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「郷土芸能は変わっていくべき」郡上おどり音頭取り・吉村建治大いに語る《後編》

郡上おどりの音頭取り、吉村建治さん(通称ゴンタさん)へのインタビュー。前編では白鳥町の中華料理屋「マルヤ飯店」に対する愛から、吉村さん自身が音頭取りになった経緯を伺いました。後編では白鳥おどりに魅了された理由から、郡上・白鳥おどりを含めた郷土芸能の未来についてのお考えを聞きました。

前編はこちら

取材・文=小野和哉
撮影=渡辺 葉(注釈のあるものは、筆者が撮影)

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白鳥おどりにのめり込んだ高校時代

渡辺 ゴンタさんが郡上おどりの屋形の上で、背中に「アイラブ白鳥」ってうちわを挿して唄ってるじゃないですか。あれは(八幡の人に)誰にも文句を言われないのかなって。

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問題の「アイラブ白鳥」うちわ。

吉村 何も言われん。何か言われたら論破できるんで大丈夫。敵はいっぱいおるけど、負ける気はこれっぽっちもない。いや、もうねえ、すごい昔はねえ八幡と白鳥はいがみ合ってたの。

ーー未だに年配の方にはその気がありますよね。

吉村 俺はそれを打開したいね。やっぱり同じ郡上市にもなったし(2004年に八幡町、白鳥町を含む7町村が合併して「郡上市」となった)仲良くなろうよって。だから俺は白鳥おどりに保存会の浴衣を着て行ったりもするし。一生懸命踊ってりゃ認めてくれるしなあ。いまなんか(白鳥の人たちと)ツーツーやでさあ、おうおうおうよう来たなあって(歓迎してくれる)。で、どうして俺がそこまで白鳥おどりにどハマりしたかっていうと、またそれも一人、人物(キーパーソン)がおって。

ーー誰ですか?

吉村 あのねえ、それも同級生で。俺、高校入って間もない時までは白鳥おどりの存在を知らなかった。

ーーそうなんですか!? そもそも、八幡の人には白鳥おどりって馴染みがなかったんですかね。

吉村 うん、なかったと思うよ。郡上北高校は白鳥にあるんで、夏になると「白鳥おどり」って横断幕を見かけるんだよね。「白鳥おどりって何だ?」って思って。

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撮影=小野和哉

吉村 で、その時に白鳥の中津屋出身の貴也(たかや)って子と友達になったんだけど、そいつから「お前、八幡(でお囃子を)やっとるんやで、白鳥おどりにも来いよ」って言われて。「じゃあ行くわ」って行った。その時、俺バス通学やったもんで、定期があるから乗り放題やないですか。やもんで、夜にいっぺんうち帰って浴衣に着替えて、白鳥までまたバスで来た。「八幡の人、誰ぞ彼ぞおるから(車に乗せてくれるから)帰りは心配するな」みたいに貴也に言われて。で、白鳥に行って、貴也が踊ってみせるんや。それがめちゃくちゃカッコよくて。「なんやこれー! 面白くてかっこええし、なんなんや?」って、のめり込んだ。やっぱね、そいつスターやった、その当時。「白鳥おどりに貴也あり」みたいな。

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このインタビューのために、わざわざ吉村さんが貴也さんを呼んでくれた。「お前輝いとったなあ。今は頭が輝いとるけど(笑)」と、今でも冗談を交わす間柄。白鳥の喫茶店「さんさろ」にて。

ーー貴也さんに魅せられて、白鳥おどりに通うようになったんですね。

吉村 本当にその高校生の時は白鳥ばっかいっとった。バス乗って通った。帰りは誰かがおるでって言葉を信じて、博打で行ったっす。

渡辺 その頃の貴也さんの踊りが見たいですね。

吉村 貴也のは、普通に考えればただのやんちゃな踊り方。大人から見ればわやく(腕白)やなーって思うよ。正調の踊りやないんやけど、その時のお互いの高校生の心の中では、ものすごい輝いて見えとったの。こいつやべえな、勉強できんくせに踊りは抜群やねえかって(笑)

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白鳥おどりでは、10代の若者たちは、大きな輪の内側で高速踊りで駆け抜けたり、小さなサークルを作って踊ったりと、やんちゃな踊りで大人たちを圧倒する。

ーーゴンタさんも踊ってたんですか。

吉村 もうガンガンに踊ってた。もうのめりこんじゃったね。楽しかった、本当に楽しかった。もう高校の思い出といえば、白鳥おどりか部活しかない。のめりこんだなあ。

ーー白鳥おどりには唄じゃなくて踊りから入ったんですね。

吉村 そう。ジュニアクラブに入ってから郡上おどりに目覚めて、八幡の踊りも通ったよ。やけど白鳥の方が多かったかな。のめりこんでったなあ。そしたら拝殿おどりというのがあって聞いて、そこから拝殿おどりに行ったりとか。

