏わる事件や事故、他にも村の伝承や歴史的記述から火に関する記述を探すため、図書館を訪れた。

焼ける匂い
焦げる匂い
人の匂い
炎の匂い

匂いの記憶と火の情報を探す内、ある
伝承の記述に行き着いた。

それはこの村に伝わる火の悪霊の伝承。
そしてそれを裏付けるような、傷ましい事件。

時は1500年代まで遡る。
それまでその村には、別の民族が住んでいた。
しかし、戦乱の最中、村同士、村人同士の食料争いの戦が始まった。
初めは些細な、諍いに過ぎなかったが、次第に諍いはエスカレート、食料争いの憎悪はいつしか村人同士の憎悪そのものと化し、双方に取ってなんの利益が無いにも関わらず片方の村の村人が、一人殺し二人殺し、またその復讐で一人殺され二人殺され…
最終的には片方の村が、相手の村を全て焼き払い、その村を全焼させたのだ。
その後、片方の村を焼いた村人が焼け野原と化したその土地に入植、村を拡大させたのだ。

その後、太平の世が来て、一時の平和がその村に訪れたが、ある事件が頻発する。
火災だ。
火元の原因は不明、また火災が起きるのは決まって深夜、そして必ず一人以上の人間が焼死体で見つかる。

「祟りだ」

誰かがそう言った。
嘗てこの村に住み、争い、自分たちが焼いて皆殺しにした、あの村人達の祟りだ。

村人達は祟りを恐れ嘗ての村の住人達の怒りを鎮める為。
その村の中心に木を植えた。

その村に於いて、木は土からの力を空へ開放し、浄化させると信じられていたからだ。

それから、不審な火災は無くなったという。
・・・・・・・

祖母が見た記述にはそう記して有ったそうだ。
だけど、なぜ今になってこんな事になっているのか?
共通性も炎や焼ける匂いというだけで、この事件、伝承と関連付けるのは難しく思えた。
帰り道、村の中心にある木を祖母は見ていった。

その時、久しぶりの感覚が蘇った。
母だ。
そしてあの青年の気配もある。

にわかには信じ難かったが村の中心の木から彼らの気配を感じる。
コミュニケーションは計れなかった。
もはやその木と一体化していて、人の魂では無かった。
けれど懐かしい。
そしてそれと同時に分かった事がある。

その木はもう死んでいる。

そして何百年と祀られた木の中で、嘗ての村人の怨霊は長い時間を掛け、悪霊となり、人知の及ばぬ悪魔となっていた。

「これはマズい」
祖母は直感的に思った。
このまま放って置けば、この村にの住人全員がこの木に飲まれる。
そう思った。

直ぐに祖母は行動に移した。
村役場に行き、村の中心の木を神主さんか誰か力の強い人にお焚き上げなり、とにかく手を打った方が良いと。

だが、村役場の人は手を付けようとしなかった。
ああだこうだと、言い訳をして手を付けようとしない。
しかしその表情には明らかな恐怖が滲んでいた。
怖いのだ、あの木が。

だから誰も世話をせず、放ったらかしにされ、やがて木は、寿命を迎えて死に、そして浄化されずに木に残った怨念だけが、じわじわこの村を犯している。
その犠牲者が祖母の母やあの青年、もしかしたら気づかないだけで、まだいるのかもしれない。

役場を後にした祖母は帰り道で思った。
「私だけで何とかしよう」

後日、ある日の深夜、祖母はたった一人でその木の前に立っていた。
酒、塩、水、蝋燭、線香、菊の花。
どうすれば良いか分からない為、思いつく限りの全てを、ありったけ持って来た。

木の前で蝋燭に火を灯し、酒と菊の花を置き、いつものように語り掛ける。
応答は無い。
線香を炊き、塩で浄める。
そして、自宅の井戸で採れた山水。
それらを木の前に置き語り掛ける。
応答は無い。

無言のまま、時間だけが過ぎていく。
蝋燭の火が揺らめいた。
次の瞬間、蝋燭が倒れ小さかった筈の火が瞬く間に木を燃やし尽くした。
巨大な火柱が立ち上ると同時に、炎に混じって人の声が聞こえる。
おぞましい叫びだ。
よく聞くとそれは母や、あの青年の叫びに聞こえる。
その他にも大勢の人間の叫ぶ声がする。
嘗て焼かれた500年前の住人達、この木に飲まれた、母、青年、数々の人々。
余りの悍ましさと痛ましさに、直ぐに火を消そうとしたが、ある考えが浮かび、祖母の手が止まった。
「もうこの木は悪魔だ。
今ここで焼いて始末しないとさらに被害を増やしかねない。」
そんな考えが過ぎり、火を消せなかった。
ただ、身体は消したいと思っているのか、唯一残った片腕が山水を持ったまま離してくれない。
そして、木から声がした。
言葉だ。

「火を消して」

それは紛れもなく祖母の母の声だ。
しかし、祖母は火を消さなかった。
むしろその声で祖母は火を消さない決意が固まった。

祖母の母は強い人だった。
自分の為に周りを犠牲にする様な人じゃなかった。

これは断末魔。
最後の足掻き。
人を騙して、その魂を喰らう恐ろしい悪魔の最後。

祖母を騙そうとする、
卑劣な悪魔の最後の声。

そのまま、祖母は木が焼けるのを見ていた。
夜が開ける直前、火柱を見つけた消防団の人が、消火活動を開始。
その頃には木も燃え尽き、叫びも聞こえなくなっていた。
残ったのは真っ白な灰。

その後、祖母は放火の疑いで数日間勾留され、そのまま留置所の中で息を引き取ったらしい。


・・・・・・・

留置所看守の証言。
「あのお婆さん、最後に『死にたくない』って言ったんです。
ただ、その声がおかしくて…、いろんな人の声が混ざってるような、気味の悪い声でした。」

これが私の祖母の最後だったらしい。
この話しは私の母から大人になってから聞いた話しだ。
どういう理由でこの話しをしてくれたのか、その理由は未だに定かではない。

最後に、祖母の最後に関する憶測だが、
木は確かに燃やし尽くしたのだが、悪魔を殺しきる事はできなかったのではないか?
そしてやむを得ず悪魔を身体に取り込み、その直後から祖母はもう、死んでいたのではないだろうか…。
勾留所で最後の祖母の言葉、最後の声がおかしかったとの証言が、私が思うに、既に祖母は祖母ではなかったと思えてならないのだ。

つまり、留置所に居た祖母は祖母の身体に乗り移った悪魔。
あの木の悪魔に身体を受け渡し、身体の寿命によって悪魔を葬った。
私にはそう思えてならない。
ただし、憶測の域をでないのだが…。


私はそんな祖母をどう想えば良いのか分からない。
そんな事があったにも関わらず、未だに祖母の居た村は現存する。
祖母があの村を護った事には違いないのだが…。
あの悪魔が住んでいたあの村を。

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