愛しのアダンソン
アダンソン。ああ、アダンソン。
その健康的でがっしりとした骨格。そして健気なほど仕事に忠実な姿勢。
最近よく見かけると思いきや、急に音沙汰無くなるツンデレな感じ。
イケメンをイメージしたそこのあなた。
これはあるクモの話である。
時は遡ること数ヶ月前。
妻が、フローリングを見ながら「アダンソン?あら、アダンソン!」と声をかけている。
何に話しかけているのかと思い、妻の視線の先を見ると、そこには小さなクモが。
妻は出会った当初から、万物を擬人化する癖があった。
そのため、私は今回もその類いだと思ったのである。そのため、たいして驚かずに、今度はクモに名前をつけたのか、と思ったのであった。
「そのクモ、アダンソンって名前なの?」
「そうだよ」
「飼ってるの?」
「ううん、たまに出てくるの」
私は室内にいては可哀想だと思い、ティッシュでくるんで外に出してあげた。
どうだこの優しさは。そう言わんばかりに妻の方へと振り向くと、ご立腹の様子。「アダンソンを投げ捨てるなんてひどい・・・」と言われてしまった。
このアダンソン。正式名称はアダンソンハエトリという。ハエトリグモの仲間だ。日本でも家グモの1種として広く分布しており、その名前の通りハエを捕獲して食べる。大きさは1cmに満たず、雄は黒色、雌は茶色をしている。名称は発見者であるフランス人博物学者のミシェル・アダンソンから取られているとのことだ。
アダンソンハエトリ(Wikipediaより)
このアダンソンだが、いわゆる益虫である。つまり、害虫を捕食してくれる、人間にとって有りがたい虫なのだ。妻との一件があるまでは、私はアダンソンのことを全く知らなかった。
名前についているハエだけでなく、ガやゴキブリなども捕食する。そのため、中にはペットとして飼っている人もいるとのことだ。
しかも巣はつくらず、糞などの排泄物もほとんどなく、人間と同様に夜は活動しないため、人間に全くと言っていいほど害がないのである。
アダンソンはその強力なジャンプ力で、あのすばしっこいハエに飛びついて捕食してしまう。なんとかっこいい。にも関わらず、普段はかわいらしくぴょこぴょこ飛びながら歩いている。人間にも懐くらしく、インターネット上にはアダンソンと遊ぶ人の動画も出てくる。
アダンソンは明るくなると活動を始める。家の中を自慢のジャンプ力を用いてぴょんっぴょんっと愛くるしく飛びながらパトロールをしている。獲物を見つけると、すさまじいスピードで飛びついて捕食する。
最近ハエが出てきたな、、と思っていた矢先にアダンソンはやってきた。そして、ハエを全く見なくなると、アダンソンも見かけなくなる。
逆に言うと、アダンソンを見かけるようになると、害虫が潜んでいる可能性が高い。害虫が出るとまるで駆けつけてくれたかのように登場する。家庭の害虫に悩む庶民のヒーローなのだ。
私はアダンソンと出会うまで、クモはみな害虫なのだと思い込んでいた。だが、人間に悪人がいれば善人もいるように、クモにも益虫がいるのだ。まあ、害虫とか益虫とか人間の勝手な都合なので、当のアダンソンにとっては関係のないことかもしれないが。
でも、こうしてアダンソンについて深く知るにつれて、そのたくましい骨格とかわいらしいジャンプのギャップに萌え、小さい体で巨大な害虫に立ち向かう健気さを愛おしく感じるようになった。
さて、そんな一方的な愛情を注ぐ夫婦の視線に果たして気づいているのか、気づいていないのか。アダンソンは今日も、家庭の平和を守るため、ぴょんっぴょんっとパトロールに出かけるのだ。
頑張れアダンソン。ありがとうアダンソン。
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