拝殿おどり......神社の拝殿で踊られる盆踊りのこと。特定の音頭取りがおらず、踊り子たちが節に合わせて、順番に唄を出していく。太鼓は三味線がなく、板の間に響く下駄の音と、踊り子たちの唄を頼りに踊りが続いていく。町中で盛大に行われる「町おどり」以前は、この拝殿おどりの形式が、盆踊りの形だった。

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郡上おどりで踊る吉村さん。

渡辺 拝殿おどりにも行ったんですか。

吉村 社会人になってからかな。ちょこちょこ行くようになったのは。で、そこで出会ったのが翔太。拝殿であいつが歌っとって「なんだこいつ!?」とか思って。「え、アドリブで唄うの!?  すげえなあ、こいつ」って驚いた。そして社会人になってから白鳥おどりに行ったら、屋形の上でうたっちょるやん。「あ、なんや保存会入ったんや。まあ、ええわ、あいつ勢いのある声しとるでええわ」と思ってね。ほんで、そこから翔太とつながりができていって。社会人になって、お囃子団体を作ったんだけど、そこにも翔太を誘ったよ。

アドリブで唄う......拝殿おどりで唄われる歌詞は、ほとんどが先人たちが残した詠み人知らずの名文句。もちろん、その場で即興で歌詞を考えて唄ってもいいわけだが、アドリブで唄える人は数少ない。

保存会活動の難しさ

ーーゴンタさんは、未だに白鳥おどりには遊びに来てらっしゃいますよね。

吉村 でも今年は一回も行けなんだ。役員になったら全然行けないですよ。保存会、今、俺4つ役があるでね。ジュニアクラブ担当でしょ。歌の指導部の部長でしょ。青年部長に、出張公演委員長かな。そんだけ役がある。

ーーむちゃくちゃ偉くなってるじゃないですか。

吉村 いや、誰もやるやつおらんでな。

ーー保存会の人たちって年齢層的にはバラバラになってるんですか?

吉村 上は84歳。で、40代、30代が全然おらんくて、今20代は俺がジュニアクラブで育ててきた子らがちょうど入ったもんで、3人くらい。

ーー30代、40代は家庭ができたり、仕事で行けないんですかね。

吉村 もう全然。そりゃ無理やと思うよ。子供とかおると。俺も、完全に日曜日しか休みないんですよ。

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ーー大変ですね。そんな中で東京に来たりとか、各地でやられているんですよねえ。

吉村 大変です。非常に大変です。もう本当。結局、仕事を休まないと行けない。ブラック企業やもんで、休むとめっちゃ月給から引かれるんですよ。もう出張公演のハイシーズンの10~11月は火の車。おどりシーズンより、そっちの方が忙しいですよ。結局、出張になると1日拘束されるやないですか。八幡やったら、夜だけや。昼間は空いてる。

ーーシーズンでも、徹夜おどりは大変ですよね。

吉村 そう、徹夜は本当に何もできない。家帰って寝て、起きておどり行って、帰って寝て、起きての繰り返し。その間に準備もあるでさ。事務所の設営も昼間にやらなあかんで、初日と最後の日は眠れないですよ。

ーーそれぐらい厳しいんですねえ。

吉村 厳しい。よう辞めないなあと自分でも思いますよ。仕事を一線を退いた人たちならできるけど、やっぱり仕事と両立してやるのはえれえっすよ。

ーーじゃあ、若手というか働き盛りの20~30代は。

吉村 えれえと思うよ。来れない。無理やもん。所帯持っている人は余計えらいわねえ。子供の行事があったりとか。だから俺はずっと独身なんですよ。郡上おどりに捧げとる。

ーー白鳥の話に戻ると、八幡の人ってそんなに白鳥に行く人はいなんですか?

吉村 ほぼほぼ、いないと思うよ。中にはきっかけがあって行く人もおるだろうけど。俺も保存会じゃなかったら白鳥に入り浸りやったと思う。くらい、魅力があるね。何がいいんかというとうまく言えないけど、ただ一言言えることは「楽しい」。何がっていうとやっぱりねえ、地元の子がおるっていうのが一番大きい。

ーーああ、なるほど。

吉村 地元の中学生とか高校生とか小学生がね、自由にグワーって踊ってるのが。あのキャパシティもいいし、保存会と地元の子たちとの壁がないのもね。八幡はそういうのがある、昔から。

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渡辺 でも観光客がいっぱい来るからこそ、そういう壁ができるんでしょうね。

吉村 それはある。だから俺が思うには、行政的に考えるとお客さんには来て欲しい。けどうちら(お囃子を)やっとる人間からすると減らしたい。そこの狭間で今はおる感じかな。

ーー外から来て欲しくないというわけではなく、ほどよいバランスということですよね。八幡の保存会さんはいろんなところに出張して精力的に活躍されている感じがするんですけど、それはやはり保存会さんの方針なんですか?

