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ボド戦記

一.発端

あれは4年前の6月のこと。
浪人生だった僕は、鬱屈とした日常の気晴らしに、というほど真剣な勉強生活を送っていたわけでもないのだが、まあそのような腹積もりで、その時カードショップでやっていたボードゲーム無料貸出のイベントに行くことにした。


その頃オタク友達のHさんに面白いと勧められていた、『桜降る夜に決闘を』(以下ふるよに)をこの機会に借りて遊ぼうと思ったのだ。



そこで、同じくふるよにに興味を持っており、このツイートにも反応していたMさんをこのボドゲ解放に誘うことにした。

当該ツイートのリンクを貼ろうかとも思ったのだが、僕のツイートのテンションが少々若く、見るに堪えなかったため、ここには載せないこととする。

この時点でMさんとは親交こそあったものの、まだそこまで親しいわけではなく、サシで遊ぶもおそらくこれが初めてといった状況である。
この関係性が今回の出来事に一枚噛んでいることには疑念の余地がない。

閑話休題、コミュニケーションがやや不得手であることに自覚的な僕からすれば、そのような関係性であるMさんとサシで遊ぶというのは、いささか不安だった。
そこで他にも人を誘おうと考えたのだ。


最終的にMさんに加え、当日来ることになったのがSくん、Kさん、Cさんである。

読者諸氏のために整理をしておくと、つまりこの話の登場人物は、

M
さん
K
さん
C
さん
S
くん
の5人ということになる。
余談だが、敬称について、Sくんは僕と同い年で他は僕より年上なので、このように表記している。特に他意はない。


二.邂逅

その日は蒸し暑い、雨の降る日だった。

僕は予備校の学生証で買った定期券でいつものように梅田まで行き、何食わぬ顔で塾と反対方向にあるカードショップへと足を向けた。とんだ不良浪人生である。

事前の連絡で、Sくんは大学でTOEICの試験を受けてから来るので遅れると言っていた。同い年なのによくもまあこんなに差がつくものである。


CさんとKさんも用事があるようで、遅れてくるとのことだった。
つまりは結局のところ、僕とMさんは序盤2人きりになるのだった。とはいえ、後から皆が合流するわけだし、そんなに不安もなかった。

店に入ると、Mさんは、髪色の明るいパーマの店員(以下パーマ)に、ボドゲを借りたい旨を伝えた。

てっきり僕らは、僕ら2人に対して、店内のボドゲとフリースペースの貸与がなされるものだと思っていた。

のだが、

そのパーマは、

「そしたらこちらで、この方と良かったらやってもらって」

と僕らを見知らぬ男のいる机の前へと案内したのだ。


その男は、ひどく太っていて、なんだか脂ぎっていた。


後になってSくんは、彼の容姿について、ステレオタイプのオタクだ、と評していたのでそれを想像していただくといい。


しかし僕らは、2人対戦用ゲームであるふるよにをやりにきたわけなのだが。

なぜかパーマに、見知らぬ脂ギッシュな男の元へと案内され。

その男はこちらに向けてにこりと笑みを湛えている。いや、この場合の擬態語はにちゃり、の方が適切だろうか。

そして手元にある何やらゴツいボドゲの表紙をしっかりとこちらに向けて。

これ、やりませんか

そう男が言った。

男が見せてきたボードゲーム

パーマの顔には“じゃ、そういうことなんで”と書いてあった。

そういうことなんで、じゃないが。


男の目の前まで連れて行って、「この方とよかったらやってもらって」は断らせる気がなさすぎるが。


言いたいことは色々あった。でも咄嗟には言えなかった。人間動揺すると、思考が動揺の2文字で一杯になってしまうものなのだ。


それに、この男も一応は一般の客だ。客に面と向かって、あなたと一緒にあそびたくないです、とは言い出し辛かった。


Mさんが断ってくれるかなという淡い期待も少しあった。


しかしそうはならなかった。
念のため断っておくが、断れない空気がそこには確かにあったのだ。
ややこしい表現になってしまったが、まあだから、僕がMさんを非難する気は毛頭ない。

パーマはこれで一件落着といった表情を見せていた。
おそらくパーマも彼の扱いに困っていたのだろう。
謀ったな…と思ったが、恨めしい目でパーマを見ても、パーマはどこ吹く風といった調子だ。

