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Door10: 砂と星のあいだで~サハラ砂漠(モロッコ)

美しい絵本や映像などを見て、ファンタジックだと感じることがあるけれど、旅をしていると、ファンタジックな光景というのは、幻想や夢の中だけではなく、現実にあちこちに存在するものだということを改めて知った。
とりわけ、モロッコは、地形や自然そのものにも、幻想的な印象を持った国だ。

前々から行ってみたい国だったので、日本にいる時から、下調べを重ね、「車を3日間貸切り、町から砂漠へ行き、アトラス山脈を越えて、別の町へ行く」という、わたしたちにしては贅沢なプランを予約していた。

出発の朝、それまで滞在していたモロッコの古都、フェズにドライバーが迎えに来てくれた。
“I’m crazy!”が口癖の彼に連れられ、砂漠に向かう途中あちこちに立ち寄る。
大きな猿がたくさん暮らしている木立や、羊飼いの集まる川辺。
砂地に棒と毛布で作った簡易テントで、果物を売る小さなマーケットにも。
そこで買ってもらって、サボテンの実を初めて食べた。

ドライブの途中、どこまでも黄土色のなだらかな丘が広がっているように思っていたところに、突然、吸い込まれるようなコバルトブルーの湖が現れたことは、特に印象的だった。
この地形のダイナミックさは、やっぱりアフリカだなあと感じたけれど、タンザニアで見た景色とはまた違った雰囲気で、なんとなくおとぎ話の中の景色のように思えた。

例えば、箒にまたがった魔法使いが空を飛んでいるのが似合ってしまいそうな。
途中、街並も現れるけれど、町の入口には大抵大きな門があり、その奥に並ぶ建物は、屋根と壁の境目もなく、すべて肌色の土でできており、ドアだけは綺麗な色で魔術的な模様が描かれている。
そこに人の生活感を感じるというよりは、見慣れない、不思議な印象を受ける。
だんだん、モロッコという国をドライブしているというより、星の上をドライブしているという感覚になってきた。

朝からドライブを続け、夕方に砂漠近くで一度車を降りると、間近からドライヤーで吹きつけられているような熱風を浴びた。
そのあたりになると、建物もなくなり、植物も殆ど生えてはおらず、ただ茶色い土の上をひたすら走ることになる。

水平線に、淡いオレンジの夕日が落ち始めた時、遠くに肌色のなだらかな丘のようなものが見え始めたと思ったら、それが砂漠だった。
砂漠というのは徐々に始まるのではなく、こんなに唐突に現れるものだと初めて知った。

夕日に包まれ、あたたかみのある肌色に染まった砂漠は、離れて見ると、大きな生きもののようにも、なだらかな曲線を描くオブジェのようにも、はだかの人が横たわっているようにも見えた。

砂漠のふもとまで行き、モロッコ式ミントティーを飲みながら夕暮れを味わう。
目の前には砂漠のすそ。
波打つ砂に夜の色が染み込み始める。
砂漠そのものが、こんなに美しいなんて知らなかった。

やがてあたりは暗くなり、砂漠も暗闇に沈み込む。
足場も見えず、進む道も分からないので、ドライバーと、夕暮れに知り合ったモロッコの男性の後について、砂漠を登ってみる。
一歩一歩、まだ温かい砂に足が飲みこまれる。
闇の中、砂丘のところどころは光の加減で青白く浮かび、影の部分は暗闇に溶けていた。

ふもとのベルベル人のテントに灯りがともり、音楽が聞こえ始め、誘われるように砂漠をくだる。
西洋人の旅人の女の子のバースデイパーティーが開かれていたので、仲間にいれてもらう。
ランプの灯りのもとで、みんな輪になって、ふるまわれたミントティーやケーキをいただく。
アラビアンな服を着たベルベル人の楽団に合わせて、ぐるぐる踊りだす人達。
夜が更けてゆく。

友達とふたりパーティーの輪を抜け、暗く静まりかえった砂漠に上り、横たわってみた。
宝石箱をひっくりかえしたかのように、天球一面に瞬く星屑。
天の川の粒子も気が遠くなりそうなくらい細かく、きらきら輝いている。
ひとつひとつが異なった輝き方。星の砂場のよう。
流れ星も次から次に現れる。
昼間も、普段は見えなくても、いつでもこれだけたくさんの星に囲まれているんだと改めて思った。

自然は、素朴さだけではなく、こんなに眩しいくらいきらびやかな世界も用意してくれている。
それも、こんな砂と空しかないところに。
それは選ばれた誰かのためにではない。
そのほんのかけらだけでも、表現したり所有したくなって、どこの国でも、歴代の王達は、贅を尽くして、お城や庭園を作ったり、宝飾品を集めたのかもしれない。
旅の途中に見たものを思い出して、そんな風に思った。

ほんの少し部屋で眠り、夜が明ける前に青白い砂の上に戻ると、深海の底にいるような気分になった。
空が少しづつ白んでくる中、らくだに乗って、砂漠を登る。
青いゆったりとした服を着たベルベル人の男性が誘導してくれ、砂の丘にしゃがむ。

夜が明けて、砂にアラビア語で書いてくれたわたしたちの名前が、あたたかなオレンジに染まっていくのを穏やかな気持ちでずっと眺めていた。

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