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#17 短編空想怪談「あなたに贈る…」

ある同人イベントにて、
その時も北美ティナ(仮称)はいつも通りの可愛らしい姿でそこに居た。
彼女は元々アイドルグループの一人で、数年前にそのアイドルグループを卒業。
アイドルグループとしては珍しく、作詞作曲を彼女が担当し、「あなたへ贈る手作りアイドル」というキャッチフレーズで数多の曲を売り出していた。

卒業後は自主制作に励み、同人イベント等にも度々出店はしていたものの、アイドルをしていた時と打って変わり、なかなか世には出回る事はなかった。
というのも、曲は変わらず作詞作曲をしていたのだが、その曲調はバラードやブルースに乗せた悲恋の歌が多く、アイドル時代の快活なイメージとは真逆だったため、その変化に付いて行けたファンは数が少なかったらしい。

僕はその変化に付いていった数少ない一人だ。

今回のイベントは数年ぶりの新曲というので、僕は彼女がまだアイドルだった時に出会った友人たちと共に彼女の同人イベントに赴いた。
「今回もイベントまで来てくれてありがとう!」
「うん、新曲楽しみに待ってました!聞いたらまた感想書くね!」
他愛のない会話。
ファンとクリエイターの壁に隔てられては居るが、それでもそこで会う事ができて、そして手作りのCDを直に彼女から買えることが僕達にとっての喜びだった。

異変はその数日後に起きた。

その同人イベントには4人でいったのだが、その内の一人が突然失踪したのだ。
初めは失踪ではなく、ファンを辞めて連絡がつかなくなっただけかと思われたが、共通の友人で地元も近い人間から事情を聞くと、跡形もなく突然蒸発。
その友人でさえ会うことがなくなった。
そのさらに数日後、失踪した彼は遺体として発見された。
場所は都外の山の中、警察は自殺と断定したが、不可解なのは死ぬ直前の行動が、死ぬ前提ではないこと。
自宅には彼の日用雑貨の買い足した痕跡や、また別日で旅行にいく予定もあれば、仕事にも失踪する前日まで、なんの変調もなく出社していた。

結局、彼が何を思って突然そんな行動を取ったのか誰にも分からなかった。

さらにその数週間後、また一人が今度は自宅の押入れで亡くなった。
彼は自室で彼女のCDをパソコンに取り込んでる最中に亡くなった。
親族の方から話しを聞くと、手近に有っただろうボールペンを使って、自らの耳と目に突き立て、その傷が目から脳幹に達した結果から、その状態での発見だったという。

一体彼の身に何が起きたのか、その一件も警察は自殺と断定、捜査は早くに打ち切られた。
ただ、残された僕達二人は恐れていた。

「次は僕らのどちらかが、
死ぬのではないか。」

こういう時、縋ってしまっても仕方がないのだが、「北美ティナ 自殺」と、気分の悪さを我慢して、彼女の名前と自殺でネット検索をして同じ境遇の人を探す。
そんな人は居ないだろうと思っていたら、その予想は裏切られた。
僕らの他にも彼女の物販イベントに来ていた人は当然居て、その内、数人はやはり自殺、また失踪して行方不明になっているようだった。

共通点は彼女の同人イベントに行った事。
それ以外にない。
いつ、何が引き金になってそんな事態に陥るのか、全くわからない。
そんな折、久しぶりに彼女が同人イベント以来のツイートをしていた。内容は、


「皆!新アルバムは聞いたかな?
4曲目から新曲で、優しい曲だからぜひ
寝ながら聞いてね!約束だよ!」


と言ったもの。
リプライにはいつも通り曲の感想や他愛のない雑談などがツリー状にぶら下がっている。

それと一部、
「人殺し」
というリプライも付いていた。

彼女はそのリプライには反応はしなかった。
アンチをブロックしたのか、それともただ無視しただけなのか。それは分からない。

その後日、最後の僕の友人も失踪、行方不明になった。
やはり理由も動機も不明、書き置きも無く、コンビニに行くかのようにフラッと出掛けたまま帰ってこなくなった。
正にその日、彼女は突然いつもはやらないのに、初めて配信をし始めた。
タイトルは「初配信!同人イベントの打ち上げ!」というタイトルだった。

「皆この前はありがとう!あ、○○さんこの前はありがとう!」など普通に始まり、そこから曲作りのこだわりや、苦労話し、嬉しかった話しなど、缶チューハイ片手に楽しげに語りだした。

そして、

「はー!一杯喋ったね!
じゃ、今日はこれでおしまい!
バイバイ!」

と言って、画面外にあった刃物を手に取り、自分の頸動脈一気に切り裂いた。
画面は血の海に染まり真っ赤になりそのままカメラの前に突っ伏してしまい、血糊越しに彼女の頭頂部だけが画面に映し出されている。
コメント欄には「え?」「ウソでしょ?」「何が起こった?」など、困惑と一気に視聴者が離れたのか100人前後は居た閲覧数が一気に下がり始めた。
僕はどうする事も出来ず怖くなって直ぐにノートパソコンを二つ折りにして閉じた。

それから、僕はその同人イベントで購入したCDもグッズも直ぐに捨てた。
一部では彼女はカルト的に人気になり、そのCDにも高値が付くようになった。

それから一年

ある噂が流れ始めた。
「北美ティナが出した最後のCDには、隠しトラックが存在していて、
それを聞いた人は死ぬ。」

というものだった。
ネット掲示板では自殺配信をした伝説の配信者“北美ティナ”として祀り挙げられていた。
噂でしか無いが、隠しトラックは呪いの歌が入ってるだとか、北美ティナの発狂した悲鳴だとか、色々言われてるが、その中で一番説得力を持っていたのは、

彼女の口からは聞いた事の無い声で、怒りと悲しみに震え、腹の奥底から絞り出すかのように

「私は二度と歌いたくない。」

と、一言だけのトラックがある。

という噂。

しかし、ならばなぜ二人目の友人は目まで潰していたのだろうか?





もはやその噂を確かめる術は無いが、
ネット掲示板を見ると、未だ数人ではあるが、行方をくらましたり、目を潰して自殺を図る人は絶えないようだ。


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