TAKUMI NEXT 2021 レポート(北米市場戦略セミナー)
TAKUMI NEXT 2021 ではセミナーが数回オンラインで開催されました。今回はその中でも一番興味深かった「北米市場戦略セミナー」についてご紹介します。
セミナー概要
2021年9月2日にセミナーはzoomで開催されました。講師はカリフォルニア州サンタモニカで卸販売会社「1-81」を経営されているハーバート・ジョンソンさん。日本の生産者とアメリカのバイヤーとの架け橋として奔走されいる人で、TAKUMI NEXT 2021 の米国メンターでもあります。今回のセミナーでは、北米(特にアメリカ)における工芸品市場の現状とトレンドの観点からお話していただきました。
1. 北米における日本製品のニーズについて
日本の商品は人気。ニーズはある。
信頼性、本物性が価値のポイント。
メイドインジャパンはやはり根強い人気があるとのことです。その理由は「本物性」。単に素材が本物というだけでなく、歴史と伝統に裏打ちされた技法や制作プロセスそのものに価値があるということです。日本にいると当たり前すぎてあまりピンと来ないかもしれませんが、一歩外に出て海外から日本の工芸製品を見てみるとその「本物思考」にまず価値があるとのことでした。
2. ブランドが気を付けるポイント
さて、ここからは具体的に日本の企業ブランドが北米市場で展開していくために必要なツールや注意すべきポイントをご紹介します。
通貨やサイズの単位の表記はアメリカに合わせる。
卸価格は送料込で提示する。
アメリカの上代は下代の2倍。つまり「5掛け」が基本。
アメリカの上代は日本の2.5倍が相場。
安全な価格設定を。
まず、北米市場に関わらずあらゆる海外の市場で展開していくべき心構えがあります。それは「あなたの商品を初めて見る他人、特に外国人はとてもめんどくさがり屋さんである」ということです。
例えばこんな経験はありませんか?インスタでたまたま見つけたオンラインショップで、ちょっと気になった商品を見つけてカートに入れたまではいいものの、支払いをする時に住所やクレジットカード情報を一から入力しなければいけない時、または新規会員にならなければいけない設定になっている時。「面倒臭い」と思って「今回はやっぱりいいかな、やっぱりいらないかな」と思ってサイトのページをさっと閉じてしまうあの現象です。普段からamazonの買い物に慣れている身からすると、個人情報を一から入力したり、はたまた今後そのショップで商品を購入するかもわからないのに会員登録しならなければいけないというあの面倒臭さ、煩わしさと言ったらありませんよね。
このように、人はそこまで興味のない情報やモノを目の当たりにしたとき、そこにちょっとした段差や壁が立ちはだかってしまうと、もうそこから前に進むことを簡単に諦めてしまう生き物なのです。
そして、これと同じ現象がバイヤーとの商談でも発生してしまうのです。まずは通貨や単位。これを日本円やメートルで表示していると、アメリカ人のバイヤーはその都度スマホでググってドルやインチに変換しないといけません。この時に「めんどくさいな、ちょっと興味はあったけどまあいいいか」となって離脱してしまう確率が非常に高くなってしまうのです。
「えっ、そんなことで簡単に諦めちゃうの?だって手元のスマホで調べればいいだけじゃん」と思ったあなた、外国人の面倒臭がりさを侮ってはいけません。これは決してアメリカに限りません。あらゆる国のバイヤーと商談するときも同様。提示する資料はその国に合わせた単位を使いましょう。
次に送料について。なんと送料は卸値の中に入れておくことが基本だそうです。なぜかって?そう、送料を別途計算するのが面倒だからです。いやいや、そんなことをすると販売価格が一気に跳ね上がってものが売れなくなってしまうじゃないかと思ったあなた、その通りです。送料込みの安全な価格設定をするため、店頭での販売価格は日本の約2.5倍になるのが相場だそうです。
そして、価格設定の重要な点がもう一つ。アメリカの販売価格(上代)は「卸価格×2」が基本だそうです。つまり、日本で言うところの「5掛け」です。50ドルで卸した商品は店頭では100ドルで売られるということになるのです。このように卸価格の中に送料を入れ込むので、日本の2.5倍になるのも頷けますね。ギリギリの価格設定でやって輸出していたら実は赤字になっていた… なんてことを避けるために安全な価格設定を心がける必要があります。
ということはつまり、「安い商品を売っても仕方ないなあ。海外では付加価値のあるものを売らないと面白くないゾ。」と思ったのは僕だけではないはず。
3. 売り込みに必須な「デジタルラインシート」を準備せよ
