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#1 短編空想怪談「御経」

私の家は恐らく俗に言う事故物件だ。
と言っても、大した事は起きず
良くある何かが軋む様な音がしたり
コツコツと叩く音がしたり、その程度。
時々金縛りに会うが
大抵ほんの3~4分程度で終る。
その金縛りの時、
お経の様な平坦で淡白な声が聞こえるが、金縛りと同じで、この声が聞こえるのも3~4分程度。
最初の内こそ恐怖したが、人間慣れという機能は便利で、1ヶ月もすれば無視出来てしまう。


2年程過ぎた頃。
部屋の更新をするか引っ越そうか
迷っていた時期だった。
怪音だけならともかく、金縛りは多少なりとも不便は感じていたし、丁度良い機会ではあった。
その日もなんとなく引っ越しをするか更新をするか迷いながら床に着いた所で、うつらうつらしていたら、いつもの金縛りと声が聞こえる。
ふと気になった。

「このお経の様な声はなんて言ってるんだろうか」

眠気に襲われながら、意識を声に集中。
やっぱり何を言ってるかよく聞こえない。
意識も途切れて、眠りに落ちそうになった瞬間
はっきり聞こえた。

「助けて」

叫ぶともヒリ出すとも言えない感情の無い声でひたすらに
「助けて
助けて
助けて
助けて
助けて
助けて」

と連呼していたのだ。
お経のようなリズムで、平坦に感情の無い声で。
一気に目が覚めた。
そしていつも通り3~4分が過ぎた頃

「お前も無視か?」

感情は無いが明らかに意識をこちらに向けている。

お経だと思って聞かされていたのは
お経ではなかった。
何者かの助けを求める声と明らかな敵意を持った「お前も無視か?」の一言。

直感で「あ、この問いに答えてはいけない。
無視し続けなければ。」


私は引っ越す事にした。
最後の引っ越す日まで、声を無視し続けて。

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