貧乏くじを押し付けるゲームに負けたのは僕たちなのだ。



三.俎上

男(以下ボドゲマン)と遊ばないという最善の選択肢が消えてしまった今、僕たちに出来ることは次善を目指すことだけだった。

それはすなわちボドゲマンの提示したボードゲームからの速やかなる離脱。

ゴツい外装から見るに1ゲーム1時間かそこらだろう。
上手くこちらがミスればもっと短時間で終わらせられるはずだ。

少なくとも他のメンバーが合流する前にはこの脂ギッシュなオタクを満足させ、成仏させておきたかった。この悲しみを背負うのは僕たちだけでいい。そして、そのうち笑い話にでもしようじゃないか。


ついにボドゲマンによるボドゲの説明が始まった。覚悟を決める時が来たのだ。

しかし。

この男、説明が滅茶苦茶に下手であった。

ただでさえボリュームのありそうなボードゲームの説明をしているのに、説明があっちへ飛びこっちへ飛びしていて要領を得ていない。

大まかな流れを説明したあとに細かいところをやりながら教えてくれよとは思ったが、なんなら言ったような気もするが、「まあもうすぐで説明終わるから」と流された覚えがある。

もちろんその後しばらく、ボドゲマンの説明が終わることはなかった。

しかし、説明の最中、Mさんはこちらを見て言った。

これ結構面白そうだね

正気か?と思った。しかし先ほどから述べているようにMさんとはまだあまり親しくない間柄。しかも年上の先輩という関係で、そんなこと言えるはずもない。

正直僕の顔は相当に死んでいた自信があったので、Mさんはボドゲマンに気を遣って、場の空気を悪くしないようにフォローしてくれたのだろうと思った。

でもMさんは本当にこのゲームを楽しんでいるのかもな、と少しだけ思いもした。
もしそうであるとするなら、この戦いは僕1人の孤独なジハードということになる。

だから僕は“ああ、まあ…”となかなかに煮え切らない返事をしたような気がする。


四.地歩

永遠にも思えたルール説明もついに終わり、ようやくゲームが始まった。この時点で僕の予定していた脱出時刻はとうに過ぎていたように思う。


以下、理解のために簡単にこのボドゲのルールを共有しておくが、読み飛ばしていただいても構わない。

・ゲームは“ゾンビ”と“ヒーロー”2陣営に分かれて行う。

・ヒーローの勝利条件は終末の日までに脱出すること

・ゾンビの勝利条件はヒーロー全員の殺害か、ヒーローの脱出を終末の日まで妨害し切ること

・1陣営あたり2人の4人プレイが基本だが、1人2役をすれば2人から遊ぶことができる

・様々なアクションはダイスロールで決まることが多い

どういう流れだったかは忘れたが、最終的に僕とMさんがヒーロー、ボドゲマンがゾンビをやることになった。

これは僥倖だった。ルールを見ればわかるが、ゾンビ陣営は妨害がプレイの基本なので、ゲームを先に動かすのはもっぱらヒーロー陣営ということになる。

つまりゲームの所要時間をコントロールする権利はおおよそヒーロー陣営にあるのだ。

すでにありえないほど長い説明を聞かされて辟易としていた僕はさっさと負けるために、ヒーローを次々とゾンビの群れに突撃させていった。

その考えはMさんにも通じたようで、2人して狂ったようにヒーローをゾンビと戦わせていった。
ゾンビ映画なら、へぼ指揮官の僕らは、終盤にヘマをしてゾンビに噛まれてしまうこと請け合いのキャラだったことだろう。

しかし、ボドゲマン。
彼は本当にこのボドゲが好きなのかもしれない。

こんなゴツいボドゲを、初対面の人を誘って(巻き込んで)までやりたいと思うような奴なのだから、このボドゲに対する思い入れも一入なのは当然と言えば当然ではあるのだが。

この男、めちゃくちゃアドバイスをしてくれるのである。

“そこ突っ込むとダイスロールで負けたらまずいよ!”とか、“ここは体力ないから回復した方がいいよ!”とか言ってくるのだ。

未だかつてないほどの余計なお世話である。そんなことはこちらも百も承知なのだ。なぜならこちらは早くヒーローに死んでほしいのだから。

ヒーローに死んで欲しいヒーロー陣営と、ヒーローが死なないようにアドバイスするゾンビ陣営。
そこにはさぞ不可思議な光景があったことだろう。


五.参集

そんなこんなでゲームを続けて少し経った頃、恐れていた事態は起きてしまった。

Kさんの到着である。
誘ったのはこちらなのに、Kさんが着くと、僕とMさんは何故か知らない男と謎のボードゲームをしているのだ。Kさんからすれば意味がわからないだろう。
これは本当に申し訳なかった。