海外のバイヤーとの商談で必須なアイテムが「ラインシート / Line sheet」と言われるものです。日本でもアパレル業界ではお馴染みかもしれませんが、分かりやすく言うとバイヤー向けのカタログです。そして、それをオンライン化したものを「デジタルラインシート」と呼び、まるでオンラインショップのような気軽さで価格表をバイヤーに提示することができるのです。さらに、このラインシートに加えてブランドの世界観を表現した「Look Book / ルックブック」と規約をそれぞれオンラインで速やかに渡せるように準備しておくことが大事とのことでした。
紹介されたおすすめのデジタルラインシートは「Brandboom / ブランドブーム」というサイトです。僕も実際に作ってみましたが、無料で簡単に作れて便利です。Google のアカウントを持っていれば直ぐにアカウントを作成できます。
そして「ルックブック」とは商品が使われている生活シーンや使用シーンをスタイリッシュな写真と文章でまとめたもので、店頭で配っているようなパンフレットのようなものです。現地の風土に合った世界観のルックブックをそれぞれ用意すると良いとのこと。
ちなみに僕がTAKUMI NEXT 向けに作ったデジタルラインシートはこちら。ブランドブームで作成しました。
4. 北米向けPRとマーケティング手法
現地の編集者やライターと連携して情報発信すること。
お金ではなく人脈で広告すること。
サンプル送付によるメディア露出を狙う。
北米ではお金があれば宣伝してくれるような広告代理店がないため、現地の編集者やライターと連携して商品やブランドを宣伝していくことが大事になってくるとのことです。アメリカには、お金ではなく人脈を使って商品の魅力を伝えていく方が信頼性と拡散性があるという文化があるためです。「この業界のあの人が記事にした商品だから間違いない」という言わばお墨付きがものを言う世界のようです。では、実際に有力メディアのライターに記事にしてもらうにはどういうステップがあるのか。その一例を教えていただきました。
現地の気になるお店のインスタをフォローする。
お店にフォローバックしてもらう。
DMで商品サンプルを送っていいか交渉する。
商品サンプルを送る。
お店が商品サンプルをインスタで紹介。
有力メディアのライターがお店の投稿を発見、記事にしてくれる。
このステップの中で最も重要且つハードルが高いのは2番目の「お店にフォローバックしてもらう」ですね。気になるお店からフォローしてもらうには何が最も重要か。それはやはり商品力です。一にも二にも自分達は本当に魅力的な商品を作っているのか。当たり前ですがそこがとても重要です。とは言ってもインスタのプロフィールページはそのブランドの第一印象になるので、見せ方伝え方にもしっかりとした戦略が必要です。しかし、たとえフォローバックされなくても、DMのやり取りで商品サンプルを送ることができればメディア露出の可能性はあります。実際に届いたものを見てお店のオーナーが気に入れば、投稿まではいかなくともインスタのストーリーズに載せてくれる可能性があります。
※インスタの有力メディアの一つ「Design milk」↓
5. 自社製品のSWOTを整理する
商品力を上げていくための手法の一つ「SWOT分析」について紹介します。SWOT分析とは自社の事業の状況等を、強み(Strengths)、弱み(Weaknesses)、機会(Opportunities)、脅威(Threats)の4つの項目で整理して分析する方法です。
SWOT分析をしてみた
早速、僕も自社製品のSWOT分析をやってみました。TAKUMI NEXT 2021 に出品した《写光石のアクセサリー》です。
強み(Strengths)
・誰もやっていない唯一無二の技法で制作している
・世界中の光が素材
・観念的に光を身につけるというスピリチュアル的な体験ができる
・光(太陽)を信仰する世界中の文化と繋がりが持てる
・現地の光を素材にしてご当地商品が制作できる
・顧客の持っている光(写真)を使ってオーダーメイドができる
弱み(Weaknesses)
・アクセサリーとしては価格が高め
・知名度が低い
・ただ拾ってきただけの石と勘違いされる
・自然石のフォルムをそのまま生かしているため造形が弱い
・見た目の割に作業時間が多い
機会(Opportunities)
・アートバブル到来
・アート思考の需要の高まり
・物質主義から精神的なものへ価値転換の機運
脅威(Threats)
・資本力のある競合の低価格商品
クロスSWOT分析をしてみた
SWOT分析で強み・弱み・機会・脅威が整理できたら、「クロスSWOT分析」で戦略の方向について考えていきます。クロスSWOT分析では、内部環境と外部環境を組み合わせて、「強み×機会(積極化)」、「強み×脅威(差別化)」、「弱み×機会(改善)」、「弱み×脅威(防衛・撤退)」という4つのパターンで、戦略を明確にします。
強み×機会(積極化)
・光を身につけるスピリチュアルな体験の提供
・オーダーメイド高価格商品の開発
