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鍵のバルカン

 トラックの下を歩いて国境を超えるよりも、ホロの中で息を止めている方が、僕にとってずっと楽なことだった。
 小さい頃、父が足を怪我して働けなくなった。食っていくために、僕はパキスタンに密入国してお菓子や煙草を運ぶ仕事を始めた。
 大人から品物を受け取って、パキスタンに入国するトラックの泥除けの下に潜り込み、歩いて密入国する。銃を持った大人達は僕たちに気付いてはいるが、子供だから見逃してくれる。入国したら店に行き、品物を渡して代金を貰う。兄達の稼ぎと合わせても、その日食べるのにも困るような日々だった。
 ある日、同じ仕事をしていた女の子がうっかり轢かれて、そのまま死んでしまった。それ以来、僕はタイヤの隣を歩くことが出来なくなった。
 代わりに始めたのは、トラックに潜り込む仕事だった。品物と一緒に荷台のホロに忍び込み、3日ほど乗って、トルコで品物を渡す。運ぶものは麻薬に変わった。
 僕にとってこの仕事は天職だった。
 入国審査の時、審査官はホロの中に銀色の棒を突っ込む。CO2濃度が高いと、その棒が甲高い音を鳴らして、審査官がホロの中に乗り込んでくる。だから、ホロの中ではできるだけ息を止めなくてはならない。僕はこれが滅法上手かった。
 僕の仕事の質が良い事が大人達の間で評判になって、品物のバックが布製から、丈夫な革製になり、そしてついには鍵のついた小さな箱を渡された。ずしりとした重みから、絶対に失敗できない仕事だと直感した。
 いつも通りやればいいだけだ。僕は一回も失敗したことが無い。トラックに乗り込んで、じっと心を落ち着かせることに専念した。空気を食べ尽くしてしまう緊張は、この仕事の天敵だからだ。
 ようやく落ち着いてきた頃、突然トラックが止まった。
 入国審査の場所はまだ遠いはずだ。心臓が跳ね上がる。咄嗟に肺一杯に空気を詰め込む。息を止めるのと、銀色の棒が突っ込まれたのはほぼ同時だった。

【続く】

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