吉村 遠征が多いのは昔からそうなんやけど、別に俺はPRという気持ちで行ってるわけではないよ。自分は楽しいから行っとるんですね。せやし、やっぱりいつも常連のお客さんがいろんなところから八幡に来てくれるやん。だから「いつも八幡来てくれてありがとう、今度は君たちの方に行って演るよ」という気持ちもあるわけ。もちろんたくさんの人に知ってもらいたいという気持ちもあるけど、ただ増えすぎるのはどうかなと……だから難しいんよ! どうしたらいいかわからん。

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郡上おどり in 青山

ーー楽しみながら今のところはやっていると。

吉村 そうそう。本人が楽しまないと楽しさが伝わらないからね。

ーーゴンタさんは、常々Twitterで「後進を育成したい」ということをおっしゃられてますね。

吉村 郡上おどりの将来のためにどうするか。俺はいま、ジュニアクラブに98%かけてるよ。本当にそれしかないもん、他にも、学校の授業に郡上おどりを取り入れて部活動でお囃子をやろうよって提案するとか、後継者の育成がうまいところに行って、どういうことをしとるのか勉強する、ということもしていきたいとは思ってる。本来は行政とか教育委員会がやらあかんことなんだけど、そういう危機感を行政は全然感じてないの。だってそうやん、僕の下は歌い手は誰もおらへん。

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ジュニアクラブと吉村さん。

ーーゴンタさんが一番若手ですよね。

吉村 でしょ!? 後につないで行くためには知らんぷりではダメで、何か考えなあかんやんね。でも行政とか市役所、学校空いとるのって平日の昼間じゃん。で、平日の昼間って俺、仕事しとるじゃん。だから教育委員会に話しに行きたいと思っても、5時以降は会ってくれないやん。何度かそういうことを考えてるんやけど、保存会と本業を両立していると不可能なんだよね。そういうことを本腰入れてやりたいっていう気持ちがあって、Twitterで書いている。つぶやきだよ、本当に。どうにもならないつぶやき。なんとかしたいって気持ちはあるけど、何をしたらいいかって知恵は出てこない。

ーーまずは、そういう問題があるってことだけでも知ってもらうのは大事かもしれませんけどね。

吉村 それ(保存会の活動)で飯が食えりゃ一番いいんだよ。でも、できないから本業があるわけで。飯が食えるんなら、俺は真剣にやるよ。いろんなものを巻き込んでやる。指導にも行くし、なんでもやるよ。そこなんよ。今一番俺が考えている悩みはそこ。

郡上・白鳥おどりは「ライブ」、だから続いてきた

ーー今の話は八幡に限らず、白鳥、全国的な問題ですよね。

吉村 全国そうやと思う。だから俺の野望があって、全国の郷土芸能のいろんな問題を抱えとる団体を一気にどっかに集めてサミットをやりたいの。そういった場で「あそこの団体はすごいよね」って話が出たら、見に行ったりできるやん。「ああ、うちらと考え方違うわ」ってことを気付かされるかもしれない。地域によって合う合わんはあると思うけど、いろんなことをチャレンジしていきたいね。だから、頂点をたどると、文化庁何やっとるねんって話。

ーー一番トップが。

吉村 郡上おどりもそうやけど、有名どころはメディアで紹介されるよ。でも郡上市でいったら、石徹白とかさ、嘉喜(かき)踊でもそうだし、他にもいろんな郷土芸能が残っとる。それにもかかわらず、どの団体ももうカツカツなんや、きっと。八尾の越中おわらでも、親戚中から踊り子を集めて、工面してやっとる状況なの。

渡辺 嘉喜踊は危機的状態にある感じがしますね。

嘉喜踊......郡上地区一般に伝えられている祭事芸能である。(中略)行列は、白玉、露払い、薙刀、奴、剣持、田楽、祢宜、おかめ、天狗、花笠、拍子打、笛吹、歌い手、素奴、太刀奴、踊り手の計150人という大がかりのものである。揖斐川流域に伝わる鎌倉踊りと称する太鼓踊りの原型に、後世になって五穀豊穣、白山信仰、八幡信仰等が加味され、それに太神楽が混交したものであろう。(岐阜県公式ホームページより)

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白鳥町中津屋で、7年ぶりに開催された八幡神社・白山神社の祭礼での嘉喜踊りと大神楽。

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明宝寒水の「寒水の掛踊」。

吉村 うん。でもあんだけの祭りができるんやで、やっぱり地元の力はあらけねぇ〜すごいと思う。

ーー保存会の中でも後進を育てよう、という機運はちょっとずつ出て来ているんですか?

