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あの日、僕はザシアンVになった



僕は今、新幹線に乗っている。
明日開催されるシティリーグに出場するためだ。

本当は新幹線のテーブルで明日のために1人回しをしたいけれど、横の人がトイレに行けなくなるのは可哀想なので、仕方なくぼんやりと窓外を見つめている。

ここ数年でポケモンカードのプレイ人口は随分と増えた。
今回みたいにシティリーグのために遠出をしなければならないこともあるほどに。



切符に印字された金額を眺めて、これはこれで大変だな、と苦笑する。

けれど、3年前の大会が全く開催されなかった頃のことを思うと、今の方が断然マシだと言い切れる。

そう、そしてその3年前に。

僕はザシアンVになった。


※※※


「私をWCSに連れて行って」

付き合いたての彼女ははにかんだ笑顔でそんなことを言った。

WCSはポケモンカードの世界大会の名称だ。
その時のWCS会場はロンドンの予定だったから、単純に一緒に海外旅行をしたいという趣旨の発言だったのだろう。

けれど当時、ポケモンカードに明け暮れていた僕にとって、彼女の発言は自分の趣味を肯定してくれているようでとても嬉しかった。


その頃の彼女はポケモンカードをやっていなかったから、僕は自分の趣味を認めてもらえるかどうかが不安だったのだ。

「勿論。同伴者証を君に贈るよ」


WCSに参加する選手は同伴者証を貰うことができると聞いていたから、僕は彼女にそう答えた。


この時の僕は、ポイントレース的にまだWCS出場には届いていなかったけれど、シーズンの残りの成績次第では十分にその可能性があった。

だから彼女との約束を果たすために僕はこの日から一層熱心にポケモンカードに取り組んだ。

来る日も来る日もデッキを組んでは崩し、平日の夜は1人でデッキを並べてうんうん唸っていた。



しかし、結局。

その年に僕がWCSに行くことはなかった。

もっと言えばその年にWCSに行けた人は誰一人としていなかった。

2020シーズン。
その年、WCSは開催されなかったのだから。

原因は未曾有の感染爆発パンデミック
もう誰しもが知っていることなのでここで敢えてつぶさに語る必要もないだろう。

とにかく、世界大会はなくなってしまった。

それどころかシーズン残りの国内大会も全て中止が決定してしまった。

WCS圏内ではなかった僕は残りの国内大会で圏内に食い込むしかなかったのに、その機会は永遠になくなってしまった。

僕のポイントは中途半端の宙ぶらりんになり、僕のモチベーションもやはり宙ぶらりんになってしまった。

さらに追い討ちをかけたのは次シーズンの最初。
2020シーズン最後の大会に参加できなかった選手に30ポイントを配布する“スタートダッシュポイント制度”は僕の落胆を一層大きくした。

僕が一年貯めたポイントはふいになり、僕以外の相当数のプレイヤーは30ポイントを貰って新シーズンをスタートすることになった。


何かがぷつりと切れてしまった。


「約束、守れなくてごめん」


僕は横に座る彼女にそう言った。
夕暮れの公園だった。

その時の彼女の息遣いを、肌寒い空気を、茜色の空を、僕は今でも覚えている。

彼女は難しそうな顔をしていたけれど、悲しそうな顔はしていなかった。

「あなたはきっとザシアンVなんだね」

この頃には彼女もすっかりポケモンカードに詳しくなっていた。少なくとも僕にもよくわからないポケモンカードの例えをするほどには。

「……?」

「今はきっと、“ふとうのつるぎ”をする時期ときなのよ。ターンを消費してでも盤面ボード手札ハンドを整えた方がいい時があるでしょう?」

なるほど、そうかもしれない。
僕はそう思った。


きっとこの日のこの時に、僕はザシアンVになった。

ふとうのつるぎは“不撓”で“不倒”だから、君がザシアンVである限り屈しないし倒れないんだ。

彼女はそうも言った。とても優しい言葉だった。


その夜、今までザシアンデッキのふとうのつるぎで死に札を引くたびに「不当のつるぎ!w」と言ってはしゃいでいたことを僕はちょっぴり反省した。


その日以来、ザシアンVになった僕はふとうのつるぎをうち続けた。

ポケモンカードばかりやっていたせいで疎かにしてしまっていた大学にも行くようになった。

いつも出席がギリギリだった僕が毎週来るものだから、教授には体調と精神状態の心配をされることさえあったほどだ。

欠席の時にこそ心配するものだろうと思ったけれど、それは言わないことにした。

苦手だった簿記も勉強したし、アルバイトも始めた。

あれだけ勝利にばかり拘っていたポケモンカードも、昔のレギュレーションで遊んでみたり、ドラフトをしてみたり、色々な角度から触れるようになった。

もちろんその期間、嫌なことや辛いことがなかったわけではない。


でも大丈夫だった。
僕はもうザシアンVだったから。

嫌な客先も、大概ブレイブキャリバーをうてば倒せるのだから僕が気に病むことなんてひとつもなかった。

問題があるとすれば迷惑な客も僕と同じザシアンVだった時くらいだろう。
ただその場合もこちらが先にブレイブキャリバーを宣言すればいいだけなのでやはり些事にすぎなかった。



※※※


あれから3年が経った。
ザシアンVになった僕は手札と盤面を整えに整え、どうやら無事に大学を卒業できそうなところまで漕ぎ着けた。

ただ、残念ながらもう僕の横に彼女はいない。
この話をすると長くなってしまうので割愛させていただくことにする。
時間切れは両者負けになってしまうからね。

新幹線の窓外は寒々として、暖かいはずの車内まで冷えているような気がしてしまう。

いつのまにか出来ていた窓の結露は、そこに映る僕に涙を流させていた。

きっとあの時、彼女もまたアルセウス&ディアルガ&パルキアGXだったのだと今になって思う。

彼女のオルタージェネシスに僕はずっと後押しされていた。

明日はシティリーグ。

優勝すればあの時行けなかったWCSに僕は大きく近づくことができるだろう。

今の環境でオルター込みブレイブキャリバー260点がどこまで通用するかわからないけれど、もう十分にふとうのつるぎは使ったのだから、あとはガチンコ勝負をするだけだ。

少し緩くなったベルトを締め直して、僕はそう思った。

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