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“パンパンガール”を語る「金ちゃんの紙芝居」3~【盗まれた風呂桶】 その2


社宅の風呂桶が盗まれた

戦後、朝霞の米軍基地周辺に集まってきた街娼たち、いわゆるパンパン(=ハニーさん)。

野宿する女性たちも少なくなかった。
夏場は池で水浴びをしたが、冬場は寒くてたまらない。
そこで彼女たちは、近くの某鉄道会社の社宅から風呂桶を失敬した。

金ちゃんの家は朝霞駅前で貸席(今で言うラブホテル)を営んでおり、社宅は隣り合っていた。

 金ちゃん) ウチの裏に社宅がありまして、駅にいちばん近いところから、駅長さん、次に助役さん、なんとかって、住まいが決まっていて、駅長さん宅の庭に風呂桶はあったんです。

みんなで使う、共同のお風呂ですね。
 

当時、自宅に風呂がある家は稀だった。
大切な風呂桶が無くなったというので、大騒ぎになった。

畑に手がかりが…

それにしても、大きな重い風呂桶をどうやって運んだのか? 

思いがけない手がかりがあった。
金ちゃんの家(貸席)と社宅の間は畑だったのだが…

金ちゃん) 「畑にタイヤの跡がある」と。「これ、リヤカーの跡だ」と。「あれ、もしかしたら」ってんで、物置を開けたらリヤカーがない。

煎餅用のリヤカーも盗まれた

実は、金ちゃんの家では貸席と並行して、煎餅屋も営んでいた。
煎餅を運ぶためのリヤカーが物置にあったのだが、それも無くなっていたのだ。

貸席と並行して営んでいた煎餅屋。貸席は母親、煎餅屋は父親、自ずと役割分担されていた。

金ちゃん) お姉さん方は、リヤカーがあることもちゃんと分かってたんですね。
まずリヤカーを出して、リヤカーに風呂桶を載っけて、そのリヤカーで風呂桶を運んだと。

リヤカーの行方

金ちゃん) まあ、回収というか…、風呂桶は返してもらって、また社宅のお風呂場に据えたんですけども…

リヤカーは、いわゆる故買屋に売られた後だった。

金ちゃん) 有名な“片目の屑屋”ってのがいたんです。
「そこへ売り飛ばした」と。

 ━━ 「売り飛ばした」って言ったのはハニーさんたち? 

金ちゃん)  ハニーさんたちが、「“片目の屑屋”に売った」と。

で、“片目の屑屋”に行ったら「そんなもの、とっくに売り飛ばしちゃった」と。「俺、どこに売ったか分かんない」。

結局、「どこ売ったかわかんない」と言われちゃったら、それまでですよね。
当時ね、かっぱらいなんてのは、一日のうちに何10件ってあるんですからね、警察だって面倒なんか見ちゃくれませんよ、うん。 

━━ なるほど。   

風呂桶のあった建物は、意外な用途に…

━━ そもそも、盗まれた風呂桶は、もとは外に置いてあったんですか? 
 
金ちゃん)  いやいや、ちゃんと…
 
━━ 屋内にあった?
 
金ちゃん)  そうそう、屋内。
4畳半ぐらいの建物。
その絵があるんですよ。ちょっと出してみましょうか? 

金ちゃん) これがあると分かりやすい。こんな建物があったの。
 
━━ これは何をしている…横たわってるのは?
 
金ちゃん) これはね、近所の子たちの…なんだ?…尼さんごっこじゃない…お医者さんごっこ!!
 
━━ お医者さんごっこ? じゃぁ、大人たちの目を盗んで…
 
金ちゃん)  大人たちもわかってるんですけどね、だけどやっぱり目を盗んで…

━━ なるほど。
 
金ちゃん) その場所です、ここは。
当時は本当にね、なんか、めちゃくちゃな話がいっぱいあって…。


━━ あぁ~。

野宿の売春婦たち、 風呂桶を盗む、 故買屋、 大人たちが黙認していた“お医者さんごっこ…

いずれも、歴史の表には出てこないけれども、確かにあったことなのだ。

なかったことにしない ━━

大事なことだと思う。

だから、金ちゃんの紙芝居を語り継がねばならない、と僕は思っている。

※ お断り
このシリーズには、人権やジェンダーの観点から言って、今日においては使うべきでない言葉などが登場します。
今日では違法だったり、好ましいとは思われない行為も描かれます。

しかし、当時、何が起きていて、人々が何を思っていたかを知るためには、そうした言葉・行為は貴重な資料であり、記録しておく必要があると考えています。

ご理解・ご賢察を賜れれば幸いです。




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