通路を挟んで隣の席に座ったKさんにもうちょいで終わるからごめん、と、多分そんな内容のことを言ったと思う。
しかしゲームはなかなか終わらない。
ボドゲマンが終わらせてくれないのだ。

早く終わらせようと焦るが、ボドゲマンの運は相当に悪く、いやこの場合はむしろいいと言うのが正確なのだろうか、ヒーローとゾンビの戦闘にヒーローが勝ち続けてしまう。

そうこうしているうちにCさんも店に到着した。
Cさんは、前日に徹夜で友人と遊んでいたらしく、徹夜明けの雨の日にわざわざ遊びにきてくれたのだ。


そんなCさんが到着しても、僕はボドゲマンと遊んでいる。本当にワケがわからなかった。

しかし実のところ、Cさんの到着は少しばかりありがたかった。Kさんを一人待たせるのはあまりにも不憫だったからだ。


僕は時間が余ったらやろうと思って持ってきていた別のボードゲームを2人に貸して、しばし待っていてもらうことにした。

地獄のように冷えたこちらの卓の空気をよそに、横の卓では、KさんとCさんが楽しくゲームをしているようだった。

誘っておいてほっぽっているというこの状況は胸が痛いものだったので、楽しんでくれていることは幾分か僕の気を楽にした。

そしてついに、本当に長かった僕らのゲームは終わった。
結果は言うまでもないが、ゾンビ陣営の勝利だ。
しかし勝敗なんてどうでもよかった。


失った時間は大きかったが、これからふるよにを楽しんで取り戻せばいいのだ。

僕とMさんは楽しかったです、ありがとうございました、などと歯の浮きそうなお礼を言って、すぐさま2人でふるよにを広げることにした。



あとは横の卓のKさんとCさんがこちらの卓に合流すれば、卓が4人席であることも手伝って、ボドゲマンを締め出す空気は醸成され、この話は終わるはずだった。


しかし、そうはならなかった。

人生とは多くの場合において、先手必勝である。いち早く行動する者はそうしない者に往々にして先んずるのだ。そしてそれは今回も例外ではなかった。

つまり、僕とMさんが2人でふるよにを始めたのを見たボドゲマンは、KさんとCさんがこちらに合流する前に、その2人に声をかけていたのだ。

ボドゲの表紙を見せて、先ほどのように、“これ、やりませんか”と…。


六.坐視

僕とMさんは、ただ彼らの幸運を祈る他はなかった。
うまく切り抜けてくれと、断ってくれ、と心の中で願った。


もう一度ボドゲマンに絡んで彼らを救出する気力も、勇気も、もはやとっくに枯れてしまっていた。

それに地獄みたいに冷えていたこちらのテーブルを見ていた2人なら、ボドゲマンの誘いを断ってくれるのではないかという期待もあった。

しかしこれは、2人への淡い期待を理由に、2人に助け舟を出そうとしなかった怠惰な自分を許そうとしていただけだったのかもしれない。
淡い期待が叶う道理などないということは、先ほど学んだはずなのだから。

