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#20 短編空想怪談「上階の音」

僕の部屋はマンション5階建ての3階。
1LDKで一人暮らしには少し広めだが、僕が大学生時代にせっかく父が「お前も大学生なんだから、そろそろ一人暮らしくらいしろ。」と、探してきてくれた、良物件だったのでそのまま、そこにはもう10年以上は住んでいた。
大学を卒業後も、特に彼女や親しい友人が居るわけではなかったので、社会人になった今もその家に住み続け、今は家と会社を往復するだけで、何ら変わりの無い毎日を送っていた。

でもある日を境に上の階の部屋から物音がするようになった。
いつからか、上階に住人が引っ越してきたようだ。
外から自分の部屋の、上の部屋を見ると洗濯物がかかっているのが見えた。
このマンションはよく、転勤などで一時的に引っ越してくる人が多いようで、前にも上の階に引っ越してきて、約一年程でまた引っ越して居なくなる事があった。
今回も一年かニ年かで引っ越すのだろうと、なんとなく思っていた。

自分でもあまりいい趣味とは思えないが、洗濯物からなんとなく住人の構成は伺えた。
おそらく父、母、子供一人、という三人家族構成。
物音も大人の足音と子供の足音が混じっていたので、多分そうだろう。
父親は多忙のようで、深夜0時くらいに帰ってくる事はザラにあった。
というのも、旦那さんが夜遅くに帰ると、恒例行事の様に夫婦喧嘩が始まり、終いには子供の泣き声まで響く事がある。
「勘弁してくれ…」とは思いつつ、そこまで激しい夫婦喧嘩自体はしょっちゅうと言うことは無かったので、特にマンションの管理会社に連絡をすることも無くそのまま流していた。

半年程過ぎた頃、ある事に気がついた。
深夜に父親が帰ってくる事が無くなった。
「あー、夕方か夜遅くなる前に帰れる様になったんだ、良かった。」と他人事ながら、なんとなくは心配していたし、子供もまだ小さかったようなので、少し安心した。
でも、どうやらそうでは無かったらしい。
足音が減っている。
日曜日や祝日になると賑やかだった上の階の物音が大人一人と子供一人分しか聞こえない。
ある朝ふと気になり出社途中に振り返って自分の部屋の上の階のベランダを見ると洗濯物も減っている。
男性物の服が無くなっている。そして、女性物の服と子供の服しかない。
それと、明らかに異常に感じたのは母親の物らしき女性物の服が以前より派手になっている。

「どうしたんだろう…」と心配になるが、現状は分からないし、自分ができる事はないので、それ以上はなんとも知りようがない。

その内、怒鳴り声や子供の泣き声も以前よりも、さらに激しくが聞こえる時もあり、いよいよ異常な事態が起きてることは明白になってきていた。
そうした鬱々とした声が上階から聞こえてくる生活を一ヶ月ほど過ごし、「さすがにそろそろ役所に連絡を入れるべきか…」そう迷っていた頃だった。

ある日、上階からの怒鳴り声がパタリと止んだ。
「引っ越したのか?」
そう思っていたが、子供らしき小さい足音は聞こえる。
しかし、ベランダに干されるはずの日々の洗濯物は無く、人が住んでいるような気配は外からは感じられなくなっていた。
程なくその小さな足音すらも消え、完全に上階からは人の気配は無くなった。

「とにかく、解決したなら良かった」と、もうあまり考えたくもなかったので、そのままどこに相談するでもなく、自分の中で上階の事は気にしない事にした。

年が明け、1月も終わりに近づいた頃の事。
それは突然起こった。
その日はたまたま休みで、一日中自宅にいた時だ。
15時頃、上階から久しぶりの物音。

“ドン”

何かが倒れた、もしくは落ちたのか。
そんな鈍い音がした。
この日を境に毎日同じ時間、15時前、もっと正確に言えば14時53分きっかりに、この不可解な物音は、上の階から僕の部屋の天井に響いていた。

警察が僕の部屋にやってきたのはこの物音が聞こえた始めた日から数日後だった。
主に聞かれたのは上階の事。
何か争ったような音は聞こえなかったか、上階の住人と面識はあったか、異常な臭いや何か自室に異変は無かったか、色々聞かれたが特に答えられる質問は無かった。
強いて言えば先日から、上階から“ドン”という音が毎日してる事だけ。
それだけを警察に伝え、それ以上の事は何も答えられなかった。

「上の部屋で何かあったんですか?」
ここまで聞かれて、こちらから疑問が出ない事は無かった。
なにせ上の階には誰も居ないと思いこんでいたし、ここ数日聞こえている、あの“ドン”という物音も気になる。

聞くと、上の階で女性と子供の遺体が発見され、女性の遺体は頭部を身体から切断されていたそうだ。
母親が亡くなったのは3ヶ月ほど前で、それから家賃を滞納、3ヶ月分の家賃が滞っていた事を知らせに管理会社の社員が訪ねた所、遺体を発見、今に至るという。

その話しを聞いて気味が悪くなり直ぐに実家へ一時戻る事にした。
後日、実家で寛いでいると、母親がワイドショーで得た情報をご丁寧に報告してくれた。
まさに僕が住んでいたマンションで起こった母子無理心中事件のニュースだ。

ウワサ好きの母曰く、その一家は引っ越してきてから、その数ヶ月後に離婚。
父親はおらず、母親が一人で子育てをしていたが、昼のパートでは稼ぎが足りなく、夜の水商売でも働き始めたが、次第に体力的、精神的に追い込まれた母親は自宅で子供を殺害、自身も首を吊り自殺。
そしてそのまま3ヶ月が経過し、遺体は腐乱。
吊るされていた母親の身体は首から千切れて頭と体が床に落下したのだという。

この音か。

その話しを聞いて、父には悪いが直ぐに引っ越しを決意。
自宅の片付けもあったので、一ヶ月ほどは戻ったが、やはり決まってあの時間、音がした15時頃、“ドン”という音が上階から聞こえてくる。
気のせいかもしれないが、事の全容を知った後はより鮮明に聞こえてくる気がした。
その度にある感想が頭を過る。
「あぁ、落ちた時間だ…。」と。
嫌でも上階の親子に注意が向いてしまう。

引っ越しは無事に終わり、僕は学生時代から約10年慣れ住んだ部屋を後にした。
ただ、一つ謎なのは、あの“音”の3ヶ月前、その頃には母子は共に死んでいたはずなのに、数日間はまだ小さな足音がしていた。
あの子供の足音は何だったのか。

本当に母親は子供を殺害したのだろうか?
もし、無理心中ではなく、
母親だけ先に自殺を図り、子供だけ取り残されていたのなら。
もし、それに僕が気づけたなら、子供だけでも、助けられたのか?
いや、僕がもっと早く児童相談所等に連絡すれば母親も救えたのか?




………、








今となっては、どうしようもない。

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