吉村 全くない。俺だけやな。

ーージュニアクラブもゴンタさんが一人で教えてるんですか?

吉村 俺が入れた3人の若い衆もおる。子どもたちと年齢が近いで、仲良い感じで教えてるよ。子どもに教える場所に年寄りがポンと行ったって、ものにならん。なるべく年齢が近い方がいい。だから俺がジュニアに教えてにいく時は、一気に自分の精神年齢を下げる。同じ目線でぶつかる。

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ーーああ、お兄さんみたいな存在ですね。

吉村 だから子どもらには「先生」って呼ばせない。僕、教員免許持っとらんで、先生って呼ばんといてねって、名前で呼ばせてる。そういって絆を深めていくと、やっぱり子どもの心を掴める。

ーー一最後に聞きたいことなんですけど、先ほど八幡と白鳥の垣根を打開したいというお話がありましたが、具体的に何か動きはありますか?

吉村 白鳥おどりの保存会って若い連中が多い。だから、保存会の若いもん同士で一杯やろめえって話を進めてるんだけど、なかなか予定が合わないんだよね。

ーーああ、そもそも。

吉村 やっぱり若い世代っていうのは仲良くやろうよっていう気持ちがあるんやけど、俺も忙しいもんでなかなか全部が全部できんので、っていう状況やね。個人的に一緒にご飯食べたりしている人間はいるけど。

ーーそれはいいですね。未だに白鳥おどりで音頭を取られていた翔太さんとかとも、SNSでやり取りされてることがあるじゃないですか。ああいうのを見るといいなーって思って。会を超えた友情というか。

渡辺 翔太さんの早回しの歌は良かったですよね。

ーー段々とテンポアップしていく「世栄」ですね。あれは他の人にはなかなか真似できない。

吉村 あれは翔太ならではの味。白鳥の名物やね。八幡でも早いのやるけど、賛否両論だよ。

ーーああ、高速だと盛り上がりますけど、本来の(伝統的な)踊りと違うって声もありそうですね。

吉村 それも割り切りなんよ、郡上八幡の伝統を守らなあかんって気持ちもあるけど、せっかく八幡まで来てくれた人たちに「ああ、今日も楽しかったね」って思ってもらえるようにやることもうちら保存会の使命だと思う。そういう時はそういう時に、ガツンとやってやりゃあいいの。地元の人が集まる縁日の時には、ちゃんとしたことをすればいいし。そこは割り切ってやらんと。頑なに変えずに同じことをやっとったら続かんよ。

ーー変えていくことも大事だと。

吉村 郡上おどりや白鳥おどりがこんだけ長く続いてるのはなぜかというと、生演奏だから。その時のライブでやっとるから続くんやと思う。 テープでやってたら絶対終わってる。例えば、踊りの最中に雨が降ってきたら「もっと降れよ」みたいな歌詞を歌ったりとか。面白い踊りをしている人がいたり「こいつの踊り、面白いなあ」みたいな歌詞をアドリブで入れていく。そこなんやて。そこが一番の魅力なんやと思う。

ーー郡上や白鳥おどりは、歌詞の出す順番も即興ですからね。その場の状況に応じて変化させていく生演奏だからこそ、スタイルもどんどん変わっていく。

吉村 40年前の郡上おどりと今の郡上おどりを見比べたら全く違うもんやで。雰囲気は一緒やけど、物が違う。伝統芸能って絶対変わる。変わらなきゃ続かない。神楽でもそうよ。おんなじことをできるはずがない。同じ人が100年も200年も生きるわけじゃないから、人も変わってくるんやで、物も変わってくるのは当たり前。俺がガキの頃から今に至るまでの神楽でも全然物が違う。芸能とは、そうやって変わっていくんやなっていうものを実感できる年代に僕は生きてるもんで、得しとるなあって思うけど。それは郡上おどりも白鳥おどりも一緒。むしろ変わっていくというよりも、(意識的に)変えていかなきゃあかん、と僕は思います。

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<取材を終えて>

取材後、車を持たない私とカメラマンの葉さんは、吉村さんのご好意で郡上八幡まで車に乗せてもらうことになった。車中での会話で、唄の訓練の話に及ぶ。トラック運転手の仕事をしている吉村さんにとって、格好の練習の場は移動中の車の中。その練習方法も凄まじく、例えば唄の中に出てくる「ほい!」という掛け声のみを一日中、繰り返し続けるというもの。吉村さんの力強い言葉の数々は、人並み以上の練習量と培われた高い技術に裏打ちされている。追随を許さないその厳しい姿勢には、取材の中で垣間見えた郷土芸能の将来を強く想う孤高の姿が重なって見えた。

悩みながらも、考えながらも、吉村さんは少しずつ前進している。様々な垣根を軽やかに越境していく姿が、僕は好きである。

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さんさろ
岐阜県郡上市白鳥町白鳥64-1





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