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【ひよわな校長の処方箋61】コンパスが無い

 子どもの家庭の問題は、教師が相談に乗るようなことではない。教師は子どもを教育することが任務である。
 とはいうものの、家庭あっての子どもである。子どもはときに、家庭での問題を引き摺って学校へ来る。
 授業に集中できない子、朝からいら立って落ち着きのない子、忘れ物が多い子、眠そうな子、…。本人の特性もあるかもしれないが、その特性も含めてその子の「事情」である。
 家庭にどんな事情があるのか、こちらから追及するのが難しい場合もあるが、「事情があるのだ」ということは想像する必要がある。
 とはいっても、具体的な事情の例を知らないと想像するのも難しい。集中できない子に、どんな家庭の事情があるのか、忘れ物が多い子にどんな事情があるのか。
 経験が浅い教師は特に想像が難しいかもしれない。とくに、自分自身が恵まれた家庭で育ってきて、交友関係にも似たような家庭が多かったりすると、この国にも暮らしが大変な家庭があるということがリアルに想像できないかもしれない。ここは経験豊富な校長の出番である。
「まったく、○○さんは忘れ物が多くて、何度言ってもなおりません。保護者に連絡してもいいですか」
 今日は何を忘れたのかな。
「コンパスをもうずっと持ってこないんです」
持ってないんじゃないかな。
「いいえ、家にあるって言ってます」
 ないって言えない、という可能性は考えてみただろうか。本当は持ってない。でも、うちじゃあ、きっと買えない。ないって言ったらきっと先生が親に電話するだろう。そしたらお母さんが困る。
「コンパスが買えないなんてことがあるんですか」
 それが、あるんだよ。年収200万そこそこで子育てしてるシングルマザーもいる。昼と夜、二つの仕事をしていて子どもと話す時間もないなんて親もいる。子どもを学校に送り出すのがやっとという親もいるかもしれない。両親がいても、就労できずに生活保護をもらっていて、しかも浪費家だったりするなんて例もある。買えるかどうかではなくて、子どもが買ってほしいとは言えない状況になっている可能性もある。
 しかし、どんな事情があるかのを探るのではなくて、誰にでも事情があるということを心に留めておけばいい。その上でその子の家庭がどんな家庭なのかを自分で想像してみる。
「でもこの子の場合、本人がただだらしないだけのような気がするんですけど」
 そしたらそれはその子のそういう「事情」だ。その子と一緒に困って、ゆっくり待てばいい。

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