見出し画像

#19 短編空想怪談「必要ない人」

会社の同僚が行方不明になった。

家に連絡、訪問をしてもどこにも居らず緊急連絡先として実家の電話番号があったので、そこにも連絡をして、安否を確認するが実家にも居ない。
程なくご両親から捜索願が出された。

会社は会社で、居ない人間の穴埋めの為に引き継ぎがなされた。
彼の仕事の引き継ぎは簡単に終わり、数日後には何事も無かったかの様に滞り気味だった会社の運営も解消。
言い方を変えれば、その人が居た形跡は跡形もなく消えた。

行方不明になった彼はどんな気持ちで仕事をしていたのだろう。
どうしてそこに居たんだろう。
居なくなっても困らない人間。
まるで空気の様に居るのか居ないのか分からない。
虚そのものだった人。
だが突如、その存在は存在を消す事で存在感を発揮。
思い返すと、彼が居た頃の存在感は薄かった。

確かにそこにいたはずなのに、同僚のはずなのに、思い出せない。
顔や声、会話をしていれば話題に上がったであろう最寄りの駅の話しや趣味の話し、なにも分からない。
いや興味を持たれてなかった?
今や興味を持っても聞くことは叶わない。
「行方不明になった」という事実だけが彼の存在を証明しているという矛盾した状態。
でも、居なくなった所で誰も困らない。

必要の無い人。

私はなんだか怖くなった。
死んだ訳じゃないのに、人一人がこの世から全く居なくなった事に。
必要の無い人が身近にいる事に。
そんな人間が身近にいた事に。

存在を消す事で存在感を増し、その人が居た場所を見ると、その姿形は覚えてないのに、「存在しなくなった」事で頭の中から消えなくなった。
居ない筈なのに、身近に居座られるような気持ちの悪さが付き纏う。
人間としての輪郭だけを残して、影が形を持ってその場に居るような気味の悪さ。
人が居なくなる事で奇妙な存在感を持つ。理由も分からないまま「行方不明」と言うのは、なんだか生きたまま幽霊になったみたいでどうにも気持ちが悪い。
もちろん現在の時点では生死も不明。

程なく、親族の方から捜索用のチラシが一枚届けられた。
今現在の写真すら無かったらしくチラシの彼は警察官が描いたイラストだった。
『まるで指名手配犯だ』
そんな感想がよぎる。
無味乾燥なイラスト、体型の特徴、歳、髪型など見た目の判断材料、注目点は幾つもあるが、見れば見るほど『こんな人だったっけ?』とも思う。
でも親族の方が意見を言って描いたのだからこういう見た目の人だったのだろう。

半年が過ぎた頃。
ビルの定期点検が入る時期だ。
点検は約一ヶ月間かけて行い、電気や水道や空調などの建物内のインフラ設備の異常を探す。
と言っても大した問題は無く大抵は、経年劣化の対応や備品の補充、または設備の清掃など、それほど複雑では無いが如何せん大きい建物だと最低でも一ヶ月はかかる。
また、ビル内のテナントの営業が日中どうしても空けられない場合、深夜に作業が入ることもある。

その定期点検中の事、奇妙な報告が上がった。
深夜に誰も居ないはずのフロアに誰かいると業者からの連絡。
連絡をしてきたのは、電気設備の作業員。
天井裏の一部のケーブルが経年劣化で傷み、交換をしていたら、廊下の向こうからこちらを見ていたという。
部外者だとしたらこれはマズいと直ぐに警備会社に連絡、だが警備員が到着するころには自分たち以外には誰も居ない。
そんな報告を電気整備員、水道整備員などとにかく入る業者、入る業者、全業者から報告が上がった。

私は思った。
『半年前に行方不明になった彼だ』
でも、なんで今頃…?

いや、「今ごろ現れた」んじゃない、
「今ごろ気付いた」んだ。

行方不明になった彼は、深夜にずっと現れていた、のかもしれない。

そんな噂が社内に流れ始めた。
噂は噂を呼び、「恨みがある」だとか「呪われる」とか根拠なんか無いのにそんな噂が流れ始める。

そして、遂に離職者が現れた。
その行方不明になった彼を見た訳では無いのだけど、なんとなく気味が悪かったのか、辞めていった。
その人を皮切に、また一人、また一人、離職者は現れた。
更に時は流れて半年後、次の定期点検の時だ。
やはり何をするわけでもなく、誰も居ないはずの社内で人を見たという報告が入る。
行方不明になった彼を知らない業者はその都度警備会社に連絡を入れるが全て徒労に終わる。

噂が絶えることは無かった。
何か実害を出した訳でも何でもないのに、その気味の悪さから次々と離職。
最後には数人になり、私も最後から5人目のタイミングで離職した。

・・・一年後、
空きビルになったそのビルは取り壊される事が決まり、数年後は更地になる予定になっていた。






しかし、工事は難航しているらしい。
理由は深夜に作業に入ると、部外者らしき人物が居るからだという。
彼は依然、行方不明だ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?