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#6 短編空想怪談「観客」

1週間ほど前、ソイツは突如現れた。
ある日の朝、いつも通りの出社で自宅から、会社に向かう途中の踏み切りで、ソイツはずっと立っている。

朝も夜も。
会社から帰ってきて、夜になってもソイツは居た。かく言う自分もソイツの存在に気づいたのは、消える3日前くらいに気づいたのだが。

毎日通る道に、同じ黒いスウェット、同じ黒い帽子を深く被り、人通りも関係なく、踏み切りの横に立っている。
他の人も気づいているのだろうか?
いや、そんな素振りはない。
でも、明らかにソイツを避けてみんな踏み切りを渡っていく。だから、たぶん自分だけが見えてる訳ではない。

ソイツはずっと踏み切りを見ていた。
その姿は何かを待っているようにも見える。
だとしたら、何を待っているんだろう?
その答えは直ぐに出た。

その日もいつも通りの朝。
出社して、踏み切りで電車が過ぎるのを待っていた時だ、珍しくソイツの口元が緩んでいた。
目の表情までは分からないがたぶん笑っている。
「気持ち悪いなぁ」
と思っていた時、凄まじい轟音が聞こえた。それは電車が急ブレーキを掛けた音だ。それと同時に何かがぶつかった様だ。
踏み切りに投身自殺をした人が居たのだ。

その場に居合わせた全員が野次馬根性むき出しで、人が轢かれた方へ向かった。
ある人はスマホを取り出し写真を撮り、ある人は会社に連絡、またある人は警察と救急車を呼び、騒然となった。その最中一人だけ、ソイツはニヤニヤしながら、その騒ぎを一頻り眺めて、満足げにその場を去った。



その次の日からソイツは姿を消した。




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