見出し画像

#18 短編空想怪談「きさらぎ駅」

皆さんは「きさらぎ駅」という話しをご存知でしょうか。
今から10年以上前、ネット掲示板に書き込まれた正体不明の存在しない駅。
私が子供のころ、初めてこの話しを知った時は背筋がゾッとしたのをよく覚えている。
しかし今となっては創作の可能性も高く、本人かどうかは定かではないものの、後々にまたスレッドの主の書き込みで、生存報告もされている。

私も今は子供の頃程の恐さは感じず、面白半分で、すこし興味がでたくらいだ。
とはいえ、あくまで数ある都市伝説にしか過ぎず、社会人として仕事の忙しさにも忙殺されてこの「きさらぎ駅」の事はもう何年も忘れていたのに、何故かある年の暑い夏のこと、ふと「きさらぎ駅」の話しを思い出し、静岡へ旅行に行く事にしたのだ。
 
今思えば
この時から「きさらぎ駅」に呼ばれていたのかも知れない

無心で旅の支度をしつつ、有給の申請をして、旅行の初日までの一週間、心ここに有らずのような、空虚な一週間を過ごし、遂に旅行当日、楽しみじゃなかったと言えばウソになるし、なぜ突然旅行に行くことを決めたのか自分でも分からなかったが、それでも少々のワクワクを胸に、静岡までの旅行は始まった。

旅行は二泊三日、初日は東部静岡、中日は中部静岡、そして最終日は問題の「きさらぎ駅」があるとされる西部静岡の某私鉄、というスケジュール。

初日と中日は観光で静岡を満喫、最終日も午前中から昼にかけて、餃子や某ファミレスの名物ハンバーグなどの食べ歩きをしたあと、時間にして14時頃、某私鉄へ。
始点から終点まで17駅、約30分強の旅、夏の暑さが少々満腹のお腹には応えるが、車内の空調は快適で、電車に乗って田舎風景をただ眺めるだけという、なんとも味気ない観光はそれで問題はなかった。

『なんで存在しない駅をめざしてるんだろう…』
10何駅か過ぎたころ、なんとなく目が覚めるような気持ちで自分の気持ちに疑問が浮かんだ。
冷めた気持ちで、ただの田舎風景を眺めるだけの観光に飽きてきていたが、『一応ここまで来たのだから、終点で降りて切符を買い直して帰ろう』と私は思っていた。
終点についた頃には空調で甘やかされた身体は夏の暑さに即座に負けを認め汗を吹き出したが、それを無視して一旦駅を降り、近くの寂れた喫茶店で休憩。
15時過ぎ頃に店を出て、もう一度電車に乗りホテルのある駅まで戻る。
一度見た風景にも飽きてはいたが、何となく外を眺めてゆっくり電車に揺られる。
そうして、旅行の疲れや、これで帰ろうという気持ちの安堵からそのまま眠りに落ちていた。

気がつくとまだ電車の中、『ああ、まだ終点じゃないのか』と思いながらある異変に気づいた。

外が暗い。

あれ、トンネルにでも入ったのか?と思うがこの路線にトンネルは存在しない。
トンネルではなく陽が沈んだのだとしても、夏のこの時期、16時前後の時点で陽が沈むとは考えにくい。
その答えを得ようと時計を見ると23時。自分の目を疑った、私が電車に乗ったのは15時過ぎ、そこから数駅またいで眠ったとしたら、終点まであと数駅かもしくは終点に着いてるか。
明らかに時間の進み方がおかしいが、時間の正しさは外の暗さが証明している。
冷房が効いて快適な車内なのにもかかわらず、冷や汗が止めどなく額から流れおちる。そして一つの考えが脳裏を過りかけた。

『まさかこの電車…』と、それ以上は考えたくなかった。

時間の他に、気づいた事がもう一つ。
他にも乗客が数名、居るには居るのだが、みんな少し透けている。
『寝ぼけて目がおかしいのか?』と思い、もう一度確認するが、やはり少し透けていて、よく確認すると顔にはモヤが掛かった様によく見えず、顔立ちが分からなくなっている。
それを見た瞬間、感覚でしか無いが、『あ、この人達はヒトじゃない。』そう感じた私は一気に恐怖に襲われ自分の席から動けなくなった。

恐怖で目が覚め、また眠る事が出来なくなって数分、まだ異変は残っていた。
電車が止まらない。もう10分以上は走り続けている。この某私鉄は30分の内に17駅に止まる。本来であれは2〜3分もすれば次の駅に着くハズなのに、全く止まる気配はなく、アナウンスも無くただ走り続けている。
携帯電話も何故か圏外で繋がらず、外部と連絡が取れない。
『どうしよう、どうしよう、どうしよう』
焦りだけがつのり、その次は『こんな旅行するんじゃなかった』と後悔の念が頭の中で喚き散らす。

一体何十分電車に揺られたのだろうか。
相変わらず不親切にアナウンスも無く電車はゆっくりと停車し、扉が開いた。
カツカツカツと、周りいた数名のあの半透明の人達が降りていく足音だけが車内に響く。
私は降りられない。それどころか駅名すら見られない。

『「きさらぎ駅」だったらどうしよう』

そう考えたら、とてもじゃないが駅名なんか見られない。
例え「きさらぎ駅」じゃなかったとしても、あの半透明の人達が降りていった駅だ。普通の駅な訳がない。
私は俯き、私の視界には電車のシートと床と、ここまで自分を運んできてしまった、自らの足しか映らないようにしていた。
何も見たくない、何も感じたくない。
今の状況すべてを拒絶して、ただ時間が流れ解決してくれるのをじっと待った。
早く降りろと言わんばかりに電車の扉は開きっぱなしで、そこからは絶えず夏の夜の生暖かい空気が流れ込んで来る。
『ごめんなさい、許して下さい』
何に許しを求めているのか、自分でも分からず下だけを向いていたが、恐怖の余り最終的には力いっぱい目も閉じて、静かにただただ電車がまた動き出すのを待つ。

不意に肩を掴まれて悲鳴を上げてしまった。

そしたら私の肩を掴んだその手の主も一緒に驚いてその場で尻もちをついた、その人は尻もちをつきながら
『お客様大丈夫ですか?』と聞いてきた、車掌さんだった。
恥ずかしくなった私は『は、はい大丈夫です!』と直ぐに立ち上がりその電車を降りたのだがそこでしまった!と思い、振り返り駅名を確認すると、
行きで乗った始点の駅、今は終点の帰るべき駅だった。

なんだか狐につままれたような、腑に落ちない気持ちで、私は駅を後にしてホテルに戻る道中、外も明るくなっている事にハッとして、時間を見ると16時前、予定通りの元の時間に戻っていて白昼夢を見ているような何とも表現のしようがない不思議な気持ちでいた。

後日、友人達に『きさらぎ駅?に行った話し』をしたが信じては貰えず、やっぱりただの夢だったのだろうと自分でも処理をしてこの話しは忘れる事にした。






でも、一つだけ疑問がある。
観光中、確かに色々な写真は撮ったのだけど、この「きさらぎ駅」の駅看板の写真はいつ撮ったのだろうか?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?