結局KさんとCさんはボドゲマンの圧に負け、僕らの横の卓で、ボドゲマンとボードゲームを遊ぶ羽目になってしまっていた。


僕らはそれを尻目にふるよにを遊ぶことしかできなかった。
ああ、いじめを見て見ぬふりする人はこういう気持ちだったのだろうな、と思った。
僕らはちっぽけだった。


そしてSくんがやってきた。雨の中、大学でTOEICを受けてから、帰り道にわざわざ足を伸ばして遊びにきてくれたのだ。

Sくんは、スペースに着くと、KさんとCさんを発見して、そちらへ近付いた。
近付いて初めて、KさんとCさんのほかに謎の男がいることに気が付いた。

つまり、気が付くタイミングが遅すぎたのだ。

そして、ボドゲマンのボドゲは本来4人用のゲーム。こうしてSくんも半ば必然的にボドゲマンイベントに巻き込まれてしまった。

恐ろしきかなボドゲマン。彼は最終的に今日集った5人全てを巻き込んだのである。

この日の出来事が、後にマリオパーティのクッパマスに例えられたのも、まさに言い得て妙というものだ。

K、C、S、ボドの4人は陣営を分けるジャンケンを始めた。

じゃんけんの結果、K、ボド、S、Cの順に陣営を選ぶことになった。

ここで喜んだのはKさんである。普通に考えたら、ボドゲマンは、Kさんが選んだ陣営と反対の陣営を選び、残りの2人に選択肢を残してあげるだろう。

だから、自分は確実にボドゲマンと同じ陣営で遊ばずに済む、と思ったのだ。

そして特に考えることなくヒーロー陣営を選択した。

しかしKさんは知らなかった。
ボドゲマンは普通ではない。そして、先ほどボドゲマンはゾンビ陣営でプレイしていたのだ。


ボドゲマン「あー、俺さっきゾンビやったからなー、俺もヒーローで!」


Kさんはこれを聞いて凍りついたらしい。

反対に、じゃんけんで最下位になり、ボドゲマンとチームを組むことになるとばかり思っていたCさんは、突然の確変に驚きつつも喜んでいたようであった。


そうして、本日2回目となるボードゲームが始まった。


七.遁走

僕はふるよにに集中していた。多分Mさんもそうだと思う。
横の卓のことを考えると悲しくなってしまうから。

だから、ここに書くことは後に3人から聞いたものがメインだ。



ゲームが始まると皆それなりに楽しんでいたようだ。
というよりも楽しむ努力をしていた。

ボドゲマンと同じ陣営になったKさんも同じで、なんとかこの虚無の時間に意味を見出そうとしていた。


しかし、ボドゲマンの横暴がそれを許さなかった。

ヒーロー陣営は各人が選んだヒーローを1ターンに1度ずつ行動させる。

つまり陣営を同じくすれども、共同で1つのヒーローを動かすのではなく、プレイヤー毎に自分のヒーローを動かすことになっているのだ。

しかしボドゲマンは、ことあるごとにKさんに干渉した。これは戦略の相談程度ではなく、Kさんのプレイそのものを指示するレベルだった。Kさんはもはやボドゲマンのマリオネットだった。


しまいにはKさんが使用した武器の成否判定のダイスさえ、ボドゲマンが振り始めてしまった。


そして武器の使用は失敗。あまつさえ、ボドゲマンの振ったダイスはファンブル(大失敗)を起こし、Kさんの武器は、再使用不可となってしまった。


これで、Kさんの中の何かがぽきり、と折れてしまった。


少しして、Kさんは、“電話しなきゃなので…”と席を立った。
このあと皆と行くしゃぶしゃぶの予約の電話をする、ということらしかった。


でも、5分経っても10分経っても、Kさんが帰ってくることはなかった。


すっかり心の折れてしまったKさんは、予約の電話をして少し時間を潰したあと、元の卓には戻らず、僕とMさんの卓に逃げ込んでいたのだ。

この時のことをゾンビ陣営だった2人に改めて聞いてみたところ、次のような返答が帰ってきた。

Cさん


Sくん

そういうわけで、Kさんはいち早くこのゲームから抜け出すことになった。


これは客観的に見れば、CさんとSくんを出し抜いて一抜けする行為ではあった。しかし僕もMさんもそれをその場で咎めることはしなかった。

今は同じ被害者として、Kさんを慰めよう、労おう、そう思っていたからだ。



一方、残されたSくんとCさんは、一刻も早くこのゲームを終わらせるため、先ほどの僕とMさんのように、わざと負けるよう尽力していた。


そしてついに、ゲームは終幕した。


結果はこれまた言うまでもないのだが、ヒーローサイドの勝利である。
しかしやはり勝敗などどうでも良かった。


憔悴した5人は集って、その場を去ることにした。日はとっくに暮れていた。


その後、Kさんの予約したしゃぶしゃぶに行くのは、K、S、Mの3人だった。


僕は浪人生という立場の手前、夜遅くまで遊び歩くわけにも行かなかったし、Cさんも徹夜明けで疲れていたからか、家でご飯を食べるようだった。


だから僕が知っている話はここでおしまいなのだ。


八.起訴

“あの日は本当に大変だったね”

“ボドゲマン、マジでやばかったよね”


後日、この話もすっかり笑い話になっていた。
時間というのは万病の薬なのだろうと、つくづく感じる次第である。
しかし、そんな笑い話の中で、誰かがこう言った。


「ボドゲマン事件で本当に悪かった奴を突き止めよう」


そして、この一言をきっかけに、僕らは、この日の出来事について誰が悪かったのかを炙り出すボドゲマン裁判を行うことになる。


この裁判は第一審を終えたものの、第二審が予定されている。
つまりこの話は、まだ決着していないのだ。


読書諸氏の感想やコメントが裁判の材料となるかもしれない。

当該ライングループ



2022.7/25追記

第一審の記録を別記事にて記述したので、ここに追記しておく。

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