強み×脅威(差別化)
・オーダーメイド高価格商品の開発
弱み×機会(改善)
・低価格商品の開発
・SNSでPR
・サンプルを気になるお店に置いてもらう
・サンプル送付によるメディア露出
弱み×脅威(防衛・撤退)
・客層の見直し
・制作時間の削減
経営資源に乏しい小規模企業にとって全方位的な戦略をとることは難しいのが実情です。そこで、このクロスSWOT分析で最も重要なのは「強み×機会」に注目して「有望なビジネスチャンスに対して良いところを活かしていく戦略」を考えることだと言われています。苦手なものを克服するのではなく、長所を伸ばし自分の持っている武器を強化することに注力していくことが望まれます。
自社製品のクロスSWOT分析の要点をまとめると次のようになります。
【積極化すること】
・光を身につけるスピリチュアルな体験の提供
・オーダーメイド高価格商品の開発
【改善すること】
・広告としても機能する低価格商品の開発
・サンプルをお店に置いてもらい露出を増やす
高価格商品と低価格商品の開発を行うという一見矛盾したことがありますが、それぞれ目的が違うことがわかります。高価格商品の開発の目的は、商品の強みをより強化するための戦略であり、低価格商品の開発は認知度を上げるための改善策であることが分かります。パーソナライズされた高価格の商品開発をする一方で、広告的に機能する低価格な商品の開発をする必要があるということです。そしてサンプルを気になるお店に置いて露出を増やしていく。SWOT分析→クロスSWOT分析をすることで、このような具体的施策が浮かび上がってきました。
6. 自社製品のUSPを言語化する
USPって何?と初耳だったのですが、僕も展示会の時の現場での接客を思い返すと「たしかに現場ではこのUSPが重要だな」と思ったので紹介します。
まず、USP(Unique Selling Proposition)とは、商品やサービスが持っている独自の強みを意味するマーケティング用語だそうです。「自社が持つ独自の強み」と言い換えても良いかもしれませんが、USPの場合は単なる強みの提示ではなく「顧客に対して自社だけが約束できる利益」を指します。
バイヤーとの商談では「なぜその商品をバイヤーが買わなければならないのか」それを一言で直感的に言い表すことが求められるということです。いわゆるキャッチコピーのようなものです。しかし、USPを単なる商品のオマケと思って侮ってはいけません。なぜならUSPはメーカーとバイヤーと顧客の「共通言語」であるからです。ここはものすごく重要なので2回言います。USPはメーカーとバイヤーと顧客の「共通言語」なのです。
商品の作り手であるメーカーとしては、バイヤーに伝えたい思いがたくさんあります。バイヤーと商談するときはその思いを資料を使って丁寧に伝えることができるのですが、残念ながら店頭で接客する店員にはそれができません。商品を説明するための言語は「メーカー→バイヤー→店長→店員→顧客」というようにまるで伝言ゲームのように伝わっていくのです。この過程で言葉の純度はどんどん低くなっていきます。そこで、高い純度を保ったまま商品の魅力を末端の顧客へ伝えるにためには、シンプルで直感的な言葉「共通言語」が必要になってくるのです。自社商品だけが顧客に約束できる利益をキャッチコピーのようにシンプルで直感的で言語化したもの、それがUSPなのです。
USPを作成してみた
では、実際に自社製品のUSPを作成してみます。
《写光石のアクセサリー》だけが顧客に約束できる利益
・顧客の持っている光(写真)を使ってオーダーメイドができる
→パーソナライズされたアートピースを所有する喜び
・唯一無二の技法で作られたアートを身につけられる
→アートを所有し身に纏う特別感
・光の場所と観念的に繋がることができる
→現の光との一体感、スピリチュアルな体験
・光(太陽)を信仰する世界中の文化と繋がりが持てる
→人類との繋がり、一体感
・アート的な要素があるので将来的に金銭的価値が上がる可能性がある
→投資的価値
以上からUSPに使えそうな項目を二つピックアップしてみました。↓
・パーソナライズされたアートピースを所有する喜び
・場の光との一体感、スピリチュアルな体験
光を通して場と時間と観念的に繋がることがこの製品《写光石のアクセサリー》のユニークポイントであることが見えてきました。あとは顧客の思い出の光を使ってオリジナルの商品を制作できることも強みの一つ。しかし、商品の認知度がない状態でのオーダーメイドのやり取りはハードルが高いので、現時点では海外展開には適しないと判断しました。
結論:《写光石のアクセサリー》のUSP
=「光を身に付けるスピリチュアルな体験を提供します。」
さいごに
北米では高品質で本物思考の日本製品のニーズが十分あります。ぜひ、SWOT分析やUSPを活用して自社製品を海外へ向けて